風花
レオニスとソラが熱心に仕事を始めたので、私は皇子宮に急いだ。
皇子宮にはいると、使用人たちが揃って救世主でもきたかのような顏で私を見る。
こんな事は初めてだ。
いつも問題児でも来たかのような顏で出迎えているのに……。
余程フウカがやらかしたのかと思っていると、ティアラが大声を出している。
信じられない。
ティアラは侯爵令嬢。
高位貴族としていつも品位を心がけているから、大声などあげたこともないのに。
「いくらフウカさまが、ソラ様の婚約者だとしても、使用人を勝手に解雇するなど許される訳がございません」
成る程。
ティアラの領分である人事権に介入したのか。
それなら怒るのも納得だ。
私が入っていくと全員が殊更に、うやうやしく私を迎え入れた。
「皇太子妃殿下。」
深々と礼までする始末。
あなた達、手のひら返しすぎでしょう。
「フウカさま、少しあちらでお茶でも飲みませんか?
ご要望は私がお聞きしますわ」
思いのほかすんなりとフウカ様が頷いたので、侍女たちが素早く場を整える。
ティアラが何か言いたげに私を見るし、リディアは面白そうな顔をする。
ゆっくりと香り高いお茶を飲むことでフウカは少し落ち着いたようだ。
私が黙っているとフウカが喋りはじめた。
「勿体ないと思っただけなの。
あんなに沢山の使用人を使うなんて。
私だって龍なんだから、クリーンの魔法くらい使えるわ」
成る程。
「フウカさま、解雇されたらあの者たちは、ご飯が食べられなくなりますね」
「そんな!他で働けばいいじゃないですか?
何もここでなくても」
「フウカさまの目に留まるところで働いているのは、貴族の娘たちです。
この宮には女主人がいなかったので、高級侍女は配属されていません。
下級貴族の娘が働く場所は限られるのですよ」
「貴族なのに働くの?」
「家を受け継ぐのはひとりだけ。
他は自分の才覚で生きていくしかありません。
彼女たちは厳しい試験と訓練をくぐり抜けて、この仕事を手にしたのです」
「ごめんさない。私、知らなくて」
「知らないのは当たり前です。
大丈夫ですよ。専属侍女をお付けします。
今後は、なにかやりたいことがあれば、その者に聞いてからにするといいですよ」
「思った事を言っただけで大騒ぎになるなんて。
デルマー商会では、そんな事なかったのに」
「デルマー商会ではフウカさまは小さな幼児でしたね。
しかも龍で死にかけていた。
そんな今にも死にそうな龍にフウカさまは、マナーを求めますか?」
フウカはショックを受けたようだ。
「私の事フウカって呼んでくれる?
フウカ様って呼ばれると、なんだかあなたが遠くに感じるの?」
頼りない子供のような顔でフウカは言った。
「ええ、フウカ。
ソラは私のお兄さまですから、フウカはお姉さまです。
お姉さまとお呼びしても?」
「なんだか照れちゃうなぁ。私がお姉さんなの?」
「お姉さまはお幾つですか?」
「分からないわ。
気がついたらお父様もお母さまもいなくなっていたし風龍の島も無くなっていたから。
私は小舟で流されていたところを、デルマー商会の船に助けてもらったの」
「そうなのですね」
島が沈没する。
そのような事件があったか調べて貰おう。
私は心の中のやる事リストに付け加えた。
「ティアラをこちらに呼んでください」
私は控えていた侍女に言った。
フウカには人を使う所を実際に見せた方が早い。
「お呼びでございますか、殿下」
ティアラも普段の気安さを微塵もみせない。
まだ怒っているのだろう。
「ティア、フウカに専属侍女を付けて欲しいの。
わかると思うけどフウカはこの世界に疎いわ。
幼子を扱ったことのある人がよさそうね。
何人か連れてきてフウカとの相性を見て頂戴。
頼めるかしら?」
ティアは顔を輝かせた。
難しい問題ほどやりがいがある。
しかも暗にフウカは幼児だと言ったことで溜飲も下がったようだ。
ティアラが意気揚々とさがっていくと、フウカが目をキラキラさせている。
「凄い!あの人があんなに素直に動くなんて!」
どうしましょう?フウカに尊敬されたみたい。
問題児扱いは慣れているけれど、手放しの尊敬は受けたことが無かったので、私は少し気恥ずかしい思いをした。
「少しづつ学んでいきましょう。お姉さま。
暫く私の側近のリディアをこちらに通わせます。
リディアからマナーや使用人の扱い方を学んでください」
「そのリディアを私の侍女に下さいませんか?」
「残念ですが、差し上げる訳にはいきませんわ。
リディアは私の側近で命綱なの」
「側近が命綱なのですか?」
「ええ、そのうちお姉さまも分りますよ。
有能な側近がいかに得難い存在なのか。
ソラお兄さまも、皇太子殿下の側近なのですよ」
「ソラが皇太子殿下の? ソラと殿下は兄弟なのでしょう?」
「ええ、それでもソラは皇太子殿下の部下で、皇太子の両翼のひとりなのです」
「まぁ、それではもう一人は?」
「そうねぇ~。来ているのでしょう?ブルーノ?」
部屋の陰からブルーノが現れた。
「ちぇ、いつから気づいていたんだ?」
「気づいたわけじゃないわ。
でもブルーノがソラを出迎えない訳ないし、ブルーは好奇心が人一倍旺盛だからきっと来てると思ったのよ」
「私はブルーノ・フォン・フィクトス公子。
ソラの悪友で皇太子殿下の片翼です」
ブルーノが綺麗に礼をしたので、フウカも立ち上がり礼をした。
「私がフウカ・フォン・アストラル。
ソラの妻になる者です。
よろしくお願いします」
「いやぁ、ソラが結婚できるとは思わなかったな。
あいつ奥手だからさ」
「ブルー、後でソラに言いつけますよ」
「なんだよ。本当の事じゃないか!」
私達がじゃれ始めたのでフウカが目を丸くしている。
「そんなに固く考えなくて、いいわ。
私達はいつもこんな感じなの」
そう言うとフウカは安心したように笑った。
やはり随分無理をして肩肘を張っていたようだ。
フウカの笑顔を見て、ソラがこの子を受けいれた理由がわかった気がした。




