デルマー商会
クラウスとステラそしてソラは、すぐにセレスティア王国へと出発した。
デルマー商会は、快適な船を手配してくれたから、船旅も快適だった。
一番喜んだのはステラで、ステラがニコニコしていればクラウスもご機嫌だ。
フィクトス公爵夫妻は、いつもにもまして仲睦まじい様子だった。
「なぁアロー。お前には彼女はいないのか?」
「何を言い出すんです。ソラさま。
もしかして彼女が欲しくなりましたか?」
ソラはうんざりした様子で、クラウス達の方へ視線を向けた。
クラウスはデッキにしつらえてあるソファーにゆったりと座っていたが、その膝にはちんまりとステラが抱かれている。
「まぁ、あの二人を見ていれば彼女が欲しくなる気持ちもわかりますけどね」
「アロー、お前ずいぶん余裕じゃないか?
まさか彼女が出来たんじゃないだろうなぁ」
ソラの問いにアローはにっこりと頷いた。
「マジか?いつの間に。
お前だってずっと書類に埋もれてたじゃないか!」
「いやぁ、ベルは優秀ですからね。
皇太子妃宮から回ってくる書類について問い合わせているうちにいつの間にか、そう言う仲に」
「だって、ベルベットは伯爵令嬢だろう?身分違いじゃないか?」
「ソラさまは相変わらずですねぇ。
ソラ様が皇太子の一番の側近であることは周知の事実です。
これまでの功績を見れば、すぐに爵位が与えられるでしょうね。
そしてこの私、アロー・クロイツはソラ様の側近なのですよ。
アシュフォード伯爵は娘が有望株を捕まえたと大喜びでしたよ」
ソラはぐったりと崩れ落ちた。
「ブルーノもなんだかんだ言ってもリディア公爵令嬢と仲良くやっているんだよなぁ。
でも、まだセデスが残っている。
セデスには彼女はいないよな?」
「いませんけどねぇ。
そんなことで心を慰めるのも、どうかとおもいますよ」
「ふん、彼女持ちにこの気持ちがわかってたまるもんか!」
すっかりやさぐれたソラと、まるで新婚旅行にでもきたかのようなクラウス達。
アローも少し心が痛んだ。
ソラ様もいい人なんだが、いつもいい人止まりなんだよなぁ。
ソラ様には相手からぐいぐい来てもらうしかないけれど、女って男がリードすると決めてかかっているところがあるからなぁ。
もしかしてソラさまは、恋人なんて一生無理かも。
そんな恐ろしい予想をアローが建てているとも知らず、ソラはすっかりお仕事モードになっている。
船は無事にセレスティア王国の港に着いたのだ。
デルマー商会は、余程困っていたらしい。
港街を見学するどころか、馬車に押し込まれてまっすぐにディラン会頭の館にむかった。
世界一のデルマー商会の会頭の館だ。
いくらでも贅を尽くせるというのに、館はそれほど大きくはなかった。
応接間も、飾り立ててはいない。
シンプルですっきりとしている。
けれど、おいてある椅子も机も最高級のものだ。
「これは随分落ち着くね。いい部屋だ」
クラウスが褒めると
「お褒め頂き光栄です」
ゆったりとラフな服を纏った男は、いかにも平凡に見えた。
これが経済王ディランか!ソラは真っすぐに会頭に視線を向ける。
その会頭の懐には、とても小さい白い龍が抱かれている。
その小さな龍は弱っているように見えた。
クラウスが驚いたように目を見開いた。
「信じられない。滅びたとされる風龍だ。まだ生き残りがいたのか!」
「詳しくお聞かせ願えますかな。ひとまずお席に」
みなが席に着こうとしたとき、白い龍は目を開けると、ディランの手元から飛び出しソラの胸に飛び込んだ。
「やっと見つけた!私の番」
そう叫ぶと、白い龍はみるみる内に人化して小さな少女の姿を取った。
少女は痩せて、いまにも倒れそうだったから、ソラは思わず抱きかかえた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃなかったけど、今はもう大丈夫よ。
あなたの魔力はやさしいのね。
間に合ってくれて良かったわ」
意味が分からない。
龍化出来るのは雄のみではなかったのか?
どうして龍が少女の姿に?
「僕も見たのは、今が初めてだ。
あなたは風龍ですよね。お嬢さん」
「ええ、見ての通りよ。
風龍は女の子だけが龍化できる。
けれど龍としての力は弱いの。
それなのに他の龍の番は、たいていが人間の女。
だから風龍は龍からも守ってもらえない。
風龍は番から魔力を分けてもらえなければ死んでしまうのに、龍に魔力を分けるだけの力を持つ人間の男なんて、ほぼいないから私を残して風龍は全滅したわ」
衝撃が大きすぎた。
それは天下のデルマー商会の会頭でも扱いに困るはずだ。
元々、セレスティア王国に魔力持ちは少ない。
「それでお嬢さん。あなたの番がソラなのですね」
「そうよ。もうこのまま死ぬかと覚悟していたのに。
番を連れてきてくれてありがとう。黒龍さま」
「どういたしまして。風龍のお嬢さん」
「待ってくれ、お嬢さん。僕が君の番なの?」
「そうよ。私の名前は……どうしよう?もう名前を思い出せないわ」
「風花、フウカ。そう呼んでも構わない?」
「フウカ。どういう意味なの?」
「僕の故郷の言葉で風の花と書く。意味は風に舞う雪だ。
白い雪が風に吹かれて舞っている。という意味だよ」
「素敵だわ。私の名前はフウカ。貴方の名前は?」
「僕の名前は、ソラ。空と言う意味だよ」
「空と風。とても相性が良さそうね」
「そうだね。フウカ。僕とアストラル皇国へ帰ってくれる?」
「勿論よ。ずっと一緒だからね。ソラ」
すっかりお熱い様子の二人に周囲は呆れ顔だ。
ゴホンと咳払いをしてクラウスがディランに向き直った。
「風龍を保護していただいてありがとうございました。
お礼をさせて頂きたいのですが?」
「お礼など、とんでもない。
あの小さな龍が死にそうになって困っていたのです。
こちらこそ助けて頂いてありがとうございました。
フウカ殿は、私の養女として、ソラ様に嫁がせるように手配しましょう」
「ありがとうございます。フウカの身分まで整えて頂いて」
ソラが慌てて立ち上がり、礼を述べる。
フウカを抱えたままなので、いささか不格好ではあるが。
「構いませんよ。男爵令嬢ではソラ様にはふさわしくございませんね。
丁度、セレスティア王に、せめて伯爵に陞爵させてくれと頼まれているので伯爵令嬢ということでご勘弁願いますよ」
「いや、俺は平民なので」
「帰国されたら、侯爵にになられる予定だと伺っておりますよ。
領地を持たない宮廷貴族として宰相に任命されるとか」
「一体それどこの情報なんですか!」
「さすがですねぇ、デルマー商会の情報力は漆黒の梟を上回りそうだ」
当たり前のように肯定するクラウスにソラはそれが事実であると理解した。
「くっそー。レオの奴、聞いてねぇぞ!」
ソラの雄たけびがデルマー館に響き渡った。




