執務室で
公爵執務室はリゼにはいつでも解放されている。
なにしろニルヴァは、リゼリアが大好きだからだ。
だから公爵夫人がやってくると側近たちは素早く部屋を出ていく。
ちょっとした休息タイムだ。
リゼだってちょっとしたスープや、
一口で食べられるサンドウィッチなどを持ち込んでいる。
「お疲れ様。お昼召し上がっていないでしょう?
少し休息なさって。お茶をお入れしますわ。」
「やぁ、ありがとう。どうしても忙しいと休息を挟めない。
君が来てくれないと、秘書官たちが昼食を取れないところだった。
いつもありがとう」
リゼは手早くお茶の準備を始めた。
リゼはお茶を入れるのも、飲むのも大好きだ。
茶葉を入れようとして棚を探っていたリゼは、驚いた。
「ルーナ、あなたどうしてこんなところにいるの?」
リゼは埃まみれで棚の隙間に入り込んでいたルーナを掬い出した。
とりあえず、一緒にお昼にしましょうね。
そう言いながらリゼはニルを見た。
ニルは素早くルーナを抱え上げると、自分の膝に抱え上げた。
「さぁ、お父様が食べさせてあげよう。いつからここにいたのかな?」
「あのね。朝、執事の人が鍵を開けるでしょう?その時よ」
「まぁ、ルーナ、それじゃぁ朝ごはんも食べていないでしょう?」
リゼはそう言うとベルを鳴らし、ルーナを見つけたことを、
担当侍女に伝えさせた。今頃、大騒ぎで探しているに違いない。
「うん、このスープおいしいね」
ルーナは屈託なく笑う。
「ルーナ、お父様はここは子供が入っちゃいけないと
言っていたでしょう?」
「はい。ごめんなさい。今年の穀物の出来が気になったの。
雨が少ないでしょう?ちゃんと実ったかな?と思ったの」
「でも小麦は良くなかったけど、ライ麦は無事だったから、
今年も飢えなくて済むよね」
「ルーナ、お前一体……」
いつもぼんやりしている娘。
じつは、少しばかり頭に問題があるのでは?と思っていたのに。
この娘は今年、飢餓が起きるかもしれないと思っていたのだ。
ニルは水には敏感だ。
できる限り水源を確保している。
それでも今年は厳しかった。
ヴァレンティノ領は平年通りだが、
他領ではライ麦パンが主体になるだろう。
それを僅か5歳の娘が心配して、執務室に入り込んだ。
一体どうなっているのだ。
リゼも青い顔をしている。
ルーナの特異点が、また一つ見つかった。
「ねぇ、ルーナ。
ルーナはいつも本を読んでいるでしょう。
何を考えているのかな?」
これはかなり難しい質問だ。
多くの人は、本を読んでも、考えたりしない。
ストーリーを楽しんだり、知識を得たりすると納得する。
でも、稀にいるのだ。思考するために本を読む人が。
「人の思考の癖とか、歴史で起きた事と今の事象を比べて、
次に何が起きるか知っておきたいし。
人の思考って、地形とか天候みたいな環境の影響を受けるでしょう?
為政者が病気を持っているだけで、歴史が変わるから。
医療記録なんかも知っておかないと」
つらつらと述べる様子は、とてもおっとり、
のんびり娘とは思えない。
リゼも目を見開いている。
この子の魔力は、思考に使われているのだろうか?
試しにニルヴァは手元にあった記録を無作為に拾い上げた。
セレスティア王国との本年度の輸入金額と昨年度の輸入金額の差は?
「去年は2億3千780万ゴールド。今年は3億6千9百万ゴールド
その差1億2千220万ゴールド。
理由は今年の天候不順で穀類の値段が上がったから」
やはりそうだ。
この娘は読んだ本。聞いた話。全部記憶している。
だから魔法が使えないのだ。
「ニル、この子はどうなるの?」
こんな力、知られたら危険すぎる。
この子は生きる力が極端に弱い。
相手次第で酷使され、すぐに死んでしまうだろう。
だが、為政者なら欲しい能力だ。
「王宮には伏せる。秘匿する」
リゼは黙って頷いた。
薄々わかっていたくせに、馬鹿な質問をしてしまった。
この城の中で済んでよかった。
この子は外には出せない。私たちが守るしかない。




