ノラロー街
ソラの事業は着々と進行している。
平民たちの評判も良くて、今では予約をしないとカフェには入れないらしい。
ルーナほっとしていた。
無事に成功にこぎつけて良かった。
協力したかいがあったのだ。
何しろソラのゴリ押しで皇太子宮にまで、
侍女候補や執事候補が大量に押し寄せたのだ。
「本物を見ないと判らないだろう?
ついでにそれらしく見えるようにしてくれ」
ソラはそう言って、教育を皇太子宮に丸投げしたのだ。
丸投げされた侍女や近習の苦労はいかばかりだったろう。
侍女や執事となれば貴族達でも優秀な人が多い。
皇后の侍女は公爵家の姫君なのだから。
名目は侍女や執事と言っているが、実際にカフェが必要としているのは、メイドと従僕なのだ。
実際に指導に当たったのはメイドと従僕だった。
彼らは平民出身だから、無魔力者たちとも立場が近い。
というわけで、皇太子宮でのメイド訓練。従僕訓練が始まった
しかもここは皇太子宮。
無魔力者たちにもお仕着せが配られたから、候補者たちは高位貴族、場合によっては皇族と謁見しても礼を失しないレベルまで鍛え上げられた。
初日。無魔力者たちにやる気は全くなかった。
何度も新しい事業とやらに付き合わされて、ことごとく失敗している。
無魔力者たちにとっては、新しい事業なんて、ただ無魔力者を気にかけているポーズにしか見えなかった。
それなのに、皇太子宮に連れて来られて、内心は不安で一杯だった。
従僕頭が演説をする。
「知っての通りここは皇太子殿下のお住まいだ。
警備は厳重。逃げられると思うな!
職務放棄は死罪だと思え。
真面目に勉強しろよ。命が惜しければな。
お前たちはお仕着せを着用している。
そのお前たちが高位貴族に失礼を働いて見ろ!
その場で処刑されるぞ」
無魔力者たちは震えあがった。
散々馬鹿にされて必死で耐えてきた。
その挙句に処刑だなんて!
そこからの訓練はスパルタだったが、怒声も蔑みも、体罰もなかった。
間違えればやり直す。
出来るまで、何度も、何度も、延々と繰り返した。
「ハンス、足は小さく動かして、どたどたと大股で歩かない。
足音は必要ない。最後まで足の力を抜かないで。途中で足の力をぬくから、ドタ足になるのよ」
「ミア、腰を動かさない。体幹は真っすぐに保って」
「全員向かい合わせに起立。扉側の人は相手の立ち姿をよく見て。間違いを教えてあげて」
無魔力者たちは、まさかまっすぐ立つことがこんなに苦しいとは思っていなかった。
歩くとなったら、もっと大変だった。
それから三ヶ月。
無魔力者の教育は相当なスパルタだったらしい。
彼らが教育を終えて宮を去るときに、
皇太子の謁見が認められてルーナも同席した。
ルーナが見る限り、きちんとした礼儀作法だった。
陰からメイドや従僕がハラハラしながら見守っていたから、
かなり危なっかしかったのかもしれないけれど。
従僕頭は目が潤んでいる。
「ハンスの野郎をみろよ。立派になったものだ」
「ミアはいつも最後で安心して失敗するの。
今日だけは緊張が続いてくれるといいけれど」
従僕やメイド達は、手を握りしめて卒業する無魔力者を見つめている。
その手は汗でぐっしょりだった。
「そなた達が皇国の民として、
魔力などなくても堂々と暮らして行くことを望む。
後進の道を開いてやってくれ」
皇太子がそう言うと、皆が深く礼をした。
その想いは彼らも一緒だったから。
最初こそ恐怖心から必死に訓練を受けていたけれど、やがて彼らは気がついた。
彼らを教育しているメイドや従僕が真剣に自分たちを鍛え上げていることが。
ソラ皇子は無魔力者の自立を本気で模索しているらしい。
メイドも従僕も無魔力だからと侮ることは一切なかった。
ただ何度も、何度も、マナーが身体に染み付くまで繰り返させた。
「もしかしたら、このままメイドや従僕になっちまうかも?」
彼らがそんな軽口が叩ける頃には、自然とマナー通りに身体が動いた。
そして卒業の日、皇太子殿下のお言葉を賜ったのだ。
「もうやるしかないよな」
「当たり前だ!ここまで力を貸して貰ったんだ」
彼らは謁見の興奮を決意に変えていた。
もう無魔力を言い訳なんかに使うものか!
そうやって彼らは意気揚々と元いた場所に帰っていった。
そして驚いた。
彼らが留守にしていたのは三ヶ月。
その三ヶ月で貧民窟は跡形もなくなくなった。
元の場所には、美しい宮殿でもどきと広々とした学校らしい建物。
そして3階建てのアパートが連なっている。
大きな炊事場と食堂が、アパートの中央にあり、炊事はここで行うようだ。
魔力がないから、薪のオーブンやコンロをつかう。
それなら全住民分を一緒に調理した方が無駄がない。
朝・昼・夜 そしてテイクアウトと軽食のメニュー表。
値段も手ごろだし、既に顔見知りが調理や配膳をしている。
「お前らいつの間に?」
「ソラ皇子に騎士団の厨房に連れていかれた。
そこには薪を使った調理道具一式があったんだ。
他国にいる時はなるべく魔法は使わないそうだ。
そこで訓練されたのさ。旨いから食ってみてくれ」
隣の学校もどきでは、自分たちの弟妹がこざっぱりとした服を着て、
庭を駆け回っている。
学校の中には、洗濯場や裁縫の部屋があって、
大量の古着をリメイクしている。
リメイク服なら安いし、しかも一点ものだ。
宮殿もどきにはカフェ以外にもお店などがあるらしい。
父ちゃんも母ちゃんも生き生きと働いている。
「次はあんたたちの番だよ。カフェがこの貧民街の
希望の星なんだから早くオープンさせとくれ」
「違うだろう。母ちゃん。俺らの町はノラローだろ。
もう貧民街じゃなくてノラロー街だよ」
「そうだったね。私たちは誇り高いノラロー街の住民さ」
貧民街は無くなった。
この町はノアロー街。
ノアローは、何も持たないという意味らしい。
ソラ皇子が命名した名前だ。
街の入り口には、「ここよりノアロー街」という立派な標識が立っていた。
何も持たない人々が、自分たちで生き抜く街。
そんな彼らは希望に満ちて次々に新しい事業を開拓していくことになる。




