第9話 写真の中の人たち
食卓が静かになる。アカネの指が写真の上に止まっていた。白髪の少女。アカネによく似た顔立ち。ただし表情は正反対だった。楽しそうに笑っている。
「妹?」
リリアが首を傾げる。
「うん」
アカネは頷く。
「双子」
「似てる!」「似てる」
本人も認めた。リリアは写真を覗き込む。
「この人がヒヨリ?」
「緋依」
アカネが言う。少しだけ。嬉しそうだった。
「しっかり者だった」
「アカネさんより?」
サフィラが吹き出した。エレナも笑う。アカネは少し考えた。
「たぶん」
「たぶんじゃないと思うなぁ」
サフィラが言う。アカネは首を傾げた。意味が分からないらしい。リリアはさらに写真を見る。
「じゃあこの人は?」
次に指差したのは金髪の少女だった。少し勝気そうな目。腕を組んでいる。
「エルザ」
アカネが答える。
「怒ると怖い」
「アカネさんより?」
「うん」
即答だった。
「すごい」
リリアが真顔になる。サフィラは少し興味が湧いた。アカネが即答するほどだ。本当に怖かったのだろう。さらにリリアが指差す。
「この子は?」
「エミリア」
今度は茶色の髪の少女だった。元気そうな笑顔。
「走るのが好きだった」
アカネの声が少し柔らかい。
「いつも走ってた」
「なんか分かる」
リリアが頷く。写真だけで伝わるものがあった。さらに。
「この人は?」
「ルナ」
黒髪の少女。
本を抱えている。
「本が好きだった」
「賢そう」
「賢かった」
アカネが言う。
「私よりずっと」
それはそうだろうな。サフィラは思った。そして最後。リリアが一人の少女を指差した。銀色の髪。穏やかな笑顔。
「この子は?」
少しだけ。アカネが黙る。数秒。それから答えた。
「エリス」
静かな声だった。
「優しかった」
それだけ。それ以上は言わない。だが。サフィラには何となく分かった。きっと。全員大切だったのだろう。だから。誰の話をする時も。アカネは少しだけ優しい顔になる。すると。リリアが写真の中央を見る。
「あ」
若い男性。優しい顔をしている。少女たちに囲まれている。
「この人は?」
アカネの視線もそこへ向く。ほんの少しだけ。懐かしそうに。
「蓮」
「レン?」
「うん」
「お父さん?」
「違う」
「お兄ちゃん?」
「違う」
「先生?」
アカネが少し考える。
「先生」
そして。
「家族」
その答えに。誰も何も言わなかった。血の繋がりは無い。だが。アカネにとってはそうだったのだろう。家族。その一言で十分だった。エレナが優しく微笑む。
「素敵な人だったのね」
アカネは頷く。
「うん」
迷いなく。
「すごく」
その言葉には。今までより少しだけ感情が乗っていた。リリアは写真を見る。そしてアカネを見る。それから。小さな声で言った。
「会ってみたかったな」
アカネは答えない。ただ。写真を見ていた。長い間。ずっと。大事そうに。
失くさないように。壊れないように。まるで宝物みたいに。
食事が終わる頃には、外はすっかり夜になっていた。
吹雪の音だけが窓の外から聞こえてくる。暖炉の火が静かに揺れていた。
「ごちそうさま」
アカネが言う。食器は綺麗に空になっていた。綺麗どころか。テーブルに並んでいた料理の大半が消えていた。
「満足した?」
エレナが尋ねる。アカネは少し考える。
「八割くらい」
サフィラが固まる。リリアが笑う。アーノルドは黙っていた。エレナだけが平然としていた。
「そう」母は強かった。
「明日の朝はもっと作るわ」「ほんと?」
アカネの目が少しだけ輝く。サフィラは初めて気付いた。
この少女。食べ物の話になると表情が分かりやすい。
「母上」
「なにかしら?」
「餌付けしてないか?」
「失礼ね」
エレナは笑った。
「ちゃんとご飯を作っているだけよ」
アカネは頷いていた。たぶんエレナの味方らしい。その後。食器が片付けられ。それぞれが席を立つ。
アーノルドは仕事があるらしく書斎へ向かった。エレナは使用人たちへ指示を出している。サフィラも司令部へ提出する報告書の確認が残っていた。そして。
「アカネさん!」
リリアだけが元気だった。
「何?」
「暇?」
アカネは考える。数秒。
「たぶん」
「遊ぼう!」
即決だった。サフィラが口を開く。
「リリア」
「なに?」
「アカネは病み上がりだ」
「病気じゃない」
アカネが言う。
「疲れただけ」
「その疲れた人を遊びに誘うなと言ってるんだ」
リリアは不満そうだった。だが。アカネは立ち上がる。
「少しなら平気」
「お前も甘やかすな」
サフィラが頭を抱える。その様子を見て。リリアがこっそりアカネへ耳打ちする。
「お姉ちゃんね」
「うん」
「外だとかっこつけるんだよ」
「聞こえてるぞ」
即座に返ってきた。リリアは笑う。アカネも少しだけ口元を緩めた。そして。二人は屋敷の中を歩き始めた。サフィラは少し迷う。止めるべきか。だが。アカネの様子を見る。リリアと話している時だけ。
少しだけ自然だった。戦場でもなく。コアの話でもなく。失った家族の話でもない。
普通の会話。普通の時間。
「……まあいいか」
サフィラは呟いた。そのまま二人を見送る。気付いていなかった。アカネが屋敷へ来てから。
まだ一度も。戦いの話をしていないことに。
◇
「ここ!」
リリアが扉を開ける。部屋だった。だが普通の部屋ではない。本棚。机。ぬいぐるみ。小物。花。
子供部屋だ。
「リリアの部屋?」
「うん!」
リリアは得意げだった。アカネは部屋を見回す。少しだけ。本当に少しだけ。不思議そうな顔になる。
「どうしたの?」
「久しぶり」
「ん?」
「こういう部屋」
リリアは首を傾げる。意味が分からなかった。だが。アカネはそれ以上説明しなかった。代わりに。
本棚へ近付く。
「本好きなの?」
「うん!」
リリアは嬉しそうに答える。
「冒険譚が好き!」
「へぇ」
「ドラゴンとか!」
「へぇ」
「英雄とか!」
「へぇ」
「反応薄くない!?」
アカネは少し考える。
「会ったことあるから」
「何に?」
「ドラゴン」
沈黙。
リリアが固まる。
「え?」
「ドラゴン」
「本物?」
「うん」
「嘘だぁ」
即答だった。アカネは首を傾げる。その反応が新鮮だった。今まで。誰も疑わなかった。
見れば分かるからだ。だがリリアは違う。普通の子供だった。だから。普通に疑う。
「今度会えるよ」
「ほんと?」
「たぶん」
リリアが笑った。
「またたぶんだ」
アカネも少しだけ笑う。その時だった。窓の外。吹雪の向こう。遠くで鐘の音が鳴る。
ゴーン。ゴーン。
低い音。長い音。
アカネの表情が変わる。戦場の顔ではない。だが。何かを思い出した顔だった。
「どうしたの?」
リリアが尋ねる。アカネは窓の外を見る。降り続く黒い雪。そして。静かに呟いた。
「平和だなって」
その言葉に。リリアは少しだけ困った顔をした。
「今も戦争中だよ?」
「うん」
アカネは頷く。それでも。この家は暖かかった。笑う人がいる。帰る場所がある。家族がいる。だから。
「平和」
アカネはもう一度言った。今度は少しだけ。嬉しそうに。




