第8話 団欒
アカネが目を覚ましてから一時間後。ヴァルター家の食堂は少しだけ騒がしかった。長いテーブル。
暖かな照明。暖炉の火。外の吹雪が嘘のようだった。そして。
アカネは食べていた。ひたすら。黙々と。食べていた。
「……」
「……」
「……」
食卓が妙な空気になる。アーノルド。エレナ。サフィラ。リリア。全員がアカネを見ていた。
アカネだけが食事に集中している。パン。肉。スープ。野菜。全部減っていく。恐ろしい速度で。
「母上」
サフィラが言う。
「何かしら?」「足りるか?」「今のところは」
今のところ。サフィラは嫌な予感がした。すると。アカネが顔を上げる。
「おいしい」
エレナが少し驚く。
「そう?」「うん」「よかった」
エレナは嬉しそうだった。アカネは再び食べ始める。数秒後。
「おいしい」
また言った。
「ありがとう」
エレナが笑う。サフィラは気付く。この少女。本当に思ったことをそのまま口にしている。変な駆け引きが無い。だから。嘘を吐いているようにも見えない。
「アカネさん」
リリアが身を乗り出す。
「何?」「何歳?」「知らない」
「知らない?」「たぶん十八くらい」
たぶん。まただ。サフィラは慣れてきた。
「じゃあお姉ちゃんと同じくらいだ!」
リリアが嬉しそうに言う。
「お姉ちゃん二十五!」「リリア」「なに?」
「年齢を言う必要はない」
「なんで?」「なんでもだ」
リリアは納得していない顔だった。アカネは首を傾げる。
「サフィラ二十五なんだ」「そうだが」「若く見える」
「それは褒めてるのか?」「うん」
アカネは頷く。サフィラは少し困った。調子が狂う。その時だった。
「アカネ」
アーノルドが口を開く。食卓の空気が少しだけ変わる。
「何?」
「一つ聞きたい」
「いいよ」
アカネは即答した。サフィラが少し驚く。軍ではあまり話したがらなかったのに。
「君はどこから来た」
沈黙。食事の音が止まる。リリアも黙る。アカネは少し考えた。そして。
「遠いところ」
サフィラが吹き出した。
「っ……」
耐えきれなかった。アーノルドも一瞬固まる。
「なるほど」
だが。それ以上追及しない。アカネが答えたくないのではなく。本当にそう思っているのだと分かったからだ。
「では質問を変えよう」
アーノルドは続ける。
「何故戦う」
アカネの手が止まる。少しだけ。本当に少しだけ。
「助けたいから」
静かな声だった。
「誰をだ」「みんな」
それだけだった。だが。食卓が静かになる。嘘ではない。綺麗事でもない。ただ事実を言ったような声だった。アーノルドは頷く。それ以上聞かなかった。聞く必要が無かった。その時。リリアが小さく手を挙げる。
「はい」
誰も指名していない。
「アカネさん」「何?」「彼氏いる?」
サフィラがむせた。
「リリア!」「なに!?」
本人は真面目だった。アカネは考える。少し長く。かなり長く。
「たぶんいない」
「たぶんなんだ」
サフィラが呟く。
「好きな人は?」
リリアは止まらない。アカネはさらに考える。そして。
「いる」
食卓が静まる。サフィラも。エレナも。少しだけ反応した。
「いるの!?」
リリアだけが元気だった。アカネは頷く。
「大好き」
迷いのない声。
「へぇ」
リリアの目が輝く。
「どんな人!?」
アカネは少し考えた。そして。ポーチに手を伸ばす。古びた端末。写真を開く。幼い少女たち。若い男。笑顔。アカネの指が一人を指した。
「この子」
白髪の少女。アカネによく似ている。
「ヒヨリ」
静かな声だった。食卓が静かになる。サフィラは写真を見る。初めて聞く名前だった。だが。聞き覚えがあった。防壁の上。戦場で。アカネが最初に呼んだであろう名前。
「緋依」
アカネは頷く。そして。少しだけ笑った。
「私の妹」
その笑顔は。今まで見たどんな表情よりも。ずっと柔らかかった。




