第7話 目覚め
「とりあえず部屋へ運びなさい」
エレナが言った。
「はいはい」
サフィラはそのまま屋敷の奥へ向かう。リリアも付いてくる。ぴったりと。
「リリア」「なに?」「離れなさい」「やだ」
即答だった。
「客人を見る」
「寝てるだろ」
「だから見る」
意味が分からない。だがリリアは本気だった。結局そのまま付いてくる。客室の扉を開ける。広い部屋だった。暖炉。本棚。大きな窓。軍の詰め所とは比べ物にならない。サフィラはアカネをベッドへ寝かせる。
「……」
起きない。本当に起きない。
「生きてる?」
リリアが聞く。
「生きてる」「ほんと?」「たぶん」「お姉ちゃんもたぶん使うんだ」
サフィラは少しムッとした。すると。エレナが部屋へ入ってくる。手には濡れた布。寝ているアカネの額へ当てる。
「熱は無いわね」「病気じゃないと思う」「そう」
エレナは頷く。そして。眠るアカネを見つめた。
「綺麗な子ね」
「そうか?」
「そうよ」
エレナは笑う。
「サフィラも可愛いけど」「やめてくれ」
リリアが吹き出した。その時だった。
廊下から足音が聞こえる。重い。規則正しい。軍人の足音だった。サフィラがため息を吐く。
「帰ってきたか」
扉が開く。一人の男が入ってきた。黒髪。鋭い眼光。
年齢は五十代半ば。
軍服を着ていなくても軍人だと分かる。アーノルド・フォン・ヴァルター。防衛軍上級大将。
そして。サフィラの父だった。
「父上」
「帰ったか」
短い会話。だが。互いに無事を確認するには十分だった。アーノルドは娘を見る。怪我が無いことを確認する。少しだけ肩の力が抜けた。サフィラは見逃さなかった。
「報告は受けた」
アーノルドが言う。
「コアとやらと交戦したそうだな」
「した」
「そして逃がした」
「逃げられた」
アーノルドは頷く。責める様子は無かった。むしろ。
「よく生きて帰った」
その一言だった。サフィラは少しだけ驚く。
「怒らないのか」
「怒る理由が無い」
アーノルドは即答した。
「相手は未知の存在だ、情報を持ち帰っただけでも十分だ」
サフィラは少しだけ笑った。昔からそうだ。厳しい人だが。理不尽ではない。すると。アーノルドの視線が動く。ベッドの上。アカネを見る。
「この子か」「はい」「旅人か」
サフィラが眉を上げる。
「もう聞いたのか」「報告書は読んだ」
流石だった。仕事が早い。アーノルドはしばらくアカネを見つめる。そして。
「普通の子にしか見えんな」
「私もそう思った」
「だよね」
リリアが混ざる。すると。アカネの指が動いた。全員の視線が集まる。そして。
「……ん」
小さな声。赤い瞳がゆっくり開く。数秒。天井を見る。見慣れない天井。見慣れない部屋。見慣れない人たち。沈黙。そして。アカネが最初に発した言葉は。
「ごはん」
だった。部屋が静まり返る。リリアが吹き出した。エレナも笑う。サフィラは顔を覆った。アーノルドだけが真顔だった。数秒後。
「大物だな」
真面目にそう評価した。アカネは首を傾げる。何が面白いのか分かっていないらしい。
「おなかすいた」
もう一度言った。サフィラは思った。この少女。本当にどんな状況でも変わらないんだな、と。すると。エレナが優しく微笑む。
「何か作ってもらいましょうか」
アカネの目が少しだけ開いた。
「ほんと?」「ええ」「やった」
初めてだった。はっきりと嬉しそうな顔をしたのは。それを見て。リリアは思う。この人。
なんだか猫みたいだな、と。




