第6話 ヴァルター家
砦へ戻った頃には日が沈み始めていた。吹雪は相変わらず続いている。だが。兵士たちの表情は朝とは違った。
「少佐だ」「戻ったぞ!」「生きてたか!」
歓声が上がる。疲弊している。負傷者も多い。それでも。皆笑っていた。コアは退いた。それだけで十分だった。サフィラは背中のアカネを見る。完全に寝ている。揺れても起きない。
「……おい」
反応なし。
「お前本当に警戒心あるのか」
反応なし。レオンなら頭を抱えているだろう。そう思った時だった。
「少佐!」
聞き慣れた声。レオンだった。後ろにはミリアもいる。二人とも無事らしい。サフィラは少しだけ安心した。
「生きてたか」
「その台詞そのまま返しますよ」
レオンが言う。そして。サフィラの背中を見る。寝ているアカネを見る。さらに。もう一度見る。
「……寝てます?」
「寝てる」
「戦場帰りですよね?」
「戦場帰りだな」
レオンは黙った。ミリアも黙った。
「大物ですね」
最終的にそういう結論になった。その時。
「少佐」
ミリアが真面目な顔になる。
「司令部から呼び出しです」
サフィラはため息を吐いた。そうなると思っていた。
「父上か」
「恐らく」
軍上層部。ヴァルター家当主。そして。サフィラの父。アーノルド・フォン・ヴァルター。娘がコアらしき存在と交戦した。呼び出さない理由がない。
「先に行ってくる」
「その子は?」
レオンが尋ねる。サフィラは背中を見る。寝ている。完全に。微動だにしない。
「……家に連れて行く」
「司令部じゃなく?」
「この状態で連れて行ったら面倒になる」
それは全員同意だった。上層部の質問責め。貴族たちの詮索。アカネが対応できる気がしない。サフィラもしたくなかった。
「分かりました」
ミリアが頷く。
「では私が報告書を纏めておきます」
「助かる」
「レオン」
「はい」
「今日はもう休め」
「少佐もですよ」
「私はまだ仕事がある」
「知ってます」
レオンは苦笑した。そして。
「ほどほどにしてください」
その言葉にサフィラは肩を竦める。返事はしなかった。そして。
ヴァルター家へ向かう。砦から少し離れた場所。防衛都市の中心部。高い塀。大きな門。歴史を感じる屋敷。軍人の家というよりは。貴族の館だった。門番が敬礼する。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
屋敷へ入る。暖かい。外が寒すぎるせいかもしれない。その時だった。
「お姉ちゃーーーん!」
凄い勢いで何かが飛んできた。
「うおっ」
サフィラが慌てて受け止める。小柄な少女だった。金色の髪。大きな瞳。年齢は十歳。
サフィラの妹。リリア・フォン・ヴァルター。
「お姉ちゃん!」
「ただいまリリア」
「おかえり!」
満面の笑顔だった。サフィラも自然と笑う。砦では絶対に見せない顔だった。
「心配したんだからね!」
「悪い悪い」
「また怪我してない!?」
「してない」「ほんと?」「ほんと」
リリアはじっと見上げる。そして納得したらしい。その時だった。
「あれ?」
リリアが気付く。サフィラの背中。そこにいる白髪の少女に。
「誰?」
サフィラは少し考える。説明が難しい。世界を渡る旅人。コアを知る少女。砦を救った英雄。だが。今は。
「客人だ」
そう答えた。リリアは目を輝かせる。
「お友達!?」
「違う」
「違うんだ」
少し残念そうだった。その時。奥から足音が聞こえる。
「サフィラ」
優しい声。振り向く。そこにいたのは一人の女性だった。長い銀髪。柔らかな雰囲気。穏やかな微笑み。サフィラの母。エレナ・フォン・ヴァルター。
「おかえりなさい」
「ただいま母上」
エレナは微笑む。そして。サフィラの背中を見る。寝ているアカネを見る。数秒沈黙。
「新しいお友達?」
「だから違う」
リリアが言う。エレナが笑う。サフィラは頭を抱えた。帰ってきた気がした。




