第60話 勝利の代償
コアが消えた。その瞬間だった森中で異変が起きる。大型種も。ワイバーンも。タンニーンですら。崩れ始める。砂のように。灰のように。黒い粒子となって。風に消えていく。静寂。誰も動けなかった。長い戦いだった。あまりにも長かった。だからこそ。実感が湧かない。
「勝った……のか?」
ロバートが呟く。誰も答えない。だが目の前の光景が答えだった。ヴォイドは消えている。コアも消えた。なら終わったのだ。その瞬間。あちこちから歓声が上がった。兵士たち。狩人たち。傭兵たち。誰もが叫ぶ。抱き合う。泣いている者もいる。当然だった。生き残ったのだから。世界を守ったのだから。
だがアカネだけは笑っていなかった。
「キアラ」
抱きかかえる。熱い。異常なほど。汗が止まらない。呼吸も荒い。身体が震えている。瞼は閉じたまま。意識もない。
「キアラ」
もう一度呼ぶ。返事はない。そして。キアラの身体が跳ねた。
「ッ!」
痙攣。全身が激しく震える。アカネの顔が険しくなる。
「まずい」
サフィラも顔色を変えた。魔力は空。立つことも難しい。だが分かる。普通じゃない。
「コアを喰ったのか」
アカネが頷く。あれだけの存在だ。取り込んで無事な方がおかしい。そして。キアラの口から言葉が漏れる。
「や……め……」
苦しそうだった。夢を見ている。悪夢だ。アカネには分かった。そして。帰還が始まった。数日後。町。教会。エドガーは入口で待っていた。そして。担架を見た瞬間。顔色が変わる。
「キアラ!」
駆け寄る。眠っている。だが様子がおかしい。熱がある。汗も酷い。
「何があったんですか」
珍しく声が強かった。アカネが答える。
「コアを食べた」
エドガーが固まる。
「……は?」
当然の反応だった。サフィラが説明する。決戦。タンニーン。コア。そして最後。キアラが捕食したこと。全て。エドガーは最後まで聞いた。そして。深くため息を吐く。
「無茶をする」
誰に向けた言葉か。キアラか。アカネか。両方か。分からなかった。その後。教会は少し騒ぎになった。孤児たちが集まる。
「キアラ?」
「起きないの?」
「大丈夫なの?」
不安そうな顔。泣きそうな顔。エドガーは笑った。
「大丈夫ですよ」
嘘だった。全然大丈夫じゃない。だがそう言うしかない。そして。夜。教会の一室。キアラは眠ったまま。アカネは椅子へ座っていた。ずっと。目を離さない。サフィラが入ってくる。
「寝ろ」
「やだ」
即答だった。
「子供か」
「起きたら困る」
「起きたら呼んでやる」
「ん」
少しだけ黙る。サフィラは苦笑した。そして隣へ座る。二人でキアラを見る。静かな時間だった。
「助かったな」
サフィラが言う。
「うん」
「キアラがいなければ逃げられていた」
アカネも頷く。事実だった。最後に届いたのはキアラだ。だから勝てた。そして。アカネがぽつりと言う。
「成長した」
少し嬉しそうだった。本当に少しだけ。サフィラはその横顔を見る。優しい顔だった。まるで姉のように。少しだけ笑う。
「心配か」
アカネは頷く。
「うん」
それだけだった。だが十分だった。そして。三週間に及ぶ眠りが始まる。誰も知らない。
その夢の中で。キアラが何を見ているのか。何を知ろうとしているのか。まだ誰も知らなかった。




