第58話 スクラン
炎の中から立ち上がる。それだけで十分だった。タンニーンは理解できない。コアも理解できない。学習してきた。観察してきた。進化してきた。だがキアラとリリは理の外。この世界の法則だけでは測れない。だから予測できない。だから理解できない。タンニーンが咆哮する。怒りだった。巨大な翼が広がる。炎が漏れる。大地が震える。
「怒ったな」
サフィラが空から言う。
「怒った」
アカネも頷く。そして。二人とも笑った。強敵だ。だが今のキアラなら折れない。そう信じていた。
キアラは左腕を見る。黒い紋様。身体を巡るリリ。そして頭の中へ残る情報。喰らう。吸収する。再現する。今まで無意識だった。だが今は違う。理解したこの力が何なのか。
「スクラン」
自然と口から出た。アカネが首を傾げる。
「すくらん?」
「うん」
キアラが笑う。
「喰って」
拳を握る。
「力に変える」
左腕が変形する。巨大な牙。異形の口。
「この技の名前」
サフィラが苦笑する。
「また急だな」
「いいじゃん」
「まあいいさ」
アカネも頷いた。
「かっこいい」
「でしょ?」
少し嬉しかった。その瞬間。タンニーンが動く。突撃。地面が割れる。先ほどより速い。先ほどより重い。だが今度は違う。キアラも飛び出した。正面。真正面。逃げない。ぶつかる。拳。爪。激突。轟音。衝撃波。大地が陥没する。
「っ!」
吹き飛ばされる。だが耐える。踏み止まる。以前なら無理だった。それだけで成長が分かる。タンニーンの瞳が細くなる。気に入らない。殺せるはずの獲物が立っている。だからもう一度炎。巨大な火柱。だがキアラは笑った。
「効くけど」
拳を握る。
「さっきより全然まし!」
突っ込む。炎の中を。一直線。タンニーンの瞳が揺れる。理解不能。理解不能。理解不能。その隙。
「サフィラ!」
「分かっている!」
空。氷翼。急降下。刀が振り下ろされる。一閃。右翼。切断。血飛沫。咆哮。タンニーンが体勢を崩す。そこへ。アカネ。疾走。舞姫。一直線。首。関節。筋。鱗の隙間。急所だけを狙う。まるで解体作業だった。巨大な身体が揺れる。だが。まだ倒れない。
「硬いな」
サフィラが舌打ちする。
「うん」
アカネも同意する。普通なら死んでいる。それなのに生きている。異常な生命力。だがそれでいい。時間を稼げる。今必要なのはそれだった。タンニーンが暴れる。尾。爪。翼。炎。全てを使う。しかし。
三人は崩れない。アカネが避ける。サフィラが切る。キアラが受ける。少しずつ。本当に少しずつ。追い詰めていく。そしてキアラは見つける。胸。鱗の奥。脈打つ何か。心臓。違う。もっと大きい。もっと濃い。コアの力。タンニーンを動かす核。あれだ。
「アカネ!」
叫ぶ。
「見つけた!」
アカネの目が向く。そして。理解する。
「ん、、、、行くよ」
短い返事。それだけで十分だった。三人の呼吸が揃う。アカネが動く。疾走。地面が爆ぜる。舞姫。
六本の剣が一直線に飛ぶ。タンニーンが迎撃しようとする。だが。
「させん!」
サフィラ。氷翼。急降下。一閃。 巨大な翼を切り裂く。バランスが崩れる。その一瞬。アカネが到達する。
「舞姫」
六本の剣。全てが一点へ集中する。核。黒い器官。そこへ。剣の嵐。開かれる胸部そして。キアラ。
「スクラン!!」
左腕が変形する。巨大な口。牙。異形の捕食器官。一直線。三人の攻撃が同時に炸裂した。轟音。
爆発。鱗が砕ける。肉が裂ける。黒い器官が潰れる。確かな手応え。キアラの顔が明るくなる。
「やった!」
その瞬間だった。アカネの目が細くなる。
「違う」
「え?」
直後。潰れたはずの器官が崩れた。中身が空洞だった。空。何もない。ただの袋。
「な……」
キアラが固まる。そしてタンニーンが笑ったように見えた。錯覚だったかもしれない。だが確かに。そう見えた。次の瞬間。大地が揺れる。轟音。タンニーンの身体が脈動した。ドクン。ドクン。ドクン。
「まずい!」
サフィラが叫ぶ。遅かった。黒い鱗が割れる。裂ける。剥がれ落ちる。中から現れる新しい肉体。さらに巨大。さらに異形。さらに禍々しい。
「なんだよ……それ」
キアラが呟く。翼が再生する。いや違う。二枚だった翼が四枚になっている。切断したはずの部位も戻っている。それどころか。以前より強くなっている。炎が漏れる。熱量が違う。周囲の木々が近付くだけで燃え始める。
「第二形態か」
サフィラが苦々しく言う。
「最悪だね」
アカネも珍しく同意した。そして。最悪はまだ終わらなかった。遠く。戦場の向こう。爆発音。悲鳴怒号。ロバートたちのいる方向。
「なんだ!?」
サフィラが振り返る。見えた。新しいヴォイド。大型種。ワイバーン。それに混じる異形。今まで存在しなかった個体。タンニーンを小さくしたような怪物たち。百近い。
「嘘だろ」
サフィラの顔から笑みが消える。軍勢側の戦線が押されていた。少しずつ。確実に。崩れ始めている。
コアは学習していた。ずっと。ずっと。ずっと。アカネを。サフィラを。キアラを。そして人類を。
観察し続けていた。だから作った。だから準備した。全て。この日のために。
「こいつ……!」
キアラが歯を食いしばる。タンニーンが動く。先ほどより遥かに速い。巨大な身体。巨大な翼。
そして炎。赤黒い光が喉へ集まる。
「散れ!!」
サフィラが叫ぶ。直後。放たれる。極大の炎。避ける。アカネも。サフィラも。キアラも。
だが避けた先に。タンニーンがいた。
「ッ!?」
速い。あり得ない。その巨体で。アカネの目が見開かれる。避けきれない。直後。巨大な爪が振り下ろされた。轟音。地面が吹き飛ぶ。アカネの姿が消える。
「アカネ!!」
サフィラの叫び。キアラも振り返る。土煙。瓦礫。砕けた地面。その中心。アカネがいた。立っていない。膝をついている。口元から血。肩も裂けている。右腕も不自然な方向へ曲がっていた。キアラの顔から血の気が引く。
「え……」
信じられなかった。アカネだ。世界を渡る英雄。ずっと前を走っていた人。負けないと思っていた。
絶対に。それなのに。
「アカネ……」
キアラの声が震える。サフィラも表情を失っていた。そして。タンニーンが再び口を開く。炎。
今度は動けないアカネへ。狙いを定める。戦場が静まり返る。誰もが思った。終わる。そう思った。




