第57話 その力の意味
咆哮。轟音。そして炎。赤黒い業火が森を飲み込む。地面が焼ける。木々が爆ぜる。熱風だけで兵士たちが顔を庇った。
「散れ!」
サフィラが叫ぶ。三人が左右へ飛ぶ。直後。炎が通り過ぎた。数秒遅れて爆発音。振り返ったキアラは息を呑む。森が消えていた。
「うそ……」
一直線に。まるで巨大な刃物で抉り取ったように。木々が焼き払われている。今まで戦ったワイバーンとは格が違う。同じ炎でも。威力が違いすぎた。そしてその巨体。コアの前に立つ最後の怪物。
「タンニーン……」
アカネが呟く。サフィラが刀を抜く。
「名前は後だ、まずは倒すぞ」
その瞬間。タンニーンが動いた。巨大な身体とは思えない速度。地面が砕ける。アカネへ一直線。
「速い!」
キアラが叫ぶ。アカネは避ける。疾走。身体を加速。紙一重。直後。大地が割れた。タンニーンの爪。
一撃で地面を抉っている。
「うわ」
アカネが少しだけ引いた。珍しい反応だった。サフィラが飛ぶ。氷翼。空へ。タンニーンの頭上を取る。
「こちらだ!」
氷槍。数十本。一斉射出。だがタンニーンは翼を振るった。暴風。氷槍が弾かれる。
「なに!?」
サフィラが眉をひそめる。そこへ。アカネの剣が飛ぶ。舞姫。鱗へ突き刺さる。しかし浅い。
「硬いなぁ」
アカネが言う。確かに傷は付いている。だが浅い。致命傷には程遠い。タンニーンが咆哮する。今度はキアラへ。巨大な尾。横薙ぎ。
「っ!」
ナスク。受ける。轟音。キアラの身体が吹き飛んだ。木を三本へし折る。
「がっ……!」
息が詰まる。だが立ち上がる。以前なら立てなかった。それだけ成長している。しかしそれでも。
「強すぎる……」
思わず呟いた。今まで戦った敵とは違う。ワイバーンなど比較にならない。そしてその時。キアラは気付く。自分が。追いつけていないことに。空ではサフィラ。氷翼を駆使して戦っている。地上ではアカネ。タンニーンの攻撃を避けながら弱点を探している。二人とも戦えている。自分だけだ。置いていかれている。悔しかった。成長した。強くなった。そのつもりだった。だが目の前の戦場では。まだ足りない。その瞬間。タンニーンが口を開いた。赤熱する喉。燃える炎。キアラの身体が強張る。リリも反応する。怯えるように。嫌がるように。
「また……!」
次の瞬間。炎が放たれた。今度はキアラへ。真正面から。避ける。間に合わない。
「キアラ!」
サフィラが叫ぶ。ナスク。全力展開。黒い鎧が身体を覆う。直後。炎が直撃した。轟音。爆発。熱風。
森が揺れる。そして炎の中から吹き飛ばされる影。キアラだった。地面を転がる。止まる。
「がっ……!」
痛い。熱い。ナスクの表面が焼けている。黒い装甲が溶けている。今までなかったことだった。リリが悲鳴を上げている気がした。言葉はない。だが分かる。怖がっている。苦しんでいる。タンニーンがゆっくり近付いてくる。黄金の瞳。勝利を確信したような視線。キアラは立ち上がろうとする。だが身体が動かない。熱い。怖い。悔しい。そして視界の端に映る。一体のワイバーン。先ほどサフィラが撃墜したもの。頭部が転がっている。焼け焦げてもいない。炎を吐く怪物なのに。その喉は燃えていない。その口も焼けていない。その瞬間。キアラの脳裏に何かが閃いた。リリ。捕食。吸収。再構築。今まで何を学んできた。何のための力だ。
「……あ」
キアラの瞳が見開かれる。答えは。すぐ目の前に転がっていた。 キアラは立ち上がった。
「くそっ!邪魔だ!」
サフィラの声。空中戦をしながらこちらを見ている。
「下がれ!」
アカネも叫ぶ。珍しいことだった。本気で危険だと思っている。だがキアラは走った。タンニーンではない。ワイバーンの死体へ。
「何をする!」
サフィラが叫ぶ。キアラは答えない。頭部へ飛び付く。左腕が変形する。黒い装甲。牙。巨大な口。
捕食形態。
「喰え」
噛み付く。ワイバーンの頭部へ。肉を裂く。骨を砕く。そして。飲み込む。その瞬間だった。
「ッ!?」
世界がひっくり返る。頭の中へ流れ込んでくる。情報情報情報。膨大な情報。熱。炎。飛翔。狩猟。本能。筋肉。神経。内臓。耐熱器官。炎袋。呼吸器。理解できない。理解したくない。頭が割れそうになる。
「がぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫。膝をつく。血が鼻から流れる。視界が揺れる。吐き気。頭痛。全身が悲鳴を上げる。だが止めない。止められない。ここで止まれば。終わる。タンニーンが迫る。あと数秒。それで終わる。だから耐える。歯を食いしばる。涙が出る。それでも。
「リリ……!」
左腕を握る。
「やれぇぇぇぇ!!」
黒い紋様が全身へ広がる。腕。肩。胸。首。顔。身体の奥。神経の一本一本へ。そして。変わる。再構築。耐熱器官。再現。ワイバーンの持つ生存機構。その一部を。リリが再現する。そして完成した。キアラが顔を上げる。タンニーンが目の前にいる。口が開く。炎。再び。放たれる。
「キアラ!!」
サフィラの叫び。アカネも走る。間に合わない。誰もがそう思った。だがキアラは逃げなかった。立ったまま。拳を握る。炎が来る。直撃。轟音。爆発。森が揺れる。土煙。熱風。そして。数秒後。煙の中から影が現れる。立っていた。キアラだった。全身のナスクは焼けている。だが倒れていない。炎の中にいたはずなのに。歩いている。タンニーンが初めて動きを止めた。黄金の瞳が揺れる。理解できない。そんな顔だった。キアラは笑う。口元を拭う。まだ痛い。まだ熱い。完全じゃない。でも戦える。
「そうか」
キアラが言う。左腕を見る。リリが脈打つ。
「こうやるんだね」
捕食。吸収。再構築。その意味を。今ようやく理解した。アカネが少し目を見開く。そして小さく笑った。
「えらい」
珍しい褒め言葉だった。サフィラも笑う。
「ようやく戦場に戻ってきたな」
キアラが拳を握る。炎が怖くないわけじゃない。まだ熱い。まだ痛い。それでももう逃げない。目の前にはタンニーン。最後の守護者。コア最後の切り札。キアラは構える。そして。笑った。
「第二ラウンドだ」




