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第56話 決戦の朝



 一の鐘。まだ鳴らない。それよりも早く。アカネは目を開いた。砦の一室。簡素なベッド。見慣れない天井。だが不思議と落ち着いていた。眠れなかったわけではない。むしろよく眠れた。身体は軽い、調子も悪くない。


「ん」


 小さく伸びをする。そして起き上がった。部屋を出る。まだ暗い空には僅かに星が残っている。

砦も静かだった。だが完全に静かではない。兵士たちは起きている。武器を整え。装備を確認し。静かに準備を進めていた。今日が何の日か。全員知っている。だから無駄な会話はない。その頃別の部屋。

キアラは起きていた。正確には。眠れなかった。


「寝なきゃ」


 そう思った。だが無理だった。目を閉じても。今日のことを考えてしまう。コア。決戦。死ぬかもしれない。失敗したら町が終わる。色々考えてしまう。


「はぁ」


 ため息。その時だった。コンコン。扉が叩かれる。


「起きているな」


 サフィラだった。


「うん」


 扉が開く。サフィラが入ってくる。そしてキアラの顔を見るなり言った。


「寝てないな」


「うぐ」


 即バレだった。


「分かる?」


「分かるとも」


 サフィラは椅子へ座る。


「そう緊張するな」


 キアラが頷く。


「怖い」


 正直だった。


「だろうな」


 サフィラは否定しない。


「私も怖いさ」


 キアラが顔を上げる。


「サフィラも?」


「当たり前だ」


 少し呆れたように言う。


「怖くない戦いなどない」


 その言葉は妙に安心できた。そして。


「だが」


 サフィラが続ける。


「怖いから逃げるのと、怖くても進むのは違う」


 キアラは黙って聞いていた。


「お前は後者だ」


 少しだけ。胸の中が軽くなる。その時。部屋の外から声が聞こえた。


「ごはん」


 アカネだった。二人が顔を見合わせる。


「ごはん」


 もう一回言った。


「行こう」


 サフィラが立ち上がる。キアラも思わず笑った。緊張感を返してほしい。食堂。すでに人が集まっていた。今日ばかりは朝食も少し豪華だ。アカネはいつも通り大量だった。キアラは途中で諦めた。サフィラは呆れている。そんな時間も終わる。朝日が昇る。見張り台から鐘が鳴る。出発の合図だった。砦中央。

数千人が集まっている。皆武器を持っている。皆覚悟を決めている。ロバートが前へ出た。静かになる。


「出発する」


 短い言葉。それだけで十分だった。誰も叫ばない。誰も騒がない。ただ頷く。そして門が開いた。重い音を立てて。北の森への道が現れる。アカネはその先を見る。遠く。遥か奥。コアがいる。サフィラが刀へ手を添える。キアラは拳を握る。左腕の紋様が脈打つ。リリも感じている。今日が最後だと。


「行こう」


 アカネが言った。


「うん」


「当然だ」


 三人が前へ出る。数千人の先頭。森へ向かって歩き出す。森は静かだった。不気味なほどに。数千人の軍勢が進んでいるというのに。鳥の声も。虫の声も。何一つ聞こえない。聞こえるのは足音だけ。そして時折遠くから聞こえるヴォイドの唸り声。


「近いな」


 ロバートが言う。アカネは頷いた。分かる。見えなくても。感じる。森の奥。何か巨大なものが脈打っている。嫌というほど。それが分かる。さらに進むやがて。先頭の兵士が足を止めた。


「見えた……」


 誰かが呟く。その瞬間。森が開けた。そして全員が言葉を失う。


「なんだ……あれ……」


 ロバートですら声を失う。そこには。山があったいや。違う。山に見えるだけだ。黒い根。黒い肉。黒い樹木。それらが絡み合い。巨大な塔のようになっている。高さ数十メートル。森の中心を埋め尽くす怪物。コア。それがそこにあった。


「でかい」


 キアラが呟く。今まで遠くからしか感じていなかった。実際に見ると異常だった。まるで世界そのものへ根を張っている。そんな存在感。そして。コアの周囲。無数のヴォイド。大型種。ワイバーン。獣型。型。ありとあらゆる個体。軍勢。まるで城を守る兵士だった。静寂。次の瞬間。コアが脈打つ。ドクン。その一度だけで。全ヴォイドが動いた。


「来るぞ!」


 ロバートが叫ぶ。兵士たちが構える。銃声。怒号。咆哮。そして。決戦が始まった。地獄だった。

ヴォイドの群れが押し寄せる。数が違う。今までの襲撃とは比較にならない。だが人類側も違った。


「撃てぇぇぇぇ!!」


 ロバートの号令。一斉射撃。狩人たちの銃。軍の小銃。火花が散る。大型種が倒れる。傭兵たちが突撃する。退役軍人たちも剣を振るう。全ての戦力。全ての覚悟。それがここに集まっていた。アカネは前を見る。あれを殺さなければ終わらない。


「行くよ」


 サフィラが頷く。


「当然だ」


 キアラも拳を握る。


「うん!」


 三人が飛び出す。軍勢の前。誰よりも先へ。誰よりも速く。ヴォイドを切り裂きながら進む。舞姫。

氷刃。黒い拳。三つの力が道を作る。だがコアも待ってはいなかった。地面が揺れる。森が軋む。巨大な根が持ち上がる。そしてコアの前。黒い繭が割れた。轟音。森が震える。木々が倒れる。兵士たちが思わず足を止める。そこから現れたものを見て。誰もが息を呑んだ。巨大だった。ワイバーンより大きい。

大型種より大きい。黒い鱗。四本の脚。巨大な翼。黄金の瞳。そして燃える喉。まるで伝説の竜。だが本物ではない。学習の集大成。その怪物がゆっくりと頭を上げるそして。視線を向けた。アカネ。サフィラ。キアラ。三人へ。その瞬間。空気が変わる。今までの敵とは違う。誰もが理解した。こいつは強い。圧倒的に。今まで戦ったどのヴォイドよりも。そして守護者が口を開いた。喉の奥が赤く染まる。サフィラの目が細くなる。


「キアラ」


「分かってる」


 キアラも見ていた。あの炎を。あの喉を。忘れるはずがない。守護者が咆哮する。炎が迸る。守護者戦が始まった。


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