第52話 強さの使い方
第二監視所奪還作戦。砦から北へ。街道を埋め尽くすほどのヴォイド。空にはワイバーン。地には獣型。人型。大型種まで混ざっている。まさに軍勢だった。
「かなり多いな」
ロバートが顔をしかめる。
「多い」
アカネも頷く。その隣ではキアラが拳を握っていた。やる気満々である。
「全部倒すの?」
「無理」「無理だな」
即答だった。
「えぇ」
サフィラまで頷く。キアラが不満そうな顔になる。するとアカネが前を見る。
「敵全部倒す必要ない」
「え?」
「邪魔な敵だけ倒す」
キアラは首を傾げる。だが戦闘は始まった。考える時間はない。ヴォイドの群れが押し寄せる。
「来るぞ!」
ロバートが叫ぶ。銃声が響く。兵士たちも応戦を始める。その瞬間。アカネが動いた。舞姫。
六本の剣が飛ぶ。必要な敵だけ。最短距離。最短動作。まるで計算されているようだった。大型種が倒れる。指揮役らしき個体が死ぬ。進路を塞ぐ敵だけが消えていく。
「え?」
キアラが思わず呟く。もっとたくさん倒せるはずだ。アカネなら。それなのに。やらない。その横を通り抜ける。必要ないから。ただそれだけ。
「キアラ」
アカネが言う。
「うん!」
「右」
見る。大型の獣型。兵士へ向かっている。
「任せて!」
キアラが飛び出す。ナスク。拳。正面から殴る。轟音。獣型が吹き飛ぶ。倒れる。
「やった!」
「次」
アカネはもう前を見ている。止まらない。その戦い方を見ながら。キアラは少しずつ違和感を覚えていた。強い。間違いなく強い。でも自分と違う。根本から。
その頃。空。サフィラも戦っていた。背中に巨大な氷翼。透き通る青。龍王の因子。そしてユルムガンドから託された力。ワイバーンが迫る。三体。五体。十体。
「来い」
サフィラが笑う。翼を羽ばたかせる。一気に加速。空中へ。ワイバーンたちの群れへ突っ込んだ。氷刃。氷槍。刀。近接戦。龍のように。空を支配する。
「ぶっつけ本番だったが」
一体を斬る。翼を切り裂く。墜落。
「上手くいったな」
さらに加速。ワイバーンの背後へ回り込む。一閃。二体目撃墜。三体目撃墜。士たちが見上げている。もはや人には見えない。空を飛ぶ氷龍だった。
「もう少し私の強さの糧になってもらうぞ」
サフィラが笑う。そして再び群れへ突っ込む。アブソリュートゼロは使わない。使えば勝てる。だが見せたくない。切り札だから。だから今は。己の技量だけで戦う。そしてそれでも十分強かった。地上。
キアラが大型種を殴り飛ばす。その横をアカネが通り過ぎる。
「なんで倒さないの?」
思わず聞いた。アカネは振り向かない。
「時間」
「え?」
「倒すのに時間かかる」
大型種を見る。
「でも勝てるでしょ」
「勝てる」
「なら」
「時間かかる」
アカネは同じ答えを返した。そして。別の敵を斬る。一撃。終わり。
「大事なのは」
珍しくアカネが続ける。
「何体倒したかじゃない」
キアラが聞く。
「何を守れたか」
その言葉に。キアラは少しだけ黙った。アカネは昔からそうだったのだろう。一人だったから。力は有限だったから。だから無駄を削った。必要な敵だけ倒した。生き残るために。守るために。その考え方は。今のキアラにはまだ真似できない。だが確実に心へ残った。未来。もっと強くなった時。必ず役に立つだろう。そして戦場の奥。コアは観測していた。ワイバーン損耗。大型種損耗。戦力低下。予測以上。
危険度更新。アカネ。サフィラ。キアラ。全対象。最高危険度。そして。コアは決断する。戦力温存。撤退準備開始。最終段階へ移行。決戦の準備が始まった。
戦いが終わった。監視所周辺に展開していたヴォイドの群れは壊滅。ワイバーンも大半が撃墜された。残った個体は撤退。コアもまた森の奥へ姿を消している。完全な勝利ではない。だが間違いなく大勝だった。兵士たちも歓声を上げている。生き残った。それだけではない。勝ったのだ。これまで押され続けていたヴォイド相手に。明確な勝利を得た。
「終わったな」
ロバートが大きく息を吐く。肩には傷。軍服も破れている。だが表情は明るかった。
「終わった」
アカネも頷く。その隣ではキアラが地面に座り込んでいた。
「疲れた……」
本音だった。全身が重い。ナスクも解除している。今にも寝そうだった。そんなキアラの頭へ。ぽんアカネが手を乗せた。
「よく頑張った」
キアラが固まる。
「え」
珍しい。アカネから褒められた。
「本当?」
「うん」
「結構良かった」
キアラの顔が少し明るくなる。そして。
「でも体力ない」
「うぐっ」
一言余計だった。サフィラも空から降りながら思わず笑う。
「事実だな」
「二人とも酷い!」
兵士たちも笑った。だがアカネは続ける。
「前よりずっと強い、だから大丈夫」
キアラは少し照れたように視線を逸らした。そうしているうちにサフィラの氷の翼が砕け散っていく。長時間の空中戦だった。流石に疲労もある。それでも姿勢は崩れない。
「終わったか」
「終わった」
アカネが答える。そして。少しだけ。本当に少しだけ笑った。
「サフィラ、すごかった」
サフィラが目を瞬かせる。
「何がだ」
「空、空飛んでた」
「ワイバーン対策にすこしな」
「強かった」
サフィラが黙る。アカネは基本的に褒めない。正確には。必要以上のことを言わない。だからこそ。今の言葉には重みがあった。
「ワイバーンいっぱい落とした、助かった」
サフィラは少しだけ視線を逸らす。珍しく照れていた。
「当然だ」
そう言う。だが少し嬉しそうだった。
「お前一人に任せるわけにはいかん」
アカネが頷く。
「うん」
短い返事。だがそれだけで十分だった。あの頃。こんな会話は出来なかった。今は違う。隣に立てる。背中を預けられる。それが何より嬉しかった。そして帰還の時間になる。ロバートが近づいてきた。
「皆さん、本当にありがとう」
深く頭を下げる。隊長として。一人の人間として。心からの感謝だった。
「第二監視所は失ったが、町は守れた、これでしばらく時間が稼げる」
アカネが頷く。サフィラも頷く。だが二人の考えは同じだった。時間を稼いだだけ。本番はこれからだ。
「一度、戻るか」
サフィラが言う。
「うん」
アカネも答える。帰る場所は砦ではない。あの町だ。教会があり。孤児たちがいて。エドガーがいる。
キアラの家。今ではアカネたちにとっても少し居心地の良い場所になっていた。夕暮れ。街道を歩く。兵士たちの列。その先頭。アカネとサフィラ。そしてキアラ。空は赤く染まっていた。戦いは終わった。だがコアはまだ生きている。そしてアカネは確信していた。次が最後になる。コアも。こちらも。準備はもう終わりに近づいている。決戦の日は。そう遠くなかった。




