↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/63

第50話 炎



 赤熱する喉。燃え上がる炎。空を旋回するワイバーン。そしてその視線の先。キアラ。間違いなかった。


「キアラ!」


 アカネが叫ぶ。


「中へ!」


 キアラも流石に異常を察する。走る。その瞬間。ワイバーンが炎を吐いた。轟音。火炎が空を裂く。真っ直ぐキアラへ。次の瞬間。アカネが飛び出していた。


「舞姫!」


 無数の剣が空中へ現れる。剣の壁。炎がぶつかる。爆発。熱風。周囲へ火花が散る。


「っ!」


 兵士たちが顔を庇う。だが。防げた。キアラも無事。


「アカネ!」


「走る!」


「うん!」


 キアラが砦の建物へ駆け込む。その様子を見て。アカネは確信した。偶然じゃない。本当に狙われている。


「サフィラ!」


「分かっている!」


 サフィラは既に動いていた。刀を抜く。地面を蹴る。砦の壁。見張り台。屋根。足場を利用して一気に高度を上げる。そして。一体目のワイバーンへ跳んだ。


「はぁっ!」


 一閃。翼が切り裂かれる。悲鳴。巨大な身体が墜落する。地面へ激突。兵士たちが歓声を上げる。


「すげぇ……」


「落としたぞ!」


 だが。数が多い。五体。六体。さらに奥から現れる。しかも。全てがキアラを探していた。アカネの表情が険しくなる。


「やっぱり」


 嫌な予感が当たった。コアは学習した。何を根拠にしたのかは分からない。だがキアラを危険と判断した。だから対策した。だから送り込んだ。


「面倒」


 アカネが呟く。その時だった。建物の中。窓際。キアラも外を見ていた。ワイバーン。炎。燃え上がる空。そして何故か胸の奥がざわつく。嫌な感覚。怖い。炎が。あの炎が。理屈じゃない。本能的に。近付きたくない。その時左腕の紋様が僅かに脈打った。


「え?」


 さらに。もう一度。脈打つ。そして。キアラは気付く。リリが。怯えている。


「……リリ?」


 今まで一度もなかった。怒りもない。喜びもない。言葉もない。ただ存在していただけ。そんなリリが。初めて。拒絶していた。炎を。あのワイバーンを。その瞬間。キアラの脳裏へ閃く。森での出来事。黒い怪物。大量のヴォイド。そして。アカネたちの言葉。リリを知れ。もっと繋がれ。今なら分かる。


「炎……?」


 小さな呟き。そして。外。空。また一体。ワイバーンが炎を吐く。その瞬間。リリがさらに反応した。明らかだった。


「弱点なの……?」


 キアラが呟く。自分でも信じられなかった。だが否定できない。リリは炎を嫌がっている。本能的に。

明確に。その頃。森の奥。コアは観察していた。遠くから。静かに。炎。飛行。遠距離攻撃。学習結果。

観測。対象反応確認。適合。有効。学習継続。根が脈打つ。次の情報を求めるように。


 そして。その時だった。コアの観測の中へ。一つの異物が入り込む。アカネ。森へ向かって走っていた。


「見つけた」


 小さな声。怒ってはいない。焦ってもいない。だが確実に。コアを殺しに来ていた。その瞬間。コアは理解する。危険。最優先危険対象。即時撤退推奨。そしてワイバーンたちへ命令が送られる。時間を稼げ、と。


 森の奥へ。アカネが駆ける。木々を飛び越え。枝を蹴り。一直線にコアを目指す。だが当然。コアも黙ってはいなかった。森中のヴォイドが動き出す。獣型。人型。大型の個体まで混ざっている。地上から。そして空から。アカネを包囲するように襲い掛かった。


「邪魔だな、舞姫」


 アカネの周囲へ剣が現れる。銀閃。次々とヴォイドが貫かれる。だが数が多い。地上だけではない。上空からもワイバーンが降下してくる。完全な時間稼ぎだった。


「逃げる気満々」


 アカネが呟く。予想通り。コアは戦わない。戦う準備が整うまで決して前へ出ない。だからこそ厄介だった。その頃。砦上空。サフィラも激戦の最中にいた。刀が閃く。一体。また一体。ワイバーンを撃墜する。だがこちらも数が多い。


「本当に面倒な敵だな!」


 上空から炎。横から爪。背後から突進。普通の兵士ではどうにもならない。だからサフィラが抑えるしかない。そして一体のワイバーンが翼を切られた。


「ギャアアアアアッ!!」


 悲鳴。制御を失う。巨大な身体が回転しながら落下していく。


「まずい!」


 だが落下地点が悪かった。砦の建物群。そして。キアラがいる場所だった。


 「ナスク!!」黒い鎧が全身を覆う。


 轟音。建物が揺れる。壁が砕ける。窓が吹き飛ぶ。巨大なワイバーンが屋根を突き破った。木材が飛び散る。土煙が舞う。そしてその中心にいたキアラ。瓦礫が降り注ぐ。だが防げた。吹き飛ばされながらも立ち上がる。黒い鎧が軋む。無事だった。しかし。問題は終わっていない。目の前。瓦礫の中。ワイバーンが起き上がる。翼は半分切断されている。飛べない。だがまだ生きていた。赤い眼。黒い鱗。巨大な牙。そして燃える喉。キアラの身体が強張る。左腕が反応する。リリが嫌がっている。本能的に。明確に。あの炎を。


「っ……」


 怖い。今まで感じたことのない恐怖だった。ヴォイドと何度も戦った。大型種とも戦った。だがこれは違う。リリが怯えている。だから自分も怖い。その時ワイバーンが口を開いた。喉が赤く染まる。


「っ!」


 来る。キアラは即座に横へ飛んだ。直後。炎が放たれる。轟音。熱風。壁が溶ける。木材が燃え上がる。


「うわっ!?」


 熱い。近い。危ない。ナスクの表面が僅かに焦げる。それを見て。キアラは理解した。直撃したらまずい。本当にまずい。


「じゃあ!」


 キアラが構える。拳を握る。逃げる選択肢はない。サフィラは上。アカネは森。今ここにいるのは自分だけ。


「やるしかない!」


 ワイバーンが咆哮する。キアラも地面を蹴る。初めての天敵。初めての相性最悪の敵。そして。リリを理解するための戦いが始まったキアラが地面を蹴る。一直線。距離を詰める。ワイバーンも気付く。

大きく口を開く。喉が赤く光る。


「またそれ!」


 キアラが叫ぶ。炎が来る。分かっている。だから避ける。横へ飛ぶ。直後。火炎が通り過ぎた。熱風だけで頬が痛い。ナスクの表面がじりじりと音を立てる。怖い。本当に怖い。だが止まれない。キアラはさらに踏み込む。ワイバーンの懐へ。巨大な爪が振り下ろされる。それを躱す。拳を握る。そして。


「はああぁっ!!」


 全力の一撃。黒い鎧が拳を覆う。ワイバーンの顔面へ直撃。鈍い音。巨大な身体が揺れる。だが倒れない。


「硬っ!?」


 キアラが驚く。大型種ほどではない。しかし十分硬い。ワイバーンが咆哮する。尻尾が振り抜かれる。

キアラが吹き飛ぶ。


「きゃっ!」


 瓦礫へ激突。壁が崩れる。肺の空気が抜けた。痛い。だが立ち上がれる。以前より身体は強い。確実に。


「リリ!」


 無意識に呼ぶ。返事はない。だが。黒い紋様が脈打つ。その瞬間。キアラは気付く。怖い。でもそれ以上に。リリも怖がっている。それが分かる。言葉じゃない。感情でもない。ただ感覚。それでも。確かに伝わる。


「……怖いんだ」


 ぽつりと呟く。リリが。炎を。恐れている。そして。その事実にキアラは少しだけ腹が立った。自分じゃない。ワイバーンにだ。


「なんだよそれ」


 立ち上がる。拳を握る。


「怖がらせるな」


 ワイバーンが再び炎を吐こうとする。赤い光。燃える喉。左腕じゃない。全身。黒い糸。身体の中を走るもう一つの神経。それを。強く意識する。瞬間。世界が少しだけ変わった。身体が軽い。景色が遅い。筋肉が自然に動く。リリが助けてくれてる。そんな感覚。


「え」


 自分でも驚く。だが。止まらない。ワイバーンが炎を吐く。キアラが動く。今までよりずっと速く。炎の横を抜ける。


「なっ」


 自分で驚く。今までなら避けられなかった。だが避けられた。ワイバーンも反応が遅れる。その隙。

キアラが懐へ潜り込む。 拳。 肘。膝。連撃、ナスクの力。そしてリリの補助。ワイバーンの頭が揺れる。首が曲がる。巨体が後退する。しかしまだ倒れない。


「やっぱり硬い!」


 キアラが叫ぶ。その時だった。頭の中へ。妙な感覚が流れ込む。喰う。吸収。取り込む。再構築。

それは言葉ではない。リリの本能。リリが森で繰り返していた行動。そして。キアラは一瞬だけ理解する。


「そうか」


 今までの自分は。リリの力の半分も使っていなかった。形状変化。鎧。拳。それだけ。本当は違う。

リリの本質は。捕食。吸収。再構築。そちらだ。その瞬間。ワイバーンが再び炎を吐こうとする。だが今度はキアラが先だった。地面を蹴る。全力。今までで最速。そしてワイバーンの喉へ。黒い拳が突き刺さる。轟音。骨が砕ける音。ワイバーンの目が見開かれる。炎が暴発する。口から漏れる。喉の内部で爆ぜる。苦悶の咆哮。巨体が倒れる。地面が揺れる。静寂。キアラも息を切らす。


「勝った……?」


 まだ死んでいない。だが立ち上がれない。勝負は決まった。その時ワイバーンの傷口から。黒い靄が漏れた。そしてキアラの左腕が。強く脈打った。まるでその力を欲しがるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。