第47話 学習
深い森の奥。光の届かない場所。そこにコアはあった。巨大な樹木のようにも見える。肉塊のようにも見える。根を張り。脈動し。静かに世界を侵食している。周囲にはヴォイドの死骸。そして黒い怪物が残した残骸。コアは学習する。観測。解析。再現。それが存在理由だった。黒い組織を取り込む。分解。解析。再構築。失敗。再試行。失敗。失敗。失敗。理解不能。再現不能。世界の理に存在しない。この世界の生物ではない。コアは結論を出す。複製不能。学習失敗。
だがそこで終わらない。残された戦闘痕を観測する。損傷部位。破壊形状。残留物質。変質組織。そこから導き出される結果。弱点候補。炎生成開始。コアの根が蠢く。新たなヴォイドが作られていく。翼。爪。牙。そして喉。炎を吐くための器官。空を飛び。遠距離から焼く。新たな捕食者。コアは静かに学習を続ける。まだ時間がいる。まだ準備がいる。だから今は待つ。次の戦いのために。
翌朝。砦の空気は随分落ち着いていた。昨日の戦いで負傷者は出た。だが死者はいない。それは奇跡的な結果だった。ロバートも朝から忙しく動き回っている。兵士たちは武器の整備。壁の補修。見張りの増強。次の襲撃に備えていた。一方。砦の医務室。
「暇」
キアラが天井を見ながら呟いた。
「寝ていなさい」
エドガーが即答する。
「でも神父様」
「知っています」
エドガーは慣れている。キアラも慣れている。そして。扉が開いた。
「来たよ」
アカネだった。後ろからサフィラも入ってくる。
「アカネ!」
キアラの顔が明るくなる。
「元気?」
「暇で死んじゃうかも」
「元気だな」
サフィラが即答した。キアラが抗議する。だが否定はできない。昨日より顔色はかなり良い。
「痛い?」
アカネが聞く。
「ちょっと」
本当は結構痛いだが。昨日ほどではない。少なくとも話はできる。エドガーも頷いた。
「回復は順調です、予想よりずっと早い、若いですから」
「子供だから」
アカネが言う。
「ちーがーうー」
キアラが反論する。いつもの流れだった。その様子を見てサフィラが少し笑う。そして。アカネは椅子に座った。
「リリはどう?」
キアラが左腕を見る。黒い紋様。昨日より少し薄くなっていた。
「分かんない」
正直な答えだった。
「でも」
少し考える。
「なんか増えた気がする」
「増えた?」
サフィラが聞く。
「うん」
上手く説明できない。だが感覚として。以前のリリより大きい。強い。そんな気がする。
「試したい?」
アカネが聞く。
「試したい」
即答だった。エドガーが咳払いする。
「却下です」
「えぇ」
「却下です」
即答だった。キアラが不満そうに唸る。だが今回ばかりは誰も味方しない。今の状態で戦わせる気はなかった。その時サフィラがふと窓の外を見る。遠くの空。雲の向こう。何かが動いた気がした。ほんの一瞬。だが。
「どうかした?」
アカネが聞く。
「いや」
サフィラは首を振る。
「気のせいかもしれん」
そう答えた。まだ誰も知らない。コアが新しいヴォイドを生み出していることをそして。そのヴォイドが。キアラという少女を標的に定めていることを。数日が過ぎた。コアの襲撃はなかった。森は不気味なほど静かだった。それが逆に嫌だったが、今は利用するしかない。休める時に休む。備えられる時に備える。それが生き残るための鉄則だった。そしてキアラは復活した。
「よし!」
砦の中庭。朝から元気な声が響く。以前より顔色も良い。全身を襲っていた激痛もほぼ消えていた。
エドガーの診断も問題なし。ようやく訓練再開である。
「待たせたね!」
キアラが拳を握る。アカネは頷いた。
「うん、待った」
「そんなに?」
「結構」
キアラが少し嬉しそうになる。そして。
「じゃあやろう!」
即座に構えた。拳。足。腰。エドガーが叩き込んだ基礎。以前より明らかに良くなっている。そして身体能力も上がっていた。リリの再融合。あれは確実にキアラ自身へも影響していた。
「行くよ!」
踏み込む。速い。以前より数段。確実に速い。拳が放たれる。だがアカネは避ける。紙一重。最小限。
「まだまだ!」
キアラの拳。さらに蹴り。肘。連撃。以前よりかなり良い。しかし当たらない。
「なんで!?」
「見える」
アカネが答える。そして。軽く額を小突いた。
「いたっ!」
キアラが後ろへ下がる。その様子を兵士たちが見ていた。最近ではもう日課だった。
「始まったな」
「あぁ、いつものか」
砦の兵士たちも見慣れている。そして。キアラが強いことも知っていた。ロバートから最低限の説明は受けている。もちろんリリの詳細までは知らない。だが教会の少女が特殊な力を持つこと。そして味方であること。それだけは共有されていた。だから今では普通に応援されている。
「頑張れキアラ!」
「負けるな!」
「うるさい!」
キアラが叫ぶ。兵士たちが笑う。平和だった。そして。その横ではサフィラが腕を組んでいた。
「どう思う」
ロバートが聞く。
「強いな」
サフィラが答える。
「だがまだ足りない」
ロバートも頷いた。見れば分かる。身体能力は高い。技術も伸びている。だがどこか噛み合っていない。そして。十分後。訓練終了。キアラは地面へ転がっていた。
「納得いかなーい!」
「知ってる」
アカネが答える。
「強くなったのに!」
「強くなった」
「なんで当たらないの」
「当たるわけない」
キアラが唸る。その時。サフィラが近付いてきた。
「理由は簡単だ」
「何?」
「お前はリリを使っている」
キアラが首を傾げる。
「うん」
「だが」
サフィラが続ける。
「理解していない」
キアラが固まった。
「え?」
「お前はリリを力だと思っている」
「違うの?」
「違う」
即答だった。今度はアカネが続く。
「もっと話す」
「話す?」
「うん」
キアラは困惑する。リリは喋らない。人格もない。そう思っている。
「でも喋らないよ」
「知ってる」
アカネは頷く。
「それでも、もっと知る」
サフィラも同意した。
「今回お前はリリと再融合した、分裂していたものが戻った、つまり以前より繋がりは深い、ならそこを伸ばせ」
キアラは考え込む。難しい話だった。
「宿題だ」
サフィラが言う。
「宿題?」
「リリを知れ、今まで以上にな」
キアラが左腕を見る。黒い紋様。リリ。一年前から一緒にいる存在。家族みたいなもの。だが確かに。知らないことだらけだった。
「どうやって?」
アカネとサフィラが顔を見合わせる。そして二人とも同じ答えだった。
「考える」
「考えろ」
キアラが呆然とする。
「適当じゃない?」
「結構真面目」
アカネが答える。サフィラも頷いた。
「強くなる方法を教えるのは簡単だ、だが」
キアラを見る。
「お前の力はお前だけのものだ、だから最後は自分で答えを見つけろ」
その言葉に。キアラは黙った。難しい。けれど。少しだけ分かる気がした。リリは武器じゃない。ただの力でもない。なら何なのか。それを考えることが。今の自分に必要なことなのだろう。そして誰も知らない場所で。コアもまた学習を終えつつあった。森の奥。新たなヴォイドが翼を広げる。燃えるような赤い眼。巨大な翼。鋭い爪。そして。炎を吐くための喉。
コアは静かに観察する、次の戦いの準備は。着実に進んでいた。




