表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/42

第40話 北の森


 数日後。アカネは昼寝をしていた。礼拝堂の長椅子。窓から差し込む昼の日差し。暖かい。最高だった。


「アカネさん」


 声がした。


「んー」


「起きてください」


 エドガーだった。アカネが片目を開く。


「眠い」


「知っています」


「じゃああと十分」


「駄目です」


 即答だった。アカネは諦めて身体を起こした。エドガーの表情は普段と変わらない。だが少しだけ真面目だった。


「話があります」


「悪い話?」


「おそらく」


 アカネが欠伸を噛み殺す。悪い話らしい。礼拝堂の隅。机には数枚の手紙が置かれていた。サフィラも既に呼ばれている。


「何かあったのか」


 サフィラが聞く。エドガーは頷いた。


「軍の知人からです」


 手紙を広げる。


「北部でヴォイドの活動が活発化しています」


 アカネの表情が変わる。眠気が消えた。


「どれくらい?」


「異常な規模です」


 エドガーが答える。


「元々出現頻度は高い地域でした、ですが最近は別です、討伐隊が壊滅しています」


 サフィラが眉をひそめる。


「軍がか」


「はい、さらに」


 エドガーが一枚の紙を差し出す。


「調査隊が一つ消息を絶っています」


 静かな空気が流れた。アカネは地図を見る。北。町から三日ほどの場所。かなり広い森林地帯だった。


「大型種?」


 アカネが聞く。


「可能性は高いです」


 エドガーは頷く。


「軍もそう考えているようです」


 サフィラが腕を組む。


「ただの大型種なら軍も対処できるだろう」


「本来は」


 エドガーが答えた。


「ですが最近妙なんです」


「妙?」


「ヴォイドが組織的に動いている、それに共食いのようなことも起きているとか」


 アカネとサフィラが顔を見合わせる。嫌な話だった。非常に。


「コアかも」


 アカネが呟く。サフィラも同意見だった。今まで聞いた話。軍の被害。活動の活発化。そして異常行動。条件が揃いすぎている。エドガーは二人を見る。


「コアというものが関係しているのですか」


「可能性がある」


 アカネは頷いた。


「まだ分からない、でも調べたい」


「そうですか」


 エドガーは少し考える。やがて頷いた。


「なら丁度いい」


「丁度いい?」


 サフィラが聞く。


「実は明日、補給隊が北へ向かいます」


 地図を指差す。


「森の入口にある監視砦へ」


 なるほど。調査にはちょうど良い。


「便乗できるように手配しましょう」


 エドガーが言った。


「まずは情報収集だな」


「はい」


「そして可能なら」


 そこで言葉が止まる。


「消息を絶った者たちの行方も」


 静かな願いだった。エドガーは軍人だった。だから分かる。行方不明者の意味を。生きている可能性は低い。それでも。家族は待っている。仲間は待っている。だから確認が必要なのだ。アカネは頷いた。


「分かった、見てくる」


 サフィラも異論はない。むしろ行くつもりだった。そして話を聞いていた人物がもう一人いた。礼拝堂の扉の隙間。黒髪の少女。キアラだった。


「北?」


 ぽつりと呟く。エドガーが振り返る。


「キアラか?」


「聞いてた」


「聞いていたな」


 全く隠れる気がなかった。キアラは部屋へ入ってくる。


「私も行く」


 即答だった。エドガーがため息を吐く。


「駄目です」


「なんで」


「危険だからです」


「いつも危険だよ」


「今回はもっと危険です」


 キアラがむっとする。だがエドガーは譲らない。珍しく頑固だった。


「駄目です」


「むぅ……」


 頬を膨らませる。完全に不満顔だった。アカネはそんな様子を眺めていた。少しだけ懐かしい。昔の自分を見ているようだった。だから。


「連れて行く?」


 ぽつりと言った。部屋が静かになる。


「アカネさん」


 エドガーが頭を抱えた。


「駄目です」


「強いよ」


「知っています」


「頑張るよ!」


 キアラが便乗する。


「駄目です」


 即答だった。珍しくエドガーが強かった。そして。それには理由があった。北の森。そこはキアラが普段活動している場所より遥かに危険だからだ。エドガーは元軍人として理解していた。今回の件は。何かがおかしい。だからこそ。まだキアラを行かせる気はなかった。少なくとも今は。だがその決定が。

数日後に覆されることになるとは。この時の誰も知らなかった。


 その日の夕方。キアラは不機嫌だった。夕食の席でも。自由時間でも。ずっと不機嫌だった。誰が見ても分かるくらいに。


「キアラ怒ってる」


 年下の孤児が言った。


「怒ってない」


 怒っていた。子供たちが笑う。普段なら一緒に笑うキアラも今日は笑わない。やがて子供たちも寝る準備を始めた。キアラは教会の裏手にある石段へ腰掛ける。夜風が少し冷たかった。


「いた」


 声がした。アカネだった。両手に温かい飲み物を持っている。


「飲む?」


「飲む」


 即答だった。キアラは受け取る。一口飲む。少しだけ機嫌が戻った。


「単純」


「うるさい」


 アカネが隣へ座る。しばらく沈黙。虫の声。遠くの町の音。平和な夜だった。


「行きたかった?」


 アカネが聞く。


「行きたい」


 キアラは即答した。


「なんで?」


 キアラは少し黙る。そして。


「神父様を助けたいから」


 そう言った。アカネは黙って聞く。


「町を守りたい、みんなを守りたい、だから強くなりたい」


 月を見上げる。


「でも」


 少しだけ声が小さくなる。


「私まだ子供だから」


 アカネは意外だった。キアラがそんなことを言うとは思わなかった。


「そう思ってるんだ」


「思うよ」


 キアラは苦笑した。


「みんな優しいから、神父様も、町の人も、でも....」


 膝を抱える。


「本当は分かってる、私一人じゃ何も出来ない」


 その言葉は十二歳の少女にしては重かった。


「だからリリに頼ってる」


 左腕を見る。月明かりに照らされた普通の腕。


「リリがいなかったら、私は何も出来ない」


 アカネは少し考える。そして。


「違う」


 と言った。キアラが顔を上げる。


「違う?」


「うん」


 アカネは頷いた。


「リリだけじゃ無理」


「え?」


「キアラだけでも無理」


 キアラが首を傾げる。


「でも、二人なら出来る」


 アカネが言う。


「それでいい」


 キアラは少し黙った。その発想はなかった。リリに頼るのは弱いことだと思っていた。リリが強いだけだと思っていた。でもアカネは違うと言う。


「私もそうだから」


 ぽつりとアカネが言った。


「アカネも?」


「うん」


「一人じゃない」


 それ以上は語らなかった。だがキアラには少しだけ分かった。アカネにも大切な誰かがいるのだろう。いや。いたのだろう。だから。


「アカネも頑張った?」


 キアラが聞く。


「頑張った」


「今も?」


「今も」


 即答だった。それが少し嬉しかった。強い人も努力している。それだけで。少し安心する。その時。


「なるほど」


 後ろから声がした。二人が振り返る。サフィラだった。


「盗み聞きしないでよ」


 キアラが言う。


「聞こえたんだ」


 サフィラは悪びれない。そしてキアラの隣へ座った。


「納得したよ」


「何が?」


「お前がアカネに懐く理由だ」


「懐いてない」


「懐いているさ」


 即答だった。キアラが抗議する。だがサフィラは無視した。


「似ているんだ」


「どこが」


「無茶をするところ」


 二人とも黙った。図星だった。


「神父様が苦労するわけだ」


 サフィラがため息を吐く。キアラはむっとする。アカネは少し笑う。そして教会の窓から明かりが漏れる。エドガーの執務室だった。まだ起きているらしい。きっと明日の準備だろう。北の森へ向かう補給隊。最近増えているヴォイド。消息を絶った調査隊。そしてまだ姿を見せない何か。平和な時間は続いている。だが確実に終わりへ向かっていた。


 誰もまだ知らない。北の森で目覚めつつあるものが。この町そのものを飲み込むほど危険な存在であることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ