第39話 教会の一日
翌朝。
ゴォォォン。鐘の音で目が覚めた。まだ外は薄暗い。アカネは布団の中で目を細める。
「早い」
「早いな」
隣のベッドからサフィラも同意した。二人とも旅人向きではあるが早起きは好きではない。しかし教会は違うらしい。廊下からは既に子供たちの声が聞こえる。元気すぎる。
「起きるか」
「うん」
朝食を終える。祈りを終える。そしてアカネたちは教会の一日を知った。掃除。洗濯。勉強。仕事。訓練。夕食。自由時間。驚くほど規則正しい。
「忙しい」
アカネが言う。
「忙しいな」
サフィラも頷く。そこへキアラが現れた。
「何してるの?」
「見学」
「暇なの?」
「暇」
キアラが呆れた顔をした。午前中。エドガーは子供たちへ授業をしていた。読み書き。算術。簡単な歴史。教会らしい教育だった。そして。アカネは窓際で寝ていた。
「おい、寝るなら外で寝ろ子供たちの邪魔になる」
サフィラが言う。
「んー」
のそのそと出ていくアカネ。笑う子供たち。サフィラが額を押さえる。エドガーは笑っていた。
一方サフィラはというと。教える側に回っていた。
「三十六を四で割ると?」
「九!」
「正解だ」
子供たちが嬉しそうに答える。意外だった。サフィラは教えるのが上手い。軍人時代に部下を指導していた経験が活きている。
「サフィラ先生!」
「先生ではない」
「先生ー!」
「だから違う」
完全に先生扱いだった。午後。子供たちが仕事へ出掛けた後。エドガーが二人を呼んだ。
「少し話をしましょう」
教会の執務室だった。古い机。本棚。地図。そして三人。キアラはいない。本格的な話だった。エドガーが静かに口を開く。
「さて」
穏やかな声。だが視線は鋭い。
「そろそろ聞いてもいいでしょうか、お二人は何者ですか」
アカネとサフィラが顔を見合わせる。隠し通すのも違う。この人には話していい。そう思えた。
「私たちは」
アカネが口を開く。
「あるヴォイドを追ってる」
エドガーは黙って聞く。
サフィラが細くする。
「コアと呼ばれる個体で奴らの創造元になっている個体です」
「コア」
その単語にエドガーの眉がわずかに動く。だが驚きはしない。
「なるほど」
ただそう言った。
「信じるんですか」
サフィラが聞く。
「まだ、半信半疑ですが」
エドガーは笑う。
「ですが」
視線が二人へ向く。
「お二人がただ者ではないことは分かっています、」
「私どもより奴らに詳しそうでもある、そのような知識をどこで手に入れられたかは、知りませんが」
アカネは少し安心した。話が早い人だった。エドガーは続ける。
「昔の伝手があります」
「軍の、ですか?」
エドガーは笑みで返す。サフィラが頷く。やはりそうかと思った。
「情報を集めましょう」
「ありがとうございます」
「ただし条件があります」
エドガーが言う。ここで初めて少しだけ笑った。
「町を守るのを手伝ってください」
当然だった。アカネたちも頷く。
「それと」
エドガーがアカネを見る。
「キアラの訓練相手」
「ん?」
「彼女は最近伸び悩んでいる、私よりも強い方と訓練したほうがあの子のためになる」
アカネが考える。確かに悪くない。
「いいよ、わたしがやる」
「ありがとうございます」
今度はサフィラを見る。
「授業を手伝ってください」
サフィラが固まった。
「私がですか」
「向いています」
昨日だけで見抜かれていた。
「……分かりました」
渋々頷く。エドガーが満足そうに微笑んだ。
「交渉成立ですね」
こうして。アカネとサフィラはしばらくの間。教会の一員として過ごすことになった。そしてそれは。
キアラとの距離が最も縮まる時間でもあった。それから数日。アカネとサフィラはすっかり教会の生活に馴染んでいた。
朝。一の鐘と共に起床。朝食。祈り。掃除。勉強。仕事。訓練。夕食。自由時間。最初は慣れなかった二人だったが、人間というのは案外環境に適応する生き物だった。特にサフィラは早かった。元々軍人である。規則正しい生活には慣れていた。
「サフィラ先生!」
「どこが分からないんだ?」
「先生こっちもー!」
「少し待ってなさい、こっちが先だ」
今日も同じやり取りが繰り返される。教室代わりの大部屋。子供たちが机を並べて座っている。いつの間にか完全に定着していた。エドガーなど最近では楽しそうに眺めているだけだった。
「助かっていますよ」
「やめてください」サフィラは頭を抱えた。
「私に教師の経験はありません」
「経験は無くとも素質は十分あります」
エドガーは即答する。
「子供たちも懐いていますし」
実際その通りだった。厳しい。だが褒める時は褒める。教え方も分かりやすい。子供たちからするとかなり良い先生だった。今日も教会は平和だった。
そして夜。六の鐘が鳴った後。夕食。さらにその後。キアラはこっそり教会を抜け出す。もちろん。エドガー公認である。
「門限は守るんだよ」
「分かってる!」
前回怒られたばかりだった。森の奥。最初に出会った場所。そこへ向かう。アカネは既にいた。木の上で寝ていた。
「なんでそこで寝てるの」
「落ち着く」
「落ちないの?」
「落ちない」
アカネが飛び降りる。
「やる?」
「やる」
キアラが頷く。
「ナスク」
キアラがそう言葉にすると。黒い液体が左腕から溢れる。漆黒の装甲。異形の鎧。数秒で完成する。アカネは何度見ても少しだけ違和感を覚える。左腕。見た目は普通。でも説明できない。ただ何かいる。
そんな感覚だけがあった。
「来ていいよ」
アカネが言う。
「後悔しないでね」
キアラが突撃する。速い。だが当たらない。拳。爪。蹴り。全部避けられる。
「なんで!?」
「動きが素直」
アカネが答える。さらに避ける。
「リリ強い」
「でしょ!」
「でも」
アカネが続ける。
「キアラ弱い」
「ひどい!」
即抗議。だがアカネは真面目だった。
「ナスクが強い」
「リリが強い」
「キアラはまだ弱い」
キアラが黙る。図星だった。本人も分かっている。だから夜にヴォイドを狩っている。強くなりたいから。神父様を助けたいから。町を守りたいから。
「武術は?」
「神父様に教わってる」
「そう。技っていうのはね理があるんだよ」
「どうゆうこと」
「ただ型をなぞって力任せにしてもダメ」
ぐうの音も出ない。結局。その日も。キアラは何度も地面へ転がされた。そして帰り道。
「アカネ」
「ん?」
「強くなれるかな、わたし」
キアラが聞く。少しだけ不安そうだった。アカネは少し考える。
「なる」
即答。
「本当に?」
「うん」
「キアラ頑張ってるから」
単純な答えだった。だがキアラは少しだけ嬉しかった。だから。その時二人は気付かなかった。
教会で。エドガーが開いた手紙に。不穏な情報が記されていたことに。そしてその情報が。
近いうちにキアラたちの日常を壊すことになることにも。




