第35話 旅支度
ユルムガンドとの別れを終えた翌日。朝食の席で。アーノルドが一枚の紙を机へ置いた。
「何これ」
アカネが聞く。
「小切手だ」
「小切手?」
「二人で旅に必要なものを揃えてきなさい」
サフィラが嫌な予感を覚える。
「父上」
「何だ、娘二人が旅に出るんだ。支度金くらい出させろ」
アカネが固まる。
「娘」
「お前は既にヴァルターの娘も同然だ、違うか?」
アーノルドが聞く。エレナも頷く。リリアも頷く。いつの間にか決定事項らしい。
「……娘かも」
アカネが負けた。満足そうにアーノルドが笑う。
昼頃。
二人は街へ出ていた。久しぶりの市街地だった。復興の進んだ大通り。活気が戻り始めている。その中でも最大手の商会へ入る。扉を開いた瞬間。女性店員が固まった。
「え」
数秒停止。
「え?」
さらに停止。そして。
「さ、サフィラ様!?アカネ様!?」
大騒ぎだった。
「本物よ……」
店員が感動している。
「噂のお二人が来店されるなんて……光栄です!」
アカネが少し照れる。
「そんな大したことない」
「あります!」
即否定された。
「世界を救った英雄ですよ!?」
サフィラが苦笑する。そして奥のVIP用の個室へ通される。街ではそういう扱いらしい。それから買い物が始まった。旅用マント。丈夫な服。革手袋。防寒具。背嚢。携帯食。寝袋。細々した道具。次々と選ばれていく。その途中。
「こっちの色どう思う?」
アカネが聞く。
「そっちの方が似合う」
サフィラが答える。
「じゃあこれ」
即決。店員が後ろで固まる。
(恋人みたいだ……)
完全にそう見えた。距離が近い。自然に相手の意見を聞く。自然に褒める。自然に笑う。尊い。店員は心の中で悶えていた。しかも本人たちは気付いていない。余計に尊い。買い物が終わる頃には夕方だった。荷物は商会が屋敷へ届けてくれる。二人は手ぶらで店を出た。春の街。夕暮れ。長く伸びる影。並んで歩く。急ぐ理由はない。
「旅ってどんな感じなんだ?」
サフィラが聞く。
「世界による」
アカネが答える。
「綺麗な場所もある、酷い場所もある、何もない場所も」
少しだけ考える。
「でも、一人より二人の方が楽しいと思う」
サフィラが少しだけ目を見開く。アカネは本気だった。何の駆け引きもない。ただの本音。だから余計に破壊力がある。
「そうか」
サフィラはそれだけ返した。夕陽を見ながら少し笑う。旅立ちは近い。だが不思議と不安はなかった。
一人ではないから。二人はゆっくりと家路についた。




