第34話 帰る場所
異能の説明が終わる頃には、空は茜色に染まっていた。訓練場から城へ戻る道。アカネとサフィラは並んで歩いていた。
「結構話したな」
アカネが空を見上げながら言う。
「六人分だからね」
「確かに」
サフィラは苦笑する。正直、頭の整理が追いついていない部分もある。特にカッペン。あれは考えるだけ無駄だと結論付けた。
「帰ろうか」
「うん」
一か月以上。ずっと城の中だった。目覚めてからも検査だ何だと理由を付けられ、結局ほとんど城から出ていない。
「旅の準備もしないと」
「そうだな」
サフィラも頷く。旅立ちは近い。必要な準備もある。
「父上たちも待っているだろう」
「帰るって伝えてあるし」
「なら急ぐか」
「ん」
自然な流れだった。二人は並んで城を後にする。久しぶりに帰るヴァルター邸へ向かって。
屋敷へ到着した時には、すっかり夕暮れだった。窓から暖かな灯りが漏れている。
「賑やかだな」
サフィラが言う。
「そう?」
「普段より明るい」
確かにそうだった。不思議に思いながら扉を開く。その瞬間だった。
「おかえりなさい!!」
大音量。紙吹雪。クラッカー。アカネが固まった。玄関ホールには人が集まっていた。ヴァルター家の面々。レオン。ミリア。リリア。エレナ。そしてアーノルドまでいる。
「え」
アカネの思考が止まる。
「元気なったお祝いだよ!」
リリアが飛び付いた。
「ぐえ」
「生き返ったー!」
「死んでない」
リリアが笑った。
「よかった!」
その言葉に。アカネは少しだけ困ったように笑う。暖かかった。この世界へ来た時は。ただの旅人だった。通り過ぎるだけのつもりだった。それなのに。いつの間にか。帰る場所みたいになっていた。
「アカネさん」
ミリアが微笑む。
「お帰りなさい」
「ただいま」
自然とその言葉が出た。そして。自分でも少し驚いた。皆も少し驚いた顔をして。それから笑った。
その夜は久しぶりに騒がしかった。食事をして。話をして。笑って。旅立ちが近いことは誰もが知っていた。だからこそ。今という時間を楽しんでいた。
そして翌朝。アカネは龍に迎えられていた。巨大な白龍。ユルムガンドの使者だ。
「行くぞ」
サフィラも準備は出来ていた。二人は龍の背へ乗る。空へ舞い上がる。春を迎えた世界が眼下へ広がる。凍っていた大地。雪解けの川。新しい命。守った世界だった。しばらくして。山脈の奥地。ユルムガンドの住処へ到着する。巨大な白銀の龍王は。以前より遥かに元気そうだった。
『来たか』
その声には力がある。もう浸食の影はほとんど見えない。
「調子良さそう」
『誰のお陰だと思っている』
「私たち」
『その通りだ』
即答だった。サフィラが思わず吹き出す。本当に変わった龍だった。ルムガンドは二人を見る。そして。
『旅立つそうだな』
「うん」
アカネが答える。
「まだ終わってないから」
『そうか』
龍王は静かに頷いた。
『なら行け、止めはせん』
その言葉に。アカネは少しだけ笑った。
「帰ってくる」
ユルムガンドが目を細める。
『ほう』
「全部終わったら」
「また来る、皆にも会いたいし」
少しだけ視線を逸らす。
「帰る場所だし」
ユルムガンドが鼻を鳴らした。
『そうか』
短い返事だった。だがどこか嬉しそうだった。そして。巨大な瞳がサフィラへ向く。
『お前もだ』
「私も?」
『帰ってこい』
サフィラは一瞬だけ目を丸くする。それから。静かに頷いた。
「はい」
龍王は満足そうだった。そして。
『刀は使っているか』
突然の問いにサフィラが瞬く。
「はい」
皇帝から授かった刀。褒美として渡されたものだ。
『なら説明しておこう』
ユルムガンドが言う。
『その刀には余の魔力が宿っている』
サフィラが腰の刀へ視線を落とす。
『余の牙と鱗で作らせた、ただの刀ではない』
アカネも興味深そうに耳を傾ける。
『莫大な魔力を蓄えている』
『お前のアブソリュートゼロは魔力を喰らう能力』
『それがあれば、魔力の薄い土地でも困るまい』
アカネが少し目を見開く。
「なるほど」
「電池みたいなもの」
『電池とは何だ』
「便利なもの」
『そうか』
ユルムガンドも深くは聞かなかった。アカネは改めて刀を見る。蒼い刀身。白い鞘。どこか自分の刀と似ていた。
「お揃いだね」
何気なく言う。サフィラが固まった。
「なっ」
耳が赤い。
「そ、そういう言い方をするな」
「?」
アカネは本気で分かっていない顔だった。
「似てる、色も綺麗、お揃い」
追撃だった。サフィラが視線を逸らす。完全に照れていた。
『仲が良いな』
ユルムガンドが面白そうに言う。
「違います」
「そう?」
アカネが首を傾げる、余計に駄目だった。龍王の笑い声が山脈へ響く。
『折るなよ、二本目はやらん』
「善処します」
『不安しかない返事だな』
三人の間に笑いが生まれる。旅立ちは近い。だが今だけは。穏やかな時間だった。




