第33話 旅人の話
告白から二日後。サフィラはアカネの部屋を訪れていた。旅立ちの準備は少しずつ進んでいる。復興も軌道に乗った。ユルムガンドも完全ではないが回復傾向にある。もう本当に出発は近い。
「そういえば」
サフィラが椅子へ腰掛ける。
「お前の話を聞いていないな」
アカネが本から顔を上げた。
「私の?」
「ああ」
「私はお前について何も知らん」
考えてみればそうだった。知っているのは。旅人であること。強いこと。世界を渡れること。それくらいだ。
「確かに」
アカネも納得したように頷く。
「じゃあ話す」
本を閉じる。少しだけ考える。何から話すべきか。整理するように。
「私の世界は滅んだ」
最初の言葉はそれだった。サフィラは黙って聞く。
「ヴォイドに」
「コアに」
静かな声だった。だが。慣れているわけではない。サフィラには分かった。
「家族もいた」
「友達もいた」
「でもみんな死んだ」
そこで少しだけ言葉が止まる。思い出しているのだろう。
「最後まで残ったのは私と蓮だけだった」
「蓮」
「うん」
アカネの表情が少し柔らかくなる。
「父親みたいな人」
「血は繋がってない」
「でも家族だった」
サフィラは黙って聞く。その名前は何度か聞いたことがある。アカネにとって特別な人だと。
「その人に色々教わった」
そこでアカネは窓を見る。遠くを見るように。
「でも最後は死んだ、私を逃がして」
静かな部屋だった。しばらく誰も喋らない。やがてアカネが続ける。
「それから旅をしてる」
「コアを探して」
「世界を回ってる」
「全部救うためか?」
サフィラが聞く。アカネは少し考えた。
「分からない」
正直な答えだった。
「最初は復讐だったかも、今は違うと思う」
少しだけ笑う。
「多分、見捨てたくないだけ」
それがアカネらしかった。英雄でも救世主でもない。ただ。放っておけない。それだけ。
「他の世界は?」
サフィラが尋ねる。アカネの表情が少し曇った。
「二つ見た」
その答えだけで。あまり良い話ではないと分かった。
「一つ目は」
アカネがゆっくり話す。
「一応、間に合った」
「コアは倒した、ヴォイドも消えた」
そこで言葉が止まる。
「でも、誰もいなかった」
静かな声だった。
「街だけ残ってた、人は一人もいなかった」
サフィラは息を呑む。
「救ったのに?」
「うん」
「何も残ってなかった」
その世界は終わっていた。コアを倒しても。手遅れだった。
「二つ目は」
さらに重い声だった。
「間に合わなかった」
「コアが育ち過ぎてた、私じゃ勝てなかった」
サフィラは黙る。アカネが視線を落とす。
「逃げた」
短い言葉だった。
「見捨てた」
その言葉の重さは。誰よりアカネ自身が知っている。
「後悔しているか」
サフィラが聞く。アカネは即答しなかった。長い沈黙。そして。
「今も夢に出る」
その答えだけで十分だった。サフィラは何も言わなかった。言えることなど無かった。
「だから」
アカネが顔を上げる。
「次も成功する保証はない、私について来るなら」
「危ない」
真っ直ぐな忠告だった。脅しでも何でもない。事実。それだけ。だがサフィラは笑った。
「今さらだな」
アカネが少しだけ首を傾げる。
「私が誰だと思っている」
胸を張る。
「氷龍王の契約者だぞ」
少しだけ得意げだった。
「それに」
続ける。
「お前一人で後悔するのは禁止だ」
「禁止?」
「禁止だ」
アカネが少しだけ笑う。
「変なの」
「お前に言われてもだな」
二人で少し笑った。重い話だった。だが。どこか安心もしていた。これで隠し事は一つ減った。そして。サフィラにはまだ聞きたいことがあった。
「それで」
「ん?」
「その能力の説明をしてもらおうか」
アカネが固まった。
「全部だ」
「全部?」
「全部だ」
サフィラは逃がさないという顔だった。
「私、旅について行くんだぞ」
「何が出来るのか把握しておく必要がある」
正論だった。アカネは観念したようにため息を吐く。
「長くなるよ」
「構わん」
こうして。旅人アカネの能力説明会が始まった。
「その説明」
アカネが言った。
「場所変えたい」
サフィラが首を傾げる。
「何故だ」
「部屋の中でする話じゃない」
即答だった。確かにその通りかもしれない。今から話すのは異能の説明だ。しかもアカネの異能は実演しなければ分かりにくいものばかりである。
「壊すのか」
「多分」
「そうか」
納得した。それなら部屋では駄目だ。城の修繕はまだ終わっていない。これ以上被害を増やされても困る。というわけで。二人は訓練場へ移動した。広い敷地。周囲に人はいない。レオンたちも今日は別の任務へ出ている。実験にはちょうど良かった。
「ここなら大丈夫」
アカネが頷く。
「多分」
「その多分が不安だな」
サフィラがため息を吐く。だが今さらである。
「それで」
腕を組む。
「説明を聞こう」
「うん」
アカネは頷いた。
そして。
「まず」
少しだけ考えてから口を開く。
「勘違いされやすいけど、私の能力は一つだけ」
サフィラが眉をひそめる。
「一つ?」
「うん」
アカネは頷いた。
「継承」
「それが私の本来の能力」
「継承?」
「死んだ人の能力を受け継ぐ能力」
サフィラが黙る。
予想していた答えとは違った。
「じゃあ今まで使っていた能力は」
「全部借り物」
アカネは静かに言った。
「みんなが残してくれた力」
その言葉には重みがあった。
「六人か?」
「うん」
「妹たち」
少しだけ表情が柔らかくなる。だが。すぐに付け加えた。
「妹って言っても」
「本当の妹は一人だけ」
「後は義妹、血は繋がってない」
サフィラは少し意外そうな顔をした。
「そうなのか」
「うん」
アカネは頷く。
「でも家族だった」
迷いのない声だった。血の繋がりなど関係ない。そう言っているようだった。
「本当の妹は?」
「緋依」
「ヒヨリ...」
「舞姫」
その名前を口にして刀を抜く。その瞬間六本の刃がアカネの背後に舞い上がった。そして。アカネの周囲を滑るように旋回する。
「これが舞姫の能力、剣を操る能力」
刀はまるで生き物のようだった。
「基本的に一番使う」
「負担が少ないのか?」
「ううん」
アカネは首を振った。
「相性」
「相性?」
「この能力達には体との相性がある」
サフィラは黙って聞く。
「本来は他人の異能を使うと負担が出る」
「体が合わないから」
「でも」
アカネは少しだけ笑った。
「ヒヨリは双子だった」
「双子」
「うん」
「同じ体みたいなものだから、ほぼ無制限で使えるんだろうって蓮が言ってた」
なるほど。だから戦闘中も常に使っていたのか。サフィラは納得した。
「次」
アカネが続ける。
「エリス」
「パノラマ」
赤い瞳が淡く光る。
「世界を見る能力」
「世界?」
「うん」
説明が難しいらしい。
少し考えてから続ける。
「空から世界を見る感じ、遠くも見える、隠れてるものも見える、だからコアの種も見つけられた」
サフィラは息を吐いた。軍が欲しがる能力だった。
「ただ」
アカネが付け加える。
「長時間使うと頭痛がする」
「それも相性か」
「うん」
サフィラは頷いた。万能ではないらしい。
「三人目」
「ルナ」
「ブリンク」
その瞬間。空間が割れる、アカネの姿が消えた。
「なっ」
サフィラが振り向く。直後。十メートルほど離れた場所から声がした。
「ここ」
いつの間にかそこに立っている。
「空間移動」
「便利だな」
「便利」
本人も認める。
「でも消耗大きい、連発できない」
だから切り札なのだろう。
「次」
アカネが言う。
「エルザ」
サフィラの表情が変わる。覚えている。あの斬撃を。
「カッペン」
アカネが指を振る。遠くに置かれていた訓練用の鉄塊が。音もなく真っ二つになった。
「絶対切断」
「硬さとか関係ない」
「概念能力だからとかエルザは言ってた」
「意味が分からん」
「私も」
アカネもよく分かっていなかった。サフィラは理解を諦めた。
「ただ」
アカネが続ける。
「相性最悪、使うと体が痛い」
「それでも使うのか」
「必要なら」
即答だった。サフィラはため息を吐く。アカネらしい。
「次」
「エミリア」
「ブースト」
その瞬間。アカネが消える。いや。速すぎて見えないだけだった。次の瞬間には訓練場の端。
さらに次の瞬間には元の位置へ戻っている。
「自身限定の時間加速」
「速くなる、思考も速くなる」
サフィラは納得する。あの異常な戦闘能力の理由だ。
「でも負担大きい」
「使い過ぎると倒れる」
「実際倒れていたな」
「うん」
反省していない顔だった。
「そして最後」
アカネの声が少しだけ優しくなる。
「リン」
「リペア」
地面に落ちていた木片を拾う。真っ二つに折る。そして触れる。折れた木片が元通りになった。
「修復能力」
「怪我も治せる」
「最後に使ったやつか」
「うん」
サフィラは頷く。あの時。確かに致命傷だった。
「でも万能じゃない」
アカネが言う。
「死者、魂みたいな概念は無理」
「簡単なものを直すだけ」
静かな声だった。きっと。何度も試したのだろう。救いたかった相手がいたのだろう。サフィラは何も聞かなかった。聞く必要はないと思った。しばらく沈黙が続く。やがて。サフィラが口を開いた。
「つまり」
「ん?」
「お前は六つの異能を持っているわけじゃない」
「うん」
「一つだけ、継承だけ」
アカネは頷く。
「みんなの力を借りてるだけ」
その言葉に。サフィラは少しだけ笑った。
「お前らしいな」
「そう?」
「ああ」
自分の力だと誇るのではなく。借りていると言う。残してくれたと言う。それがアカネだった。
「お前」
「ん?」
「本当に一人で戦っているわけじゃないんだな」
アカネが少しだけ目を丸くする。そして。小さく笑った。
「そうかも」
優しい笑みだった。
「みんなが一緒だから」
その顔はどこか誇らしげだった。サフィラも自然と笑う。六人の妹たち。会ったことはない。だが。
少しだけ興味が湧いた。
「会ってみたかったな」
ぽつりと呟く。すると。アカネは少しだけ寂しそうに笑った。
「私も」
春の風が訓練場を吹き抜ける。旅立ちは近い。次の世界が待っている。




