第27話 失いたくないもの
コアまで残り一キロ。普通なら遠い。だが。今の二人にとっては目前だった。
サフィラが剣を振るう。蒼い斬撃。タンニーンの脚が吹き飛ぶ。直後。アカネの舞姫が首を切断する。 黒い血が噴き出す。巨体が崩れ落ちた。
「右」
アカネが言う。次の瞬間。サフィラが反応する。振り向きざまの一閃。飛び掛かってきた大型種が真っ二つになる。もう言葉は少ない。必要ない。お互いの動きが分かる。どこを見るか。どこを警戒するか。どう動くか。戦いながら理解していた。コアもそれを理解したのだろう。黒い樹が脈打つ。枝が軋む。繭が破れる。新たなタンニーンが現れる。一体。二体。三体。四体。数が増える。だが。
「遅い」
アカネが呟く。コアは焦っていた。明らかに。完成前の個体を無理やり出している。形が歪だ。動きも雑。本来ならもっと育てるはずだった。つまり。余裕がない。
「押しているな」
サフィラが言う。
「うん」
アカネも頷く。ここまで来れば分かる。勝てる。このまま行けば。種まで届く。コアを倒せる。世界を救える。だからこそ。アカネの違和感は消えなかった。むしろ大きくなる。
「……」
赤い瞳が細くなる。何かがおかしい。何かを見落としている。コアは学習する存在。ここまで追い詰められて。こんな分かりやすい防衛しか出来ないのか。違う。そんなはずがない。その時。足元を何かが掠めた。ほんの一瞬。雪の下を何かが動いた。次の瞬間。タンニーンが現れる。正面。巨大な獣型。サフィラが迎撃へ向かう。剣が振るわれる。蒼い斬撃。タンニーンが吹き飛ぶ。アカネも舞姫で追撃する。首が飛ぶ。胴体が崩れる。終わり。確実に倒した。だが。違和感は残る。
「サフィラ」
「何だ」
「気を付けて」
それだけ言う。自分でも理由は分からない。ただ。嫌な予感がする。旅を続けてきた中で。何度も命を救ってくれた感覚だった。
残り八百メートル。七百。六百。
コアが近付く。巨大な黒樹が視認できるほどに。枝。根。繭。全てが見える。そして。根元で脈打つ巨大な魔力。あそこだ。あと少し。本当にあと少し。サフィラがタンニーンを叩き斬る。アカネが大型種を切り伏せる。前へ。前へ。止まらない。その時だった。雪の下。誰にも見えない場所。細い根が蠢く。黒い根。髪の毛ほどの細さ。戦場の死体へ伸びる。誰にも悟られないように。静かに。ゆっくりと。
その先にあったのは。数秒前。アカネが首を落としたタンニーンの亡骸だった。動かない。死んでいる。そう見えた。だが黒い根が胸へ入り込む。魔力が流れる。鼓動。脈動。再起動。タンニーンの瞳が開いた。赤く。静かに。そして。誰にも気付かれないまま。ゆっくりと立ち上がる。
一方。アカネとサフィラは前だけを見ていた。コア。種。世界を救うための敵。だから。後ろを見ない。見る必要がないと思っていた。コアは学習していた。戦い方を。アカネを。サフィラを。そして。勝つために必要な一手を。残り五百メートル。もう目前。だが。死角から伸びる悪意は。既に二人の背後まで迫っていた。コアはもう見えている。 巨大な黒樹。脈打つ幹。無数の根。枝に吊るされた繭。まるで世界そのものを喰らう寄生植物だった。アカネが前を見る。
「パノラマ」
敵配置を確認する。コア周辺。タンニーン四体。大型種多数。ヴォイド無数。だが突破できる。問題ない。そう判断した。その瞬間だった。背後。死角。完全な死角。地面を蹴る音すら無い。気配も無い。殺意も無い。ただ殺すためだけに動く何か。アカネの背中へ。黒い腕が突き出された。
「――アカネ!!」
サフィラが叫ぶ。気付いた。だが遅い。衝撃。鈍い音。黒い腕がアカネの脇腹を貫いた。世界が止まる。サフィラの瞳が見開かれる。何が起きたのか。一瞬理解できなかった。後ろそこには。倒したはずのタンニーン。首を落とした。確実に殺した。それが立っていた。胸から黒い根が伸びている。コアと繋がっている。
◇
「なっ……」
サフィラが息を呑む。蘇生。違う。人形だ。最後の一撃だけ放つために。コアが無理やり動かした。ただそれだけ。ただそれだけのために。だが十分だった。アカネの身体が崩れる。血が雪を赤く染める。刀が落ちる。膝が落ちる。サフィラの頭が真っ白になった。
「アカネ」
返事が無い。
「アカネ」
立たない。呼吸が苦しくなる。胸が締め付けられる。冷たい。怖い。寒い。嫌だ。その感情が最初に来た。怒りじゃない。悲しみじゃない。恐怖。失うことへの恐怖。あの日。部下を失った時とも違う。家族を心配する時とも違う。
もっと。ずっと。嫌な感覚。胸の奥が痛い。何故だ。何故こんなに。そこで。気付いてしまった。
「私は……」
言葉にならない。戦場だった。今は戦闘中だった。考えるべきじゃない。なのに理解してしまう。アカネが傷付くのが嫌だ。アカネが死ぬのが怖い。アカネを失いたくない。それが何なのか。サフィラは知っていた。だからこそ。認めたくなかった。
「違う……」
否定する。だが出来ない。答えは一つだった。私は。気付いてしまった。最悪のタイミングで。そして。目の前には。まだタンニーンがいる。コアもいる。戦争も終わっていない。
「今じゃない」
唇を噛む。
「今じゃないだろ」
軍人だった。戦場では感情を後回しにする。それくらい出来る。だから。剣を握る。前を見る。まずは生き残る。話はその後だ。その時だった。雪の上。倒れていたアカネの指が動く。
「……え?」
サフィラが振り向く。淡い光。白い光。アカネの傷口から溢れていた。貫かれた脇腹。砕けた内臓。裂けた肉。それらが。ゆっくりと元へ戻っていく。
「リペア」
小さな声。アカネだった。顔色は悪い。呼吸も荒い。立ち上がるだけで辛そうだ。だが立った。確かに。自分の足で。
「生きてる……」
サフィラが呟く。安堵。その瞬間。膝から力が抜けそうになる。だがアカネの様子がおかしい。
白髪の先端が震えている。呼吸が荒い。額には汗。能力を使い過ぎている。舞姫。ブースト。ブリンク。パノラマ。カッペン。そして今。リペア。限界が近い。誰が見ても分かった。
「大丈夫か」
サフィラが聞く。アカネは少しだけ考えて。
「たぶん」
と答えた。全然大丈夫じゃない時の返事だった。サフィラは思わず笑いそうになる。泣きそうにもなる。本当に。どうしようもない。だが。その赤い瞳はまだ死んでいない。前を見ている。コアを見ている。
「行けるか?」
サフィラが聞く。
「行く」
即答。
だからサフィラも笑う。
「なら行くぞ」
ドラゴンフォース。再起動。蒼い鱗が輝く。アカネも刀を拾う。手は震えている。身体も重い。それでも。前へ出る。残り五百メートル。あと少し。本当にあと少し。だから。二人は再び走り出した。
世界を救うために。
そして。生きて帰るために。




