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第25話 突破



 アカネとサフィラが駆ける。雪原を。黒い群れの中を。戦場の最奥へ向かって。後方では砲撃が続いていた。龍たちの咆哮も聞こえる。だが徐々に遠ざかっていく。


「前に出すぎじゃないか?」


 サフィラが言う。ドラゴンフォースを維持したまま並走している。普通なら追い付けない。だが今のサフィラは違った。龍の因子が身体に根付き始めている。


「遅いと逃げる」


 アカネが答える。短い。だが真剣だった。


「前は逃げられたんだろう?」


「うん」


「今回は二人だ」


 それだけで十分だった。サフィラも速度を上げる。



 その時。前方の雪原が爆ぜた。巨大な腕。黒い外殻。地中から現れたのは新たなタンニーンだった。

人型。だが異常に細長い。両腕が地面へ届くほど長い。顔は無い。代わりに胸部へ巨大な口があった。

咆哮。いや。悲鳴にも似た音が響く。


「気持ち悪いな」


 サフィラが本音を漏らした。


「同感」


 アカネも賛同する。タンニーンが飛び掛かる。速い。大型種とは比較にならない。だがアカネも止まらない。


「舞姫」


 六振りの剣が飛ぶ。迎撃。火花。衝撃。タンニーンの腕が弾かれる。その隙。サフィラが踏み込んだ。


「そこだ!」


 蒼い斬撃。タンニーンの胴を裂く。だが。浅い。外殻が硬い。タンニーンが反撃する。振り下ろされる腕。サフィラは受ける。轟音。地面が沈む。重い。だが以前のサフィラではない。


「アブソリュートゼロ」


 蒼い魔力が溢れる。周囲の魔力が吸い込まれる。龍の谷で得た新しい力。吸収した魔力が剣へ集まる。


「――砕けろ!」


 振り抜く。蒼い光が走る。タンニーンの右腕が吹き飛んだ。兵士たちから歓声が上がる。遠くから見ていた者たちだ。


「少佐だ!」


「押してるぞ!」


「いける!」


 士気が上がる。だが。アカネは歓声を聞いていなかった。

 

 「パノラマ」


 発動。視界が広がる。雪原。戦場。ヴォイド。タンニーン。龍たち。そして。さらに奥。黒い嵐の中心。


「……見えた」


 アカネが呟く。


「何がだ」


 サフィラが聞く。アカネは答える。


「コア」


 それは生物ではなかった。黒い樹だった。雪原の中心に根を張る巨大な樹。脈打つように鼓動している。枝には黒い繭。無数。その繭が破れ。新たなタンニーンが生まれている。まるで工場だった。戦場そのものを生産している。アカネの表情が険しくなる。


「最悪」


 珍しく。本当に珍しく。嫌そうな顔だった。


「どうした」


「思ったより育ってる」


 その言葉に。サフィラの背筋へ冷たいものが走る。アカネが最悪と言った。それはつまり。今まで見たコアの中でも厄介な部類ということだ。その瞬間だった。戦場の奥。黒い樹の周囲。雪原が割れる。一体。二体。三体。四体。五体。新たなタンニーンが姿を現す。今までよりさらに巨大。さらに異形。そして。その中央。樹の根元に座るように。一体だけ。他とは違う存在がいた。人型。だが人ではない。黒い外殻。氷龍を思わせる角。全身から溢れる濃密な黒霧。アカネが足を止める。


「……まずい」


 サフィラが振り向く。アカネの顔が僅かに強張っていた。


「何だあれは」


 数秒。沈黙。そしてアカネは答える。


「たぶん」


 刀を握り直す。赤い瞳が細くなる。


「ユルムガンドを学習し始めてる」


 その言葉で。戦場の意味が変わった。もう時間が無い。コアは確実に龍を取り込み始めていた。

黒い樹が脈打つ。まるで巨大な心臓だった。根が雪原を侵食している。枝が伸びる。繭が膨らむ。そして。新たなタンニーンが生まれる。戦場そのものを増殖させる災厄。それがコアだった。


「どうする」


 サフィラが聞く。アカネは樹を見る。赤い瞳が細くなる。


「壊す」


「簡単に言うな」


「簡単じゃない」


 珍しく即答だった。そして。アカネは続ける。


「コアは倒せる」


「でも場所が分からない」


 サフィラが眉をひそめる。


「場所?」


「種」


 短い説明。


「コアの中にある」


「そこだけ本体」


 なるほど。だから樹そのものを斬っても終わらないのか。サフィラは理解した。


「見つけられるのか?」


「できる」


 アカネは頷く。だが次の言葉が問題だった。


「十秒必要」


「十秒?」


「パノラマを深く使う」


「動けない」


 サフィラが黙る。それは戦場では致命的だった。その時。咆哮。戦場全体が震えた。空気が凍る。兵士たちが歓声を上げる。龍たちも吠える。誰もが空を見る。そして。巨大な影が降りてきた。白銀の鱗。山脈のような巨体。王。氷龍王ユルムガンドだった。


『ようやくだな』


 その声だけで空気が揺れる。コアが反応する。樹が震える。まるで怯えるように。


『余の身体を勝手に学ぼうとは』


 黄金の瞳が細くなる。


『随分と舐められたものだ』


 次の瞬間。ブレス。蒼白い極寒が雪原を薙ぎ払う。数百のヴォイドが消えた。タンニーンですら吹き飛ぶ。兵士たちが歓声を上げる。まさしく守護者だった。すると。コアの根元。そこに座る龍人が立ち上がる。人型。だが龍。黒い角。黒い鱗。不完全なユルムガンド。アカネが見上げる。


「学習途中」


 短く言う。


「それでもかなり強いな」


 サフィラが答える。


「強い、でもユルムガンドの方が強い」


 その言葉通りだった。龍人が飛ぶ。ユルムガンドが迎える。空中で衝突。衝撃波。吹雪が爆発する。山がぶつかったような音が響く。だが龍王は押されない。


『出来損ないが』


 巨大な爪が振り下ろされる。龍人が吹き飛ぶ。黒い鱗が砕ける。まだ未完成。まだ学習途中。だから本物には届かない。だが残るタンニーンは違った。五体。どれも強い。どれもコアを守っている。そして。アカネは動けない。パノラマに集中しなければならない。つまり。


「サフィラ」


「分かっている」


 言葉は最後まで聞かなかった。水色の髪が揺れる。黄金の瞳が前を向く。ドラゴンフォース。蒼い鱗が浮かぶ。剣を握る。そして。笑った。


「十秒だな?」


「ああ」


「なら任せろ」


 迷いは無い。今まで。何度も助けられた。何度も背中を押された。だから今度は自分の番だ。アカネが目を閉じる。


「パノラマ」


 世界が広がる。音が消える。景色が消える。コアだけが残る。


 枝。


 幹。


 根。


 魔力。


 流れ。


 浸食。


 全てを見る。もっと深く。もっと奥へ。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 その前へ。タンニーンが迫る。だがサフィラが立つ。


「ここから先は通さん」


 剣が振るわれる。蒼い斬撃。氷の嵐。タンニーンを押し返す。だが数が多い。


 四秒。


 五秒。


 六秒。


 腕が裂ける。血が流れる。それでも。退かない。


 七秒。


 八秒。


 九秒。


 サフィラの呼吸が荒くなる。タンニーンが迫る。あと一歩。あと一撃。届く。その瞬間。アブソリュートゼロが輝いた。傷が塞がる。血が止まる。折れた骨が戻る。だが。それだけ。力は増えない。敵は減らない。それでも。戦える。だから。剣を振るう。


「まだだ!」


 十秒。


 そして。アカネが目を開いた。赤い瞳が一点を見る。コアの中心。根のさらに奥。誰にも見えない場所。そこに。小さな種があった。黒く。脈打つ。全ての始まり。


「見つけた」


 静かな声。その瞬間。戦場の流れが変わった。

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