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第21話 古い話



 休暇二日目。サフィラはようやく暇というものに慣れ始めていた。朝食。散歩。昼食。読書。昼寝。そして。


「こんな生活をしていていいのだろうか……」


 庭の東屋で本気で悩んでいた。


「いいと思う」


 向かいに座るアカネが言う。紅茶を飲んでいる。最近覚えた。エレナに勧められたからだ。


「お前はいいかもしれないが私は軍人だぞ」


「休暇」


「それはそうだが……」


 サフィラが頭を抱える。すると。空から影が落ちた。二人が顔を上げる。巨大な翼。白銀の鱗。龍だった。


「来た」


 アカネが言う。龍は庭へ着地する。屋敷の使用人たちが悲鳴を上げる。リリアは喜んでいる。エレナは驚いている。アーノルドは頭を抱えていた。何故なら。


『サフィラ』


 龍が呼ぶ。


『王が呼んでいる』


「……はい?」


 サフィラが固まった。



 一時間後。氷雪山脈。龍の谷。龍の背にのせてもらいサフィラは再びここへ来ていた。


「お呼びだと」


『うむ』


 ユルムガンドが頷く。相変わらず大きい。本当に大きい。そして。


「何かありましたか?」


 サフィラが聞く。決戦の予定はまだ先だ。コアも動いていない。だから不思議だった。ユルムガンドは少し考える。そして。


『少し話し相手が欲しくてな』


 サフィラが瞬きをする。


「……話し相手ですか?」


『うむ』


 龍王は当然のように頷いた。


『決戦前だ』


『谷も落ち着いている』


『たまには良かろう』


 周囲の龍たちも特に驚いていない。どうやら珍しいことではないらしい。


「王よ」


『なんだ』


「私は休暇中です」


『知っている』


「なら休ませてください」


『断る』


 即答だった。サフィラが頭を抱える。アカネは少し面白そうだった。



 結局。三人で話していた。正確には。一人と一人と一頭だが。


「そういえば」


 サフィラが聞く。


「前から気になっていたんですが」


『うむ』


「初代皇帝と何があったんですか?」


 ユルムガンドが止まる。黄金の瞳が細くなる。


『何故聞く』


「気になります」


『気にするな』


「気になります」


『そうか』


 数秒の沈黙。そして。


『喧嘩友達だ』


「は?」


 サフィラが固まる。


『喧嘩友達だ』


 ユルムガンドは繰り返した。


「盟約ではなく?」


『そんなもの無い』


「王国史には――」


『盛ったな』


 即答だった。アカネが紅茶を飲む。慣れてきた。サフィラは慣れない。


『ただの友人だ』


 ユルムガンドが言う。


『よく喧嘩した』


『よく酒を飲んだ』


『よく殴った』


「殴ったんですか」


『うむ』


 当然のように答える。


『あいつも殴ってきた』


「皇帝ですよね?」


『そうだ』


 サフィラが頭を抱える。歴史が崩れていく。


『弱かったぞ』


 ユルムガンドが懐かしそうに言う。


『最初はな』


 アカネが顔を上げる。少し興味があるらしい。


『お前より弱かった』


 サフィラが固まる。


「本当に?」


『本当だ』


 ユルムガンドが笑う。


『何度吹き飛ばしても戻ってきた』


『何度叩き潰しても立ち上がった』


『実に鬱陶しい男だった』


 だが。その声は楽しそうだった。


『ある日気付けば』


『余の爪を受け止めていた』


『ある日気付けば』


『余の鱗を斬っていた』


『ある日気付けば』


『余と互角に殴り合っていた』


 サフィラが黙る。何となく分かる。アブソリュートゼロ。あの能力なら。時間さえあれば。


『馬鹿だった』


 ユルムガンドが言う。


『だが嫌いではなかった』


 風が吹く。少しだけ。龍王が遠くを見た。


『死ぬ前にな』


『頼まれた』


 サフィラが息を呑む。


『子孫が困っていたら助けてやってくれ』


 静かな声。


『だから助けている』


 それだけだった。本当に。それだけだった。サフィラは思わず笑った。


「それで数百年ですか」


『うむ』


「律儀ですね」


『余は約束を守る』


 当然のように言う。


 アカネが頷いた。


「良い龍」


『そうだろう』


 ユルムガンドが満足そうに言う。サフィラは笑った。そして。少しだけ思う。なるほど。確かに。この龍王なら。そんなことを。考えていた。だから。誰も気付かなかった。遠く。

 北の空。黒い雲が少しだけ濃くなっていたことに。


 決戦まで。


 あと二日。


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