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第20話 帰還


 龍の谷を出発して二日。サフィラとアカネは王都へ帰還した。正確には。帰還した瞬間から騒ぎになった。


「少佐だ!」


「サフィラ少佐が帰ってきたぞ!」


 城門の兵士が叫ぶ。周囲がざわつく。当然だった。龍の領域へ入った人間はほとんど帰ってこない。まして試練など前例が無い。そして。サフィラの身体にはまだ蒼白い鱗が残っていた。


「まさか……」


「成功したのか……?」


 兵士たちが息を呑む。サフィラは苦笑した。


「そんな顔をするな」


「死んでいないだけだ」


 すると隣から。


「死にかけてた」


 アカネが余計なことを言った。


「お前は黙ってろ」


「事実」


「事実でも黙ってろ」


 兵士たちが笑う。久しぶりだった。防衛戦が始まってから。こんな空気は。



 その日の午後。軍本部。作戦会議室。王国軍の上層部が集められていた。


 アーノルド・ヴァルター。


 白髪混じりの髪を持つ壮年の将軍。サフィラの父でもある。その隣にはレオン。ミリア。その他の将校たち。そして。皇帝までもが出席していた。重い空気。皆が待っている。やがて扉が開く。サフィラが入室した。


「サフィラ・フォン・ヴァルター」


 背筋を伸ばす。


「帰還いたしました」


 アーノルドの顔が少しだけ緩む。本当に少しだけ。軍人の顔ではなく。父親の顔だった。


「ご苦労だった、報告を聞こう」


 サフィラは頷く。そして。全てを話した。龍の谷。試練。ユルムガンド。コア。黒氷の谷。そして。


「氷龍王ユルムガンドは我々へ協力を約束してくださいました」


 会議室が静まる。一秒。二秒。三秒。


「待て」


 将校の一人が立ち上がった。


「今何と言った」


「龍が参戦します」


 沈黙。


「龍が?」


「はい」


「龍が?」


「はい」


「本当に?」


「はい」


 将校が座った。頭を抱えた。他の将校も似たような顔だった。無理もない。人類史上初だからだ。


「……冗談ではなく?」


 別の将校が聞く。


「冗談を言うように見えますか?」


 サフィラが聞き返す。


「見えんな」


「なら本当です」


 会議室がざわつく。レオンは笑いを堪えていた。ミリアは頭痛そうな顔をしている。皇帝は黙ったままだ。そして。アーノルドが聞く。


「何体だ」


「二百」


 全員が固まった。


「……何体だ?」


「二百です」


 再確認された。


 だが答えは変わらない。


 二百。


 龍。


 それだけで戦略兵器だった。


 会議室が爆発した。


「多すぎる!」


「何をどうしたらそんな話になるんだ!」


「龍王は正気なのか!?」


「むしろ我々が正気じゃない!」


 怒号。困惑。混乱。サフィラは少しだけ笑った。自分も最初は同じだったからだ。その時だった。皇帝が口を開く。


「静まれ」


 一言。全員が黙る。皇帝はサフィラを見る。


「試練はどうだった」


 サフィラは少しだけ考える。そして。


「死ぬほど辛かったです」


 正直に答えた。会議室の空気が少し緩む。皇帝は笑った。


「そうか」


 そして。静かに頷く。


「なら良い」


 それだけだった。だが。サフィラには十分だった。認められたのだと分かったから。



 会議終了後。廊下。サフィラが歩いていると。


「お姉ちゃん!」


 金髪の少女が飛び付いてきた。リリアだった。勢いよく抱き付く。


「おっと」


 サフィラが受け止める。


「心配したんだから!」


「すまない」


「本当に!?」


「本当にだ」


 リリアは涙目だった。そして。少し遅れて。


「おかえりなさい」


 エレナが現れる。栗色の髪を揺らしながら。優しく微笑む。サフィラも笑った。自然に。力を抜いて。


「ただいま」


 その瞬間だった。


「サフィラ」


 後ろから声。振り向く。アーノルドだった。


「父上?」


 将軍は腕を組む、そして。真顔で言った。


「お前は休め」


 サフィラが固まる。


「は?」


「休暇だ」


「ですが――」


「休暇だ」


「軍務が――」


「休暇だ」


 三回目だった。有無を言わせない声だった。レオンも後ろで頷いている、ミリアも頷いている。皇帝まで頷いていた。


「異議は認めん」


 アーノルドが言う。


「お前は十分働いた、今は休め」


 サフィラは反論しようとして。そして諦めた。確かに。少しだけ。疲れていたからだ。そんな様子を見ていたアカネがぽつりと言う。


「良かったね」


「何がだ」


「やっと休める」


 サフィラは苦笑した。そして。久しぶりに肩の力を抜いた。



 翌朝。サフィラは目を覚ました。そして。


「暇だ……」


 ベッドの上で呟いた。本当に暇だった。軍務禁止。訓練禁止。報告書禁止。外出は自由。だが仕事は禁止。アーノルド直々の命令だった。軍本部へ行こうとしたら門前払いされた。レオンがいた。笑顔だった。腹が立った。


「少佐」


「何だ」


「休暇です」


「知っている」


「帰ってください」


 帰された。理不尽だった。そして今。自室で暇を持て余している。その時。コンコン。扉が鳴る。


「入れ」


 扉が開いた。リリアだった。金髪を揺らしながら元気よく入ってくる。


「お姉ちゃん!」


「何だ」


「遊ぼう!」


 サフィラは頭を抱えた。


「私は子供ではない」


「知ってる!」


「なら何故誘う」


「暇そうだから!」


 図星だった。サフィラは黙る。リリアは勝ち誇った顔をする。腹が立つ。



 結局。二人は屋敷の庭へ来ていた。そこにはアカネもいる。理由は簡単。リリアが連れてきた。


「アカネさんも暇だよね!」


「うん」


「ほら!」


 ほらじゃない。サフィラはため息を吐いた。すると。アカネが庭を見回す。


「広い」


「まあな」


 ヴァルター家は名門貴族だ。屋敷も大きい。庭も広い。噴水。花壇。東屋。普通の家ではない。アカネは花壇を眺める。


「綺麗」


 ぽつりと言う。サフィラは少し驚いた。アカネが景色へ感想を言うのは珍しい。


「好きなのか?」


「花?」


「うん」


 アカネは少し考える。そして。


「分からない」


 そう答えた。


「見たことあまり無いから」


 サフィラの表情が変わる。リリアも黙る。アカネは気付いていない。自分が何を言ったのか。


「そうか」


 サフィラはそれ以上聞かなかった。聞くべきではない気がした。



 昼。屋敷の食堂。長いテーブル。そこへ全員が集まっていた。アーノルド。エレナ。リリア。サフィラ。そしてアカネ。家族の食卓だった。


「アカネちゃん」


 エレナが微笑む。


「はい」


「好き嫌いはある?」


「ない」


「偉いわね」


 頭を撫でられる。アカネが固まる。エレナは気付かない。普通に撫でる。リリアも撫でる。


「髪さらさらだね」


「ん」


 アカネが固まる。サフィラが見ている。少し面白い。戦場では平然としているのに。こういうのには弱いらしい。


「アカネ」


「何」


「固まっているぞ」


「そう?」


「そうだ」


 エレナが笑う。優しい笑顔だった。


「ごめんなさいね」


「嫌だった?」


 アカネは首を振る。


「嫌じゃない」


 少し考える。そして。


「慣れてないだけ」


 エレナの目が少し柔らかくなる。何も聞かない。ただ。また優しく頭を撫でた。アカネは抵抗しなかった。



 その日の夜。屋敷の屋根。サフィラが座っていた。夜空を見上げる。星が綺麗だった。


「いた」


 後ろから声。アカネだった。


「何してる」


「考え事だ」


 アカネも隣へ座る。少し沈黙。風が吹く。そして。


「楽しい?」


 アカネが聞いた。サフィラは少し笑う。


「何がだ」


「家族」


 その質問に。サフィラは空を見上げた。


「そうだな」


 少し考える。そして。


「帰る場所があるというのは良いものだ」


 静かな声だった。アカネは黙る。その言葉を考える。帰る場所。自分には無いもの。もう無いもの。そんなアカネを見て。サフィラは少しだけ迷った。そして。口を開く。


「アカネ」


「何?」


「戦いが終わったら」


 言葉を続ける。


「またここへ来い」


 アカネが首を傾げる。


「いいの?」


「ああ」


 サフィラは笑う。軍人の顔ではなく。一人の少女として。


「ヴァルター家は客人を歓迎する」


 アカネはしばらく考えた。本当にしばらく。そして。


「うん」


 小さく頷いた。それだけだった。だが。サフィラは何故か少し嬉しかった。


 決戦まで。あと三日だった。



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