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第2話 旅人と夕食


 軍の詰め所は慌ただしかった。第三波は退けた。だが警戒態勢は解除されていない。


外では兵士たちが防壁の補修を続けている。負傷者の搬送。弾薬の補給。次の襲撃への備え。


勝利とは程遠い光景だった。


 そんな中。一室だけ妙な空気に包まれていた。部屋の中には四人。




 防衛軍少佐サフィラ・フォン・ヴァルター。




 副官のレオン・グレイス。短く整えられた茶髪の青年。




 そして情報官のミリア・ノース。肩口で切り揃えられた銀髪と眼鏡が印象的な女性だった。




 そして最後の一人。白髪赤眼の少女。アカネ。




「……」




 そのアカネは食事をしていた。黒パン。干し肉。野菜の欠片が少しだけ浮いたスープ。軍の携行食と大差ない質素な食事。だが。ものすごい勢いで減っていく。




「……」




「……」




「……」




 三人ともアカネを見ていた。アカネだけが食事に集中している。パンを食べる。スープを飲む。


 干し肉を食べる。さらにパンを食べる。そしてまたスープを飲む。




「なぁレオン」




 最初に口を開いたのはサフィラだった。




「はい」




「軍の備蓄ってこんな速度で減るもんだったか?」




「少なくとも一人では減りません」




 即答だった。ミリアが小さく吹き出す。アカネは首を傾げた。




「何?」




「いや」




 サフィラは肩を竦める。




「本当に三日食べてないのか?」




「うん」




「何してたんだ?」




「歩いてた」




「どこを?」




「色々」




 レオンが無言で天井を見上げる。サフィラも頭が痛くなってきた。




「少佐」




 ミリアが口を開く。




「口調」




 サフィラが固まる。




「あ」




「またですか」




 レオンが苦笑した。




「ここなら別にいいだろ」




 サフィラは椅子の背もたれにもたれ掛かる。




「お前らしか居ないんだし」




 さっきまで防壁の上で指揮を執っていた軍人とは思えない口調だった。アカネはそれを見ていた。




「そっちが本当?」




「ん?」




「外と違う」




 サフィラは少し考える。




「半分正解だな」




「少佐は外面が良いんですよ」




 レオンが言った。




「レオン」




「事実ですよね?」




 サフィラは否定しなかった。ミリアも頷いている。カネは少しだけ納得したようだった。




「アカネ」




「何?」




「お前は?」




「何が?」




「外面」




「ない」




 即答だった。レオンが吹き出した。ミリアも眼鏡を押し上げながら顔を逸らす。サフィラは深くため息を吐いた。




「そうか」




「うん」




 会話が終わる。そしてアカネは空になった皿を見る。




「サフィラ」




「なんだ」




「おかわり」




 部屋の空気が少しだけ和らいだ。 部屋の空気が少しだけ和らいだ。




 レオンが立ち上がる。




「持ってきます」




「頼む」




 数分後。追加のスープとパンが運ばれてきた。アカネは迷わず手を伸ばす。レオンはその様子を見ながら呟いた。




「本当にどこに入ってるんだ……」




「さあな」




 サフィラも分からなかった。だが。防壁の上で見た光景を思い出せば納得もできる。あれだけの力を持つなら、人並みの食事量では足りないのかもしれない。アカネは黙々と食べ続ける。やがて。パンを一つ食べ終えたところでサフィラが口を開いた。




「さて」




 少しだけ空気が変わる。




「本題に戻るぞ」




 アカネは頷いた。




「コアとは何だ」




 その瞬間だった。アカネの動きが止まる。初めてだった。今まで食事以外に興味が無さそうだった少女が考え込む。答えるべきか迷っているようにも見えた。




「ヴォイドを生み出してるもの」




「生み出している?」




 ミリアが身を乗り出す。アカネは頷いた。




「コアがいる」




「ヴォイドが増える」




「コアが死ぬ」




「ヴォイドも消える」




 部屋の空気が変わった。レオンから笑みが消える。ミリアも真剣な顔になる。




「それは確かなのか?」




「うん」




「どこで知った」




「見た」




「見た?」




 アカネは少しだけ考える。それ以上は言うべきではないと判断したのかもしれない。




「そういうものだから」




 サフィラは眉をひそめた。説明になっていない。だが。少女は本気でそう思っているらしい。ミリアが眼鏡を押し上げる。




「仮にそれが事実なら」




「今までの戦略は根本から変わります」




 誰も否定しなかった。今までヴォイドは無限に湧くものだと考えられてきた。だから防ぐ。削る。耐える。それしかなかった。だが。元凶が存在するなら話は別だ。倒せば終わる。少なくとも理屈の上では。




「証拠はあるか?」




 サフィラが尋ねる。アカネは少し迷った後。腰のポーチへ手を伸ばした。




「ある」




 取り出されたのは古びた端末だった。何度も修理されたような傷。擦り切れた外装。長い年月使われてきたことが分かる。アカネは丁寧な手付きでそれを起動する。だが。表示されたのは資料ではなかった。一枚の写真。幼い少女たちが並んでいる。中央には若い男性。全員が笑っていた。アカネだけを除いて。




「……」




 部屋が静かになる。アカネは画面を見ていた。いつもの無表情。だが。どこか違う。サフィラはそう感じた。




「家族か?」




 アカネは少しだけ写真を見つめる。そして頷いた。




「うん」




 静かな声だった。




「大事な人たち」




 それ以上は語らない。だが。その一言だけで十分だった。サフィラはそれ以上聞かなかった。聞いてはいけない気がした。その時だった。扉が勢いよく開かれる。




「少佐!」




 全員が振り向く。飛び込んできたのは伝令兵だった。まだ若い兵士だ。息を切らし。顔色も悪い。サフィラの表情が変わる。先程までの砕けた雰囲気は消えた。少佐の顔だ。




「報告しろ」




 低い声。伝令兵は背筋を伸ばす。




「北方監視塔より緊急報告!」




「内容は」




「大型ヴォイド反応を確認!」




 レオンとミリアが顔を見合わせる。サフィラは冷静だった。




「数は」




「一体です」




 一体。その言葉に僅かに安堵しかける。だが。




「ただし規模が異常です」




「異常?」




「観測史上最大です!」




 沈黙。部屋の空気が張り詰める。そして。アカネだけが静かに顔を上げた。




「……ああ」




 探し物を見つけたような声だった。赤い瞳が細められる。




「たぶんコアだ」




 その一言で。部屋の空気は再び変わった。そして誰も気付いていなかった。その時。アカネの手が僅かに震えていたことに。




 それが空腹のせいではないことに。



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