表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/33

第15話 試練



 谷が揺れる。何百もの龍たちが見守っていた。誰も止めない。誰も助けない。試練だからだ。ユルムガンドがゆっくりと立ち上がる。それだけで地鳴りが起きた。巨大な四肢。巨大な翼。巨大な尾。圧倒的な質量。サフィラは剣を抜いた。喉が渇く。心臓が速い。それでも。視線は逸らさない。


『来い』


 その一言。サフィラが地面を蹴る。一瞬で距離を詰める。氷の軌跡が雪原を走る。


「はあああああっ!!」


 全力の斬撃。氷の魔力を纏った一撃。だが届かない。ユルムガンドは避けない。防がない。受けもしない。ただそこに居るだけ。剣が鱗へ触れる。甲高い音。火花。そして。終わりだった。


「っ!?」


 斬れない。傷一つ付かない。次の瞬間。龍王の尾が動く。見えなかった。轟音。サフィラの身体が吹き飛ぶ。地面を転がる。岩へ激突する。骨が軋む音がした。


「がっ……!」


 肺の空気が全部吐き出される。呼吸ができない。立てない。強い。そんな言葉では足りなかった。次元が違う。


『遅い』


 ユルムガンドが言う。


『軽い』


『脆い』


 事実だった。反論できない。サフィラは剣を支えに立ち上がる。血が流れる。腕が震える。それでも。

前を見る。


『ほう』


 ユルムガンドの瞳が細くなる。少しだけ感心したようだった。


『まだ立つか』


「当たり前だ……!」


 サフィラが叫ぶ。再び走る。氷を生み出す。無数の氷槍。吹雪。斬撃。全てを叩き込む。だが結果は変わらない。ユルムガンドは歩く。それだけ。氷槍が砕ける。吹雪が消える。斬撃が弾かれる。まるで子供だ。大人へ木の枝で挑んでいるような。そんな差だった。そして再び尾が振られる。今度はまともに入った。骨が砕ける。身体が宙を舞う。地面へ叩き付けられる。もう立てない。右腕が折れている。肋骨も何本か逝った。血の味がする。視界が滲む。そこでサフィラは笑った。


『何がおかしい』


 龍王が問う。サフィラは血を吐く。


「まだ……死んでない……」


 ユルムガンドの目が細くなる。そして。サフィラは呟く。


「アブソリュートゼロ」


 空気が凍る。周囲の雪が蒼く輝く。魔力が集まる。折れた骨。裂けた肉。流れる血。全てが凍り付き。

そして再生する。龍たちがざわめいた。珍しい能力だった。サフィラは立ち上がる。傷は消えた。

呼吸も戻った。万全。そう。万全だ。


『それで?』


 ユルムガンドが言う。静かな声だった。


『治ったな』


 サフィラが剣を構える。


『だから何だ』


 絶望的な言葉だった。事実だから。傷は治った。だが。実力差は一ミリも埋まっていない。何も変わらない。サフィラも理解している。それでも。剣を下ろさない。


『良い』


 ユルムガンドが笑う。


『ようやく少し面白くなってきた』


 龍王が一歩踏み出す。山が動いたようだった。圧力が増す。空気が重くなる。そして。黄金の瞳がサフィラを射抜く。


『では聞こう』


『何故そこまでして強くなりたい』


 サフィラは息を呑む。その問いに。すぐには答えられなかった。家族。部下。民。守りたいものは沢山ある。だが。それだけではない。胸の奥にある。もっと個人的な理由。もっと身勝手な願い。ユルムガンドは見抜いていた。そして少し離れた場所で。アカネは静かにそれを見ていた。


 何も言わず。ただ見守っていた。


『何故そこまでして強くなりたい』


 谷が静まり返る。龍たちも黙っていた。試練を見守っている。サフィラは剣を握る。呼吸を整える。

だが答えが出ない。


「家族を守りたい」


 最初に出たのはその言葉だった。


『うむ』


 ユルムガンドが頷く。


「部下を守りたい」


『うむ』


「民を守りたい」


『うむ』


 龍王は否定しない。だが黄金の瞳は変わらない。まだだ、そう言っている。


『それで?』


 サフィラの眉が寄る。


「それで……?」


『それは理由の一部だ』


 ユルムガンドの声が響く。


『嘘ではない、だが全てでもない』


 サフィラが息を呑む。図星だった。


『お前は軍人だ、故にそう答える』


『そう答えるべきだと思っている』


 言葉が刺さる。反論できない。それは確かに自分だった。


『だが、余が聞いているのは』


 龍王の瞳が細められる。


『お前自身の願いだ』


 サフィラが黙る。風が吹く。雪が舞う。そして。少し離れた場所。アカネが静かに見ている。その姿が視界へ入った。白髪。赤い瞳。世界を渡る旅人。自分より強い存在。ずっと前を歩いている人。


『言え』


 ユルムガンドが言う。


『誰のためでもない』


『お前自身の理由を』


 サフィラは拳を握る。そして。思い出す。初めて会った日のこと。防壁。絶望。終わりかけた戦場。そこへ現れた少女。あの日から。ずっと胸の奥に残っていた感情。憧れ。悔しさ。焦り。羨望。全部混ざった感情。


「私は……」


 声が震える。龍たちが見ている。アカネも見ている。だが。構わなかった。


「私は」


 サフィラは顔を上げる。黄金の瞳を見返す。


「置いていかれたくない」


 谷が静かになる。初めて口にした。本当の気持ち。


「守りたいものはある」


「家族も」


「部下も」


「民も」


「全部本当だ」


 だが。それだけじゃない。


「私は」


 サフィラは視線を動かす。アカネを見る。ほんの一瞬だけ。


「アカネの隣に立ちたい」


 風が止まる。雪が止まる。世界が静かになる。


「守られるだけじゃ嫌だ」


「追い掛けるだけも嫌だ」


「隣で戦いたい」


「同じ景色を見たい」


「だから強くなりたい」


 全部言った。隠していたもの。格好つけていたもの。全部。吐き出した。沈黙。長い沈黙。そして。


『はっ』


 ユルムガンドが笑った。氷山が崩れるような笑い声。


『そうだ、それで良い』


 巨大な龍王は楽しそうだった。


『最初からそう言えば良いものを』


 サフィラが顔をしかめる。


「簡単に言いますね」


『簡単なことだからな』


 ユルムガンドは言う。


『誰かのため』


『世界のため』


『立派な理由だ』


『だが』


 黄金の瞳が細められる。


『本当に強い者は』


『まず自分の願いのために立つ』


 龍たちが頷く。それは彼らにとって当たり前なのだろう。


『良い』


 ユルムガンドが立ち上がる。巨大な翼が広がる。谷に吹雪が走る。


『気に入った』


 サフィラが息を呑む。


『ならば次だ』


「次?」


 その瞬間。ユルムガンドの尾が動く。見えなかった。轟音。

 サフィラが再び吹き飛ぶ。谷を転がる。岩へ叩き付けられる。


「がっ!?」


 龍たちが笑う。ユルムガンドも笑う。


『心は折れなかった』


『なら次は身体だ』


 黄金の瞳が輝く。


『立て、ここからが本番だ』


 サフィラは血を吐く。そして。笑った。何故か。少しだけ。楽しくなってきたからだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ