第11話 龍の話
翌朝。アカネが食堂へ行くと。既にサフィラが座っていた。珍しく軍服ではない。
私服だった。黒いシャツに長ズボン。それだけなのに印象が違う。
「おはよう」
アカネが言う。
「おはよう」
サフィラも返す。朝食が運ばれてくる。アカネが食べ始める。そして。
「四日後、出発する」
サフィラが言った。
「どこに?」
「龍の山だ」
アカネの手が止まる。
「龍?、ドラゴン?」
「そうだ」
アカネは少し考える。数秒。そして。
「危なくない?」
サフィラが固まった。
「危ない?」
「うん」
「なんで?」
アカネは不思議そうだった。
「ドラゴンだから」
当然のように言う。
「強い、危ないし、人を襲うし、街を壊すし、だいたい倒す相手」
サフィラは頭を抱えた。なるほど。認識が違う。根本から。
「アカネ」
「何?」
「この世界の龍はそういう存在じゃない」
「違うの?」
「違う」
即答だった。アカネは少し驚く。
「じゃあ何?」
サフィラは少し考える。そして。
「守護者だ」
そう答えた。
「守護者?」
「この世界を守る存在」
アカネが黙る。守る。ドラゴンが。その発想が無かった。
「喋るし、賢い、人語も理解する」
「へぇ」
少し興味が出てきた。アカネの反応を見て。サフィラは少し笑う。
「だから倒しには行かない」
「そうなんだ」
「試練を受けに行く」
今度はアカネが首を傾げる。
「試練」
「氷龍王ユルムガンドの」
その名前が出た瞬間。食堂の空気が少し変わった気がした。
「強いの?」
「たぶんこの世界で一番強い」
アカネが黙る。少しだけ興味が出た。世界最強。そういう存在は嫌いではない。
「戦うの?」
「戦う」
「勝つの?」
サフィラは笑った。
「無理だな」
即答だった。
「たぶん一瞬で負ける」
「じゃあ何するの」
「立ち向かう」
アカネは黙る。その言葉の意味を考える。勝てない相手。それでも立つ。なんとなく分かった。そして。
「見極められるのか」
アカネはぽつりと呟く。サフィラは少し驚いた。
「分かるのか?」
「なんとなく」
アカネはパンを齧る。
「強い人ってそういうの好き」
どこか納得したようだった。その時。サフィラが少し真面目な顔になる。
「アカネ」
「何?」
「頼みがある」
アカネは顔を上げる。
「一緒に来て欲しい」
「護衛?」
「違う」
サフィラは首を振った。
「部下は連れて行けない」
「龍の領域だから」
「二人だけだ」
アカネは頷く。それは問題ない。どうせ暇だった。すると。サフィラは少しだけ視線を逸らす。珍しかった
「それと」「うん」「見届けて欲しい」
静かな声だった。アカネは瞬きをする。
「見届ける?」
「私は」
少しだけ言葉を探す。それから続けた。
「強くなりたい」
家族を守るため。部下を守るため。民を守るため。理由は沢山ある。だが。今は言わない。
「だから」
サフィラはアカネを見る。赤い瞳と金の瞳が交わる。
「見届けてくれ」
アカネは少し考えた。長く。珍しく。それから。
「分かった」
そう答える。理由はよく分からない。でも。それで良い気がした。サフィラは小さく笑う。そして。
四日後。二人は龍の山へ向かうことになる。
龍の山へ向かうまで四日。長いようで短い時間だった。軍では慌ただしく準備が進められている。
防壁の修復。負傷兵の治療。補給物資の再編成。コアが残した爪痕は決して小さくなかった。それでも街は活気を取り戻しつつある。数ヶ月。アカネの予想が正しければ。それだけの猶予がある。それはこの世界の人々にとって希望だった。そして。その希望を生み出した本人は。
「……」
庭にいた。椅子に座り茶を飲みながら。遠くを眺めている。完全に隠居した老人みたいだった。
「アカネさん!」
リリアが駆けてくる。
「何?」
「遊ぼう!」
「いいよ」
即答だった。リリアが嬉しそうに笑う。アカネも立ち上がる。しかし。
「リリア様」
後ろから声がした。リリアが固まる。ゆっくり振り返る。そこに立っていたのはミリアだった。今日は軍服ではない。白いブラウスに黒いスカート。銀髪を肩で揃えた知的な女性だ。手には大量の書類。
「げっ!ミリア!」
「勉強が先です」
「やーだー!」
「駄目です」
「なんで!」
「三日前も同じことを言いました」
「覚えてない!」
「私は覚えています」
ミリアは強かった。リリアが逃げる。ミリアが追う。二人が庭を横切っていく。アカネはその様子を眺めていた。
「元気」
ぽつりと言う。
「完全に他人事だな」
隣から声がした。サフィラだった。彼女も非番らしい。軍服ではなく私服姿だ。
黒いシャツに濃紺の上着。肩にコートを掛けていないだけで随分印象が違う。
「助けないの?」
アカネが聞く。サフィラは庭を見る。ちょうどリリアが捕獲されていた。
「毎度のことだからな」
「そうなんだ」
「それに」
サフィラは苦笑する。
「勉強を放置すると後で私に泣きついてくる」
「大変」
「大変なんだ」
心底そう思っている顔だった。二人はしばらく庭を眺める。平和だった。少なくとも今は。
「そうだ」
サフィラが言う。
「体調はどうだ?」
「平気」
「それは本当か?」
「本当」
アカネは頷く。顔色も良い。食欲もある。数日前まで寝込んでいたとは思えない。だが。サフィラは信用していなかった。
「お前、自分の限界を把握するのが下手だろう」
「そう?」
「そうだ」
即答だった。
「倒れる寸前まで動いて平気だと言う奴を信用できると思うか?」
アカネは少し考える。
「思わない」
「だろう?」
「でも私は平気」
「その理屈が一番信用ならない」
サフィラはため息を吐いた。アカネは納得していない顔だった。その時。
「サフィラ」
「ん?」
「ユルムガンド」
サフィラの眉が少し動く。
「龍王のことか」
「どんなの?」
珍しく興味があるらしい。サフィラは少し考える。すこし意地悪そうな顔して。
「まず大きい」
「聞いた」
「かなり大きい」
「それも聞いた」
「山と見間違えるくらいだ」
アカネが少し黙る。想像しているらしい。
「強い?」
「間違いなくこの世界最強だ」
「へぇ」
「あと偉そうだそうだ」
「偉そう」
「龍の王だからな」
アカネは納得したらしい。
「でもな」
サフィラは少し空を見上げる。
「話が通じない相手じゃない」
「そうなの?」
「ああ」
「むしろ人間より理性的だという話もある」
「ドラゴンなのに」
「ドラゴンだからだ」
サフィラは笑う。
「少なくとも私達の世界ではな」
アカネは少し考えた。そして。
「楽しみ」
ぽつりと呟く。サフィラが少し驚く。
「珍しいな」
「本物のドラゴンだから」
その言葉に思わず笑った。
「お前の世界のドラゴンはそんなに酷かったのか」
「うん」
アカネは頷く。
「だいたい倒す相手」
「なるほど」
それは認識が違う訳だ。サフィラは少し安心する。今回は戦争ではない。世界を救う戦いでもない。
龍の山へ向かう旅だ。少し肩の力を抜いてもいい。そう思っていた。もちろん。その考えが甘いことを。彼女はまだ知らない。




