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旧街道を知る人

南門から戻る途中、ハクトは何度も地図を開いた。

リーヴェルの街は、最初に見た時より少しだけ広くなっている。

中央広場、市場通り、赤屋根のパン屋、水車の看板、ミルカの家、ロアンの家、古い鐘楼。

そして、閉ざされた南門。

白紙だった場所に、少しずつ名前が増えていく。

それだけで、自分がこの街に受け入れられているような気がした。


「それ、見てて飽きない?」


隣を歩くリクが、横から地図をのぞき込んできた。


「飽きないですね。」

「即答だっ!」

「地図が増えるの、けっこう楽しいです。」

「いいね、職業に向いてる感じがする。」


リクは軽い足取りで石畳を歩きながら、背中の鞄を揺らした。

大きめの鞄なのに、あまり重そうには見えない。

商人のスキルなのか、単に慣れているだけなのかはわからない。


「リクさんは、荷物が重くないんですか?」

「リクでいいよ!僕もハクトって呼ぶし!」

「わかりました、リク。」

「うん。で、荷物はそこまで重くないかな?商人は所持重量に少し補正があるみたい。」

「便利ですね。」

「便利だけど、戦闘で強くなる補正じゃないからね。スライム相手ならともかく、変なのが出たら逃げるしかないよ。」

「俺も同じです。」

「仲間だね。」

「戦闘できない仲間ですね。」

「そこはちょっと言い方を考えよう……?」


リクが苦笑する。

ハクトも少し笑った。


南門の周囲は静かだったが、鐘楼に近づくにつれて、人の気配が戻ってきた。

細い坂道の先から、誰かが洗濯物を干す音がする。

水路では、水が小さく跳ねている。

市場通りほど賑やかではないが、このあたりにはこのあたりの生活がある。


『途切れた街道 1/3』

『旧リーヴェル街道に関する情報を集めましょう』


表示を思い出しながら、ハクトは考えた。

旧街道のことを知っていそうな人。

まず思い浮かぶのはロアンだ。

昔の案内人を知っていると言っていた。

それに、水路沿いの青い扉の店も気になる。

南門に向かう人がよく寄っていた店。

そこにも、何か手がかりがあるかもしれない。


「まずはロアンさんのところに戻ってみます。」

「さっき言ってたおじいさん?」

「はい、案内人のことを知っていました。」

「それは聞いた方がよさそうだねっ!」


2人は坂道を下り、ロアンの家へ向かった。

ロアンの家の前には、先ほど運んだ木箱が置かれている。

ふたは少し開いていて、中には細長い瓶が何本も並んでいた。

玄関先でロアンが椅子に座り、腰をさすっている。


「ロアンさん。」


ハクトが声をかけると、ロアンは顔を上げた。


「おや、ハクトさん。戻ってきたのかい。」

「はい、南門まで行ってきました。」

「早いねえ。門は閉まっていただろう?」

「閉まっていました。でも、旧リーヴェル街道の札がありました。」


ロアンの表情が、ほんの少しだけ変わった。

懐かしむような、困ったような顔だった。


「まだ残っていたかい。」

「旧リーヴェル街道について、知っていることはありますか?」


ロアンはすぐには答えなかった。

椅子の背にもたれ、細い目で坂の上の方を見る。

南門の方角だ。


「昔は、あの道が一番よく使われていたんだよ。リーヴェルから南の村へ抜けるには、あそこを通るのが近かった。」

「南の村?」

「名前は、ファルカ村だったかね。小さな村だよ。麦畑と羊がある、静かなところだった。」


ハクトは地図を開いた。

南門の先は、まだ何も描かれていない。

だが、ロアンの言葉に反応するように、地図の端が淡く光った。


『地名候補:ファルカ村』


「ファルカ村……。」


ハクトがつぶやくと、リクが目を輝かせた。


「……村の名前が出た!これ、絶対クエストに関係あるやつだっ!」

「たぶん、そうですね。」


ロアンはリクを見た。


「こちらのお嬢さんは?」

「リクです、職業は商人です。」

「商人さんかい。なら、旧街道が使えないのは困るだろうね。」

「まだ始めたばかりなので実感はないですけど、道が開いたら絶対に便利だと思います!」


ロアンは小さくうなずいた。


「昔は、南門から荷馬車がよく出ていた。瓶、布、麦、干し肉。いろいろなものが行き来していたよ。」

「どうして閉まったんですか?」


ハクトが聞くと、ロアンは少しだけ声を落とした。


「……落石があったんだ。」

「落石?」

「山沿いの道が崩れてね。そこに魔物が住みついた。最初はすぐ直すつもりだったらしいが、何度か調査に出た人が戻らなくてね。それから、南門は閉じられた。」


空気が少し重くなった。

ゲームの中の話だとわかっていても、ロアンの声には現実の記憶のような重さがあった。


「……調査に出た人が、戻らなかったんですか?」

「ああ。全員ではないよ。けれど、戻らなかった者もいた。」


ロアンはそこで言葉を切った。

ハクトは無理に続きを促さなかった。

聞き上手のスキルが反応したわけではない。

けれど、今は急かす場面ではないと思った。


少しの沈黙のあと、ロアンがゆっくり口を開いた。


「……最後に調査へ行った案内人がいた。」

「案内人が?」

「名前は、セイル。若いが腕のいい案内人だった。道を読むのがうまくて、人の話をよく聞く男だったよ。」


ハクトの手元の地図が、かすかに震えた。


『人物候補:案内人セイル』


「セイルさんは、戻ってこなかったんですか?」


ロアンは首を横に振った。


「戻ってきたよ。ただし、怪我をしてね。それから案内人の仕事をやめてしまった。」

「今もこの街に?」

「ああ。今は水路沿いで、小さな店をやっている。」

「もしかして、青い扉の店ですか?」

「そうだよ、よくわかったね。」

「さっき、ロアンさんが教えてくれました。」

「そうだったね。」


ロアンは少し笑った。


「旧街道のことを詳しく知りたいなら、セイルに聞くといい。けれど、あの道の話をしたがらないかもしれない。」

「……どうしてですか?」

「いい思い出ではないからさ。」


リクが少しだけ真面目な顔になる。


「話を聞くには、何かきっかけが必要そうだね……!」

「そうですね。」


ハクトは地図を見た。

水車の看板。

その裏の小さな橋。

青い扉の店。

まだ直接行ってはいないが、場所候補として淡く表示されている。


『目的地候補:青い扉の店』


「行ってみます。」


ハクトが言うと、ロアンはうなずいた。


「そうかい。なら、これを持って行くといい。」


ロアンは玄関先の木箱から、細長い瓶を1本取り出した。

透明な瓶の中には、薄い琥珀色の液体が入っている。


「これは?」

「セイルに頼まれていた瓶だよ。本当は私が届ける予定だったんだが、この腰でね。」

「俺が届けていいんですか?」

「ああ。届け物なら、話すきっかけにもなるだろう。」


表示が浮かんだ。


『簡易依頼を受注しました』

『ロアンの瓶を青い扉の店へ届けましょう』


ハクトは瓶を受け取った。

落とさないよう、慎重に鞄へ入れる。


「わかりました、届けてきます。」

「頼んだよ。」

「はい!報酬はありますか?」


リクがさらりと聞いた。

ハクトが少し驚いて横を見ると、リクは平然としている。

ロアンは愉快そうに笑った。


「商人さんはしっかりしているねえ。」

「大事なことなので!」

「なら、届けてくれたら少しだけ渡そう。」

「ありがとうございますっ!」

「交渉が早いですね。」

「仕事だからね!」


リクは胸を張った。

ハクトは笑いながら、ロアンに頭を下げた。


「行ってきます。」


2人は坂道を下り、水車の看板がある方へ向かった。

水路沿いの道は、中央広場とは違って少し涼しい。

建物の影が水面に揺れている。

石の橋をいくつか越えながら歩くと、水車の看板が見えてきた。

そこから裏へ回ると、ロアンが言っていた小さな橋があった。

橋の向こうには、青い扉の店。

古びているが、手入れはされている。

扉の上には、小さな看板が下がっていた。


『小瓶と旅具の店 セイル』


「旅具の店。」


ハクトは看板を見上げた。


「小瓶と旅具の店。普通の雑貨屋って感じではなさそうだね。」

「そうみたいですね。」


扉を開けると、小さなベルが鳴った。

店内には、瓶、紐、布袋、携帯用のランプ、折りたたみ式のコップ、方位針のような道具が並んでいる。

派手な武器や防具はない。

けれど、旅に必要そうなものがぎゅっと詰まっていた。

カウンターの奥に、30代くらいの男性が座っている。

短く切った黒髪。

左腕には古い傷跡が見えた。

男は顔を上げ、静かな目でハクトたちを見た。


「いらっしゃい。」

「ロアンさんから、瓶を届けに来ました。」


ハクトが瓶を差し出すと、男は少しだけ眉を動かした。


「ロアンから?」

「はい。腰が痛いそうで、代わりに。」

「そうか。」


男は瓶を受け取り、光に透かして中身を確認した。


「助かった。あの人は無理をするからな。」

「セイルさん、ですか?」

「そうだが。」


セイルの目が、ハクトの手元に向いた。

白紙から少しずつ形を持ち始めた地図。

腰に下がった小さな方位針。

その視線が、そこで止まる。


「……案内人か。」


ハクトは少し背筋を伸ばした。


「はい。ハクトです。」

「そうか。」


セイルはそれ以上、何も言わなかった。

店内に静かな空気が流れる。

リクがちらりとハクトを見る。

たぶん、ここからどう話すかを任せるという目だった。


ハクトは、すぐに旧街道の話を出すのをやめた。

代わりに、店内の棚を見た。


「ここ、旅の道具が多いんですね。」

「ああ。道を歩く人間には、武器より必要なこともある。」

「この方位針も売り物ですか?」

「それは旅人用だ。安物だが、ないよりはいい。」

「案内人用とは違うんですか?」


セイルの手が、一瞬だけ止まった。


「違う。」

「どう違うんですか?」

「案内人の方位針は、北を指すだけじゃない。道の気配を見るためのものだ。」

「道の気配。」

「人が通る道には、癖がある。荷馬車が通る道、子どもが抜け道にする道、魔物が避ける道。逆に、魔物が通りやすい道。そういうものを読む。」


ハクトは息をのんだ。

ロアンの言葉とつながる。

道を知るだけではない。

道を使う人を知る仕事。

そして、道そのものの癖を読む仕事。


『案内人の知識が更新されました』

『道の気配』


表示が浮かび、すぐに消えた。

セイルはそれに気づいていないようだった。

いや、気づいていても気にしていないのかもしれない。


「旧リーヴェル街道にも、そういう癖があったんですか?」


ハクトが聞くと、セイルの表情が変わった。

先ほどまでの静けさに、少しだけ硬さが混じる。


「誰から聞いた。」

「ロアンさんです。南門の場所を教えてもらいました。」

「……ロアンか。」

「南門まで行きました。門の先から、音も聞こえました。」


セイルは黙った。

その沈黙は、先ほどより長かった。

リクも口を挟まない。

店の奥で、小さな時計のようなものがかちりと鳴った。


「やめておけ。」


セイルが言った。


「今の君には危ない。」

「今の俺には、ですか?」

「ああ。少なくとも、案内人1人と商人1人で行く場所じゃない。」


その通りだった。

ハクトは反論できなかった。

スライム相手に苦戦した自分が、旧街道へ行けるわけがない。


「行くなら、戦える人が必要だ。」

「冒険者を雇うことはできますか?」


リクがすぐに聞いた。

セイルはリクを見る。


「金があればな。」

「ですよね。」

「ただ、金だけでは足りない。旧街道を調べるなら、街道の地図がいる。」

「地図なら、ハクトが持っています。」

「それは今の地図だろう。旧街道は、崩れる前の道筋を知らないと危ない。」


セイルはカウンターの下から、古びた筒を取り出した。

筒には紐が巻かれ、封のようなものが貼られている。


「これは?」

「旧リーヴェル街道の古い写しだ。完全ではないが、ないよりはましだ。」


ハクトは思わず手を伸ばしかけた。

だが、セイルは筒を渡さなかった。


「簡単には渡せない。」

「どうすればいいですか?」


セイルはハクトをじっと見た。


「案内人なら、まず街を見ることだ。」

「街を?」

「旧街道は、ただの道じゃない。リーヴェルの生活につながっていた道だ。あの道が閉じて、困った人がいる。忘れた人もいる。忘れたふりをしている人もいる。」


セイルは古い筒をカウンターに置いた。


「3人から話を聞いてこい。」

「3人?」

「南門が閉じて困った人、旧街道を覚えている人、あの道をもう開けない方がいいと思っている人。その3つを聞いて、それでも行くと言うなら、この写しを貸してやる。」


ハクトの視界に表示が浮かんだ。


『途切れた街道 2/3』

『旧街道に関わる3つの声を集めましょう』

『南門が閉じて困った人』

『旧街道を覚えている人』

『旧街道を開けない方がいいと思っている人』


「2/3……。」


思わずつぶやく。

リクが小さく笑った。


「進んだね!」

「はい。」

「でも、思ったよりちゃんと調査系だ。」

「案内人のクエストっぽいですね。」


セイルは2人のやり取りを見て、少しだけ目を細めた。


「……楽しそうに見えるな。」

「楽しいです。」


ハクトは正直に答えた。

セイルが少し意外そうな顔をする。


「危ないかもしれないのにか?」

「はい。戦うのは苦手ですけど、道を知って、人の話を聞いて、それで何かが進むのは楽しいです。」


セイルは黙ってハクトを見た。

そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「そうか。」


その声は、さっきよりも少しだけ柔らかかった。


「なら、聞いてこい。最初に行くなら、赤屋根のパン屋がいい。」

「エマさんのところですか?」

「知っているのか。」

「最初にパンを買いました。」

「なら話は早い。あそこは昔、南の村から麦を仕入れていた。南門が閉じてから、ずいぶん苦労したはずだ。」


リクがすぐにうなずく。


「南門が閉じて困った人、だね!」

「はい。」


ハクトは地図を開いた。

赤屋根のパン屋は、もう記録されている。

中央広場から市場通りへ入ってすぐ。

今なら迷わず行ける。


「ありがとうございます。行ってきます。」

「待て。」


セイルがカウンターの下から、小さな布袋を取り出した。

中には、乾いた木の実のようなものが入っている。


「これは?」

「匂い玉だ。南門の近くで魔物の気配が強くなったら、地面に投げろ。短い時間だが、魔物の注意をそらせる。」

「もらっていいんですか?」

「貸しだ。無駄に使うな。」

「ありがとうございます。」


『旅具:匂い玉を入手しました』


ハクトは布袋を慎重に鞄へ入れた。

リクが横で小さくつぶやく。


「おお、イベントアイテム!」

「そういう言い方すると軽く聞こえますね。」

「でも大事なやつだよ?」

「わかっています。」


2人はセイルに礼を言い、店を出た。

外に出ると、水路の音が耳に戻ってきた。

青い扉の店の前で、ハクトはもう一度地図を開く。

水路沿いの道が描き足され、店の名前が記録されていた。


『小瓶と旅具の店 セイル』

『案内人セイル』


さらに、その下に新しい目的が浮かんでいる。


『旧街道に関わる3つの声を集めましょう』


リクが横から地図を見る。


「次は赤屋根のパン屋だね。」

「はい。」

「ハクト、こういうの得意そうだよね!」

「そう見えますか?」

「うん。ちゃんと聞けるから。」


ハクトは少しだけ黙った。

戦闘では、何もできなかった。

けれど、話を聞くことならできる。

地図を広げ、道を覚え、人の言葉をつなげることならできる。

それが本当に《案内人》の力なら、もう少し進んでみたい。


「行きましょう。」


ハクトは地図を閉じた。

水路沿いの道から市場通りへ。

青い扉の店から、赤屋根のパン屋へ。

途切れた街道につながる次の声を探して、2人は歩き出した。

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― 新着の感想 ―
赤屋根パンを買う描写は無かったような?読み返して見ましたが、エマと言う名前も含めて初出だと思います。
うーん、リクの存在は良し悪しだなぁ。人柄は好きだけど。 快活で進行の助けになる一方で、急かされる違和感が有る。 一人でじっくり進めるのかな!?という勝手な思い込み故か。 先ずは今後の展開に期待。
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