戻る方法を決める
初心者宿の小さな机に、地図と帳面が並んでいた。
ハクトは膝に巻いた手当て布を見てから、地図の端に書いた文字をもう一度読む。
『橋を渡る前に、戻る方法を決める』
戻る方法。
それは、気持ちだけで決められるものではなかった。
「共同資金は4リル。」
リクが帳面を指で押さえながら言った。
「それから、ハクトが70リル。僕が79リル。」
「はい。」
「道標札は残り2枚。橋の手前に1枚残した。匂い玉と傷物の初級回復薬は未使用。滑り止め爪は使ったけど、壊れてない。」
「手当て布は、僕の分を1枚使いました。」
「うん。だから補充も考えたい。」
リクは帳面に小さく線を引いた。
使ったものと、使わなかったものが分けられている。
その下に、次に必要なものが並んでいた。
細縄、目印布、探り棒、手当て布の補充。
ハクトはその文字を見て、少しだけ息を吐いた。
どれも、橋の先へ進むためというより、戻るために必要なものだった。
「……でも、道具より先に、護衛費が問題かも。」
リクが言った。
「ガルドさんにもう一度お願いするなら、50リルですね。」
「うん、共同資金だけじゃ無理。僕たちの個人資金を足せば払えるけど、そのあと道具を買う余裕がかなり減る……。」
「……そうですね。」
ハクトは地図の古い橋を見た。
橋の手前には、昨日残した道標札の印がある。
その先には、入口らしき場所の記録。
さらに奥は、まだ白い。
「護衛なしで行くのは、なしです。」
「うん、昨日の帰り道でケガしたしね。」
「はい、橋の上だけが危ないわけではありませんでした。」
膝の手当て布が、少しだけ重く感じた。
大きな傷ではない。
けれど、あの時に小型魔物がもう1体出ていたら。
リクが荷物を持ったまま足を滑らせていたら。
ガルドが前にいなかったら。
考えるほど、護衛なしという選択肢は消えていく。
「南門詰所で相談してみてもいいですか?」
「護衛費のこと?」
「はい。それと、次に橋へ行くなら、どこまで許可されるのかも確認したいです。」
「うん、先に聞いた方がいいね!」
リクは帳面を閉じた。
ハクトも地図を畳む。
地図を閉じても、白い場所が消えるわけではない。
けれど、今日はそこへ行く日ではなかった。
そこへ行く前に、戻る方法を決める日だった。
南門詰所へ向かう道は、昨日と同じようで少し違っていた。
昨日は、橋から戻ったあとだった。
今日は、次に橋へ行くための相談に向かっている。
市場通りには人が増えている。
東門の方へ向かうプレイヤーの声も聞こえた。
「東門、また混んでるらしいよ。」
「畑道の採取、朝じゃないと取れないって。」
「南門って、そろそろ出られるんじゃないの?」
その声に、ハクトは少しだけ足を緩めた。
南門、古い橋、橋の先。
それらは、ハクトの地図の中では、まだ慎重に扱う場所だった。
けれど、他のプレイヤーにとっては、新しい場所として見え始めているのかもしれない。
「ハクト?」
「いえ、南門の話をしている人がいました。」
「気になるね。」
「……はい。」
気になる。
それは、楽しみというより、少し不安に近かった。
南門詰所に着くと、ダレスは門の内側で別の衛兵と話していた。
ハクトたちに気づくと、会話を切り上げてこちらへ来る。
「ハクトか、膝は大丈夫か?」
「はい。手当て布で大丈夫です。」
「そうか。」
ダレスはハクトの足元を見てから、リクの布袋にも視線を向けた。
「今日は外へ出る許可ではないな。」
「はい。次に橋へ行く前に、相談したいことがあります。」
ダレスは詰所の脇へ促した。
門の前では、人の出入りがある。
話すなら、少し横に寄った方がいい。
「次に橋を渡る準備をしたいです。ただ、護衛費と道具代を両方出すのは難しくて。」
ハクトが言うと、ダレスはすぐに返さなかった。
少しの間、ハクトを見ていた。
「護衛なしで行くつもりか。」
「いいえ、それはしません。」
ハクトはすぐに答えた。
考えるまでもなかった。
「昨日、小型魔物と接触しました。橋だけが危ないわけではありません。護衛なしで行くのは、無理だと思います。」
「ならいい。」
ダレスの声が、少しだけ低くなった。
怒っているわけではない。
確認が済んだ、という声だった。
「次からは、個人の護衛依頼として扱わない話が出ている。」
「個人の護衛依頼ではない、ですか?」
「南門外縁の調査協力だ。」
ハクトはその言葉を頭の中で繰り返した。
調査協力。
探索でも、護衛依頼でもない。
詰所側が必要とする調査に、自分たちが協力する形。
「お前たちの記録は、こちらでも使える。古い橋と、その先の入口の情報は詰所にも必要という判断だ。」
「僕たちの地図を、ですか?」
「そうだ。ただし、好きに歩いていいという意味ではない。」
ダレスは短く区切った。
「護衛費は詰所が持つ。報酬は出ない。道具は基本的に自前だ。地図と記録は提出しろ。行動範囲は、古い橋と橋の先の入口周辺まで。昼鐘前には戻る。ガルドかこちらが中止と判断したら従え。」
「はい。」
「素材採取や狩り目的では出さない。戦うために行くなら、別の依頼にしろ。」
「戦うためではありません。」
「なら、そのまま記録しろ。」
リクが帳面を開いた。
「護衛費は詰所負担で、報酬なし。道具は自前。記録提出必須、ですね。」
「そうだ。」
リクの筆が止まる。
それから、少しだけ顔を上げた。
「ガルドさんが同行するんですか?」
「ガルドは出す。だが、ガルド1人では足りない。」
ハクトは思わず聞き返した。
「もう1人、ですか?」
「ああ。橋の手前までと、橋の先へ入るのでは話が違う。」
ダレスは門の外へ視線を向けた。
「ガルドが前を見る。お前が地図を見る。リクが荷物を見る。その時、後ろと横を見る者がいない。」
「……はい。」
「地図を書く者は、下を向く時間がある。そこを空けるな。」
ハクトは膝の傷を思い出した。
あの時は帰り道だった。
草むらが揺れ、ガルドが前に出た。
もし、別の方向から来ていたら。
もし、自分が地図を書いている途中だったら。
「もう1人、同行者をつける。」
「どんな方ですか?」
「後方と横を見る者だ。ガルドとは役割が違う。」
その時、詰所の奥で軽い足音がした。
ちょうど別の報告を終えたらしい女性が、革の手袋を外しながら出てくる。
革の軽装に、短弓。
腰には短剣。
ガルドのような重さはない。
けれど、立っているだけで周りを見ている感じがした。
ダレスがその女性に目を向けた。
「シア。少しこっちへ来い。」
「今度は何?」
「南門外縁の調査協力だ。顔だけ合わせておけ。」
「草むらの報告なら、今まとめたところだけど。」
「その草むらを見る目が必要になる。」
シアはハクトとリクを見た。
「この2人?」
シアはハクトとリクを見て、少しだけ首を傾げた。
「ハクトです。案内人です。」
「リクです、商人です!」
シアはうなずいた。
「シア。後ろと横を見る役。ガルドが前なら、私は後ろ。」
「よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
シアはリクの布袋を見た。
「それ、リクが持って渡るの?」
「はい。たぶん、僕が持ちます。」
「滑り止めは?」
「……1組だけです。」
答えてからリクは足元を見た。
「昨日は、ハクトが橋の途中まで確認する形でした。」
「じゃあ、次は足りないね。」
シアは軽く言った。
「荷物を持ってる方が、足を取られやすいし。」
橋の途中まで行ったのはハクトだけだった。
だから、滑り止め爪は1つで足りた。
でも次に橋を渡るなら、リクも渡る。
荷物を持っているリクが、普通の靴のまま橋に乗るのは危ない。
「……そうですね。僕の分だけでは足りません。」
「次回分は詰所に予備があるか確認する。」
ダレスが言った。
「ただし、貸せるとしても貸与だ。壊せば弁償。今後も行くなら、自分たちで用意することになる。」
「はい。」
リクは帳面に書き足した。
『リク用滑り止め爪:必要』
『次回は貸与確認』
『今後は自前準備』
ハクトは、その文字を見て小さく息を吸った。
自分が橋に乗ることばかり考えていた。
次に誰が橋を渡るのか、誰が荷物を持つのか、誰の足元が危ないのか。
そこまで考える必要があった。
ダレスは話を戻した。
「目印布なら、詰所の古布を少し回せる。」
「目印布、ですか。」
「札は動かすな。布は戻る時に見るものだ。」
ハクトは少し考えた。
道標札。
目印布。
どちらも目印ではある。
けれど、同じものではない。
「詳しい使い方は、セイルに聞け。」
「はい。」
ハクトは地図の端に仮のメモを書いた。
『道標札:基準地点』
『目印布:帰り道の目印?』
疑問符をつけた。
まだ確かめていない。
確かめる前に、断定してはいけない。
南門詰所を出ると、リクが小さく息を吐いた。
「護衛費、なくなったわけじゃないけど、形が変わったね!」
「はい、調査協力です。」
「報酬なし、道具は自前、記録提出必須!」
「自由に進めるわけではありません。」
「でも、50リルをもう一度払うよりは、準備にお金を使えるっ!」
「そうですね。」
ハクトは地図筒を握った。
自分たちの記録が、詰所でも使われる。
それは嬉しいことのはずだった。
けれど、同時に重い。
間違えた記録を出せば、誰かがその道を歩くかもしれない。
未確認を確認済みのように書けば、危ない場所へ進ませるかもしれない。
「……ハクト?」
「記録を出すなら、もっと気をつけないといけませんね。」
「そうだね!間違える前に聞けたなら、準備としては悪くないよ!」
リクの言葉に、ハクトはうなずいた。
セイルの店は、相変わらず道具の匂いがした。
木と革と、少し古い金属の匂い。
セイルは棚の奥で、革紐を巻き直していた。
「来たか。」
「はい、昨日の橋の記録を見てもらってもいいですか。」
「見せろ。」
ハクトは地図を広げた。
古い橋、橋手前の道標札、橋途中まで確認、入口らしき場所、渡った直後の足場は未確認、帰路での小型魔物接触、手当て布使用。
セイルはそれを見て、短く言った。
「渡り切らなかったのは悪くない。」
「はい。」
「見た分だけ書いたなら、それでいい。」
ハクトは少しだけ肩の力が抜けた。
けれど、すぐに地図の端のメモを指した。
「戻る方法を決めるには、何を先に考えればいいですか。道標札と目印布の違いも、ちゃんと知りたいです。」
「道標札と目印布は違う。」
「違うんですか?」
「札は基準にする場所へ置く。布は迷いそうな場所へ結ぶ。」
「……基準と、目印。」
「そうだ。門の外、古い石標、橋の手前。そういう場所は札でいい。だが、草の曲がり角や、似た木が並ぶ場所まで札を置くな。すぐ足りなくなる。」
「布は、帰りに回収してもいいんですね。」
「そうだ。残す札と、回収する布だ。」
リクが帳面にすばやく書いた。
「残す札と、回収する布。」
「ただ、布も全部回収できるとは限らん。」
「え?」
「逃げる時は捨てろ。戻るための道具を回収するために、戻れなくなるな。」
「……はい。」
ハクトは地図の仮メモを直した。
『道標札:基準地点』
『目印布:一時的な帰路目印』
『目印布は回収可。ただし無理に回収しない』
目印布は、道標札の代わりではない。
細かい場所に、戻る時の視線を残すためのもの。
そう考えると、橋の先で必要になる理由が見えてきた。
「探り棒は足元だ。」
セイルが続けた。
「草の下、湿った土、石の隙間を見る。」
「はい。」
「目印布は目だ。振り返った時に見える場所へ結ぶ。」
「振り返った時。」
「行きに見える目印と、帰りに見える目印は違う。」
「……そうですね。」
「細縄は、足場を見る時の保険だ。」
「保険、ですか?」
「ぬかるみや崩れた足場を見る時、前に出る者と後ろで支える者をつなぐ。踏み込みすぎないためのものだ。」
「橋の先で使うんですね。」
「使うなら、誰が前に出て、誰が持つかを決めてからだ。」
ハクトはうなずいた。
道具を持てば安心ではない。
使う場所と、使い終わる場所を決めて初めて準備になる。
リクが少し前に出た。
「目印布って、大きい布じゃなくてもいいですよね?」
「結べて、見えて、濡れてもすぐ落ちなければいい。」
「色は?」
「草や木に紛れない色だ。派手すぎると、魔物より人間が目をつけることもある。」
「人間?」
「勝手に動かす奴もいる。」
「……ああ。」
リクは少し困った顔をした。
でも、すぐに帳面へ書き込む。
「じゃあ、目印布は少量で、結びやすくて、帰りに見える色。道標札とは別にするってことですね!」
「そうだ。」
セイルは棚の下から、細い布の束を出した。
売り物というより、余った布をまとめたものに見える。
「詰所から古布が出るなら、それを使え。足りない分を買え。」
「全部買う必要はないんですね。」
「全部買う金があるなら、手当て布を補充しろ。」
ハクトは膝を見た。
「はい。」
リクが帳面を閉じかけて、ふと思い出したように顔を上げた。
「探り棒は、ここで買えますか?」
「買える。だが、マルタのところへ行け。」
「マルタさんのところですか?」
「新品を買うならうちでもいい。足元を見るだけなら、端材で足りることもある。」
「端材。」
「ただの棒ではだめだ。折れやすいもの、先が割れているもの、軽すぎるものは使うな。」
ハクトは地図を畳んだ。
「マルタさんの店へ行ってみます。」
「そうしろ。」
店を出ると、リクが少しだけ明るい顔をした。
「マルタさんのところなら、もう1つ確認したいことがあるんだ。」
「何ですか?」
「前に作った採取小分けセット。追加で作って少しだけ置かせてもらってたんだ!」
「委託、ですか?」
「うん、売れたら場所代を引いて精算する形。まだ試しだけどね!」
「確認してみますか?」
「次の準備の足しになるかもしれないしっ!」
マルタの店は、木材と車輪の匂いがした。
店先には、修理途中の小さな荷車が置かれている。
マルタは奥で、木の軸を磨いていた。
「おや、リク。来たね。」
「こんにちは。前に置かせてもらった採取小分けセット、どうでしたか?」
「ああ、あれなら3つ売れたよ。」
「本当ですか?」
リクの声が少し高くなった。
「売上は18リル。場所代と材料分を引いて、リクの取り分は7リルだね。」
「7リル……!」
マルタは小さな革袋を渡した。
リクは受け取った7リルを見つめる。
それから、ハクトを見た。
「いいんですか? リクが稼いだお金ですよ。」
「いいよ、次の準備に使おう!」
リクは小袋を共同資金の袋に入れた。
「僕の商売も、ちゃんと探索に役立った方がうれしいし!」
リクは7リルを共同資金用の小袋に入れた。
『共同資金:4リル → 11リル』
小さな表示が出た。
たった7リル。
でも、今の2人には大きかった。
「大儲けってほどじゃないけど、続けるなら悪くないよ。」
マルタが笑った。
「はい。次は、戻り道用の小分けセットも考えてみたいです!」
「戻り道用?」
「目印布とか、結び紐とか、簡単なメモ札とかです。ただ、使い方を間違えると危ないので、ちゃんと考えてからにします!」
「いいね。道具は、使い方まで考えて売る方が長く続くよ。」
ハクトはその言葉を聞いて、少しうなずいた。
リクの商売は、ただ物を売るだけではない。
必要なものを、必要な量で、使いやすい形にする。
それは、ハクトが道を地図にするのと少し似ている気がした。
「それで、今日は何を探しに来たんだい?」
「探り棒になりそうな端材を見せてもらえませんか?」
ハクトが言うと、マルタは奥の棚を指した。
「端材でいいなら安くする。ただ、使えそうなものを分けるのを手伝ってくれ。」
「わかりました。」
棚の下には、長さの違う木材がいくつも置かれていた。
折れた荷車の軸、切り落とされた棒、細すぎる木片、先が割れているもの、軽いもの、重すぎるもの。
ハクトは一本ずつ持ってみた。
長すぎるものは、草むらでは扱いにくそうだった。
短すぎるものは、足元を見る前に体を近づけすぎる。
軽すぎるものは、湿った土を押した時に頼りない。
先が割れているものは、草に引っかかりそうだった。
「これは、少し重いです。」
「長く持つと疲れそうだね。」
「これは先が割れています。」
「布に引っかかるかも。」
「これは……長さはいいですが、少し細いです。」
「湿った土だと折れるかもしれないね。」
リクは横で、選んだものと外したものを分けていく。
《荷物整理》が働いているのか、置き方が見やすい。
マルタも、それを見て感心したように目を細めた。
「リクは分けるのがうまいね。」
「ありがとうございます!売る時も、使う時も、混ざると困るのでっ!」
最後に残ったのは、手になじむ太さの棒だった。
長すぎず、短すぎない。
先は丸く削れば、草や土を探るのに使えそうだ。
「これなら使えそうです。」
「少し削ってやるよ。5リルでどうだい。」
「お願いします。」
リクが共同資金の小袋から5リルを出した。
『共同資金:11リル → 6リル』
マルタは棒の先を軽く整え、手元に革紐を巻いてくれた。
新品ではない。
けれど、ただの端材でもなくなった。
探り棒。
そう呼べる形になった。
ハクトはそれを受け取った。
木の棒にしか見えない。
でも、草の下を見るための道具だ。
戻るために、踏む前に確かめる道具だ。
「ありがとうございます。」
「橋の先へ行くなら、足元を先に見な。目の前だけ見てると、足元で転ぶよ。」
「はい。」
マルタの店を出る頃には、日が少し傾き始めていた。
橋へ行ったわけではない、魔物と戦ったわけでもない。
それでも、ハクトの地図には新しい書き込みが増えていた。
『調査協力:記録提出必須』
『ガルド:前方確認』
『シア:後方・横の警戒』
『道標札:基準地点』
『目印布:一時的な帰路目印』
『探り棒:足元確認』
『細縄:足場確認時の保険。12リル』
『リク用滑り止め爪:必要。次回貸与確認』
「共同資金は6リル。細縄は12リルだから、まだ足りないね。」
リクが帳面を見ながら言った。
「はい。でも、何に使う道具かはわかりました。」
「踏み込みすぎないためのもの、だよね!」
「はい。次に行く前に、用意する方法を考えたいです。」
ハクトは探り棒を見た。
「探り棒は用意できました。目印布は、詰所の古布が少し出るかもしれません。」
「後は、手当て布は補充したいね!」
「そうですね、ラナさんの店に行きたいです。」
ハクトは探り棒を見た。
まだ、ただの木の棒に見える。
目印布も、まだ手元にはない。
細縄も、使う場所を決めていない。
けれど、少しずつ形になっている。
橋を渡るためではない。
橋を渡ったあと、戻るために。
道具は、持っただけでは準備にならない。
誰が使うのか、どこで使うのか、いつ回収するのか。
使わずに戻るなら、それも記録するのか。
それを決めて初めて、戻る方法になる。
ハクトは地図を閉じた。
橋の前に立っていなくても、橋へ向かう準備は始まっている。
戻る方法を決めた時から、少しずつ始まっている。




