魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版)28話目
後日、僕と魁は突然鳴り響いたインターホンの音に、重い瞼を引き剥がされた。
ぼやける視界のまま、僕は体の上に乗っていた魁の足を無造作にどかし、玄関まで歩く。
「おはよう。よく眠れたか?」
ドアを開けると、そこにはいつものように快活な轟が立っていた。
「……何の用だ?」
僕が欠伸を噛み殺しながら尋ねると、轟は数枚の紙が綴じられた一冊のファイルを差し出した。
「護衛依頼の詳細だ。目を通しておいてくれ」
「あぁ、昨日の件か」
ファイルを受け取り、中の資料を引き出す。
「カイ…散歩にでも行くんか……?」
奥から、魁も目覚めたらしい眠そうな声が聞こえた。とぼとぼと覚束ない足取りでこちらに近づいてくる様子は、まるで生まれたての鴨だ。
「よぉ魁、お前もちゃんと寝れたか?」
「おぉ! 轟じゃねぇか。こんな朝早くにどうした?」
「言うて八時だぞ。普通の人間はとっくに活動してる時間だ」
「あら、もうそんな時間? うーん、慣れない環境で疲れとったんかのぉ……」
魁は軽く伸びをして、当たり前のように僕の肩に顎を乗せた。
「んん? カイ、なんじゃこれ」
「昨日言ってた護衛依頼の資料だってさ。お前もちゃんと読んでおけよ」
僕は魁を軽く押しのけて、昨日生成したばかりのちゃぶ台の上に資料を広げた。何故か轟も当然のように上がり込み、机の横に腰を下ろす。
「はー、物体生成ってのは改めて見ると便利だな。こんな物まで作れちまうのか」
「おう、凄いんじゃぞカイは! 儂が使い慣れとるモンの方が良いだろうって、わざわざちゃぶ台にしてくれたんじゃ」
「仲良いな、お前ら」
「んなこといいから、内容に集中しろ」
僕は机に並べた資料を読み進める。
(無紋有咲、16歳…高校一年生か。って、年上じゃねぇか。昨日ガキンチョとか言っちまったよ)
内心で自分の無礼を恥じる。
「アフリカのケープタウンか……少し遠いな」
有咲が潜伏しているのは、南アフリカ共和国の南西端に位置する都市、ケープタウン。
飛行機を乗り継いでも15時間以上、実質丸一日はかかる計算だ。
「ん? そういや、本人の居場所が詳しく書かれていないんだが?」
「それは俺たちも同じだ。詳しい秘匿場所はまだ明かされていない。おそらくだが、現地入りしてから伝えられるんだろう」
「現地で、って……案内人でもいるのか?」
「ああ。無紋家が手配したプロの兵士たちがいる。俺たちと共に有咲ちゃんを護衛する、米軍の精鋭たちだ」
轟の説明を受け、僕は一枚にまとめられた六人の顔写真に目を落とした。
米軍の腕利きを雇うとは、無紋家の影響力も底が知れない。
資料にある経歴や成績も申し分なく、誰もが死線を潜り抜けてきた猛者という風貌をしていた。
「若いやつも居るんじゃな」
魁が僕の手元を覗き込んで呟く。
その視線の先には、二十代前半と思われる若い男の顔写真があった。
「おお、そいつか。入隊して日は浅いらしいが、相当な実力者だそうだ。若さを活かした身軽さが売りで、いつもハンドガン一丁で立ち回るらしい」
「そんな若手なのに、大したもんじゃのぉ!」
「お前らも負けてられないだろ。ところで武器はどうする? 転生者とはいえ、丸腰というわけにはいかないぞ。慧なんかはいつも刀を持ち歩いているが……優、お前はいつものナイフか?」
「それだけだと心細いな。銃はないのか? 刀があるくらいなんだし」
「銃か。ああ、あるぞ。やっぱり男の子は憧れるよな。どうする? 今から試し撃ちに行って、慣れておくか?」
「そうだな……」
僕のような子供が銃を扱うのは相当な苦労が伴うだろう。
実戦が始まる前に、少しでも感覚を掴んでおいて損はないはずだ。
というか、刀やら銃やらを常備しているなんて、ここはヤクザの事務所か何かなのか。
「わかった。案内してくれ」
「おうよ。魁はどうする? お前も行くか?」
「当たり前よ! 儂ぁ昔から祖父に叩き込まれとるから、猟銃の扱いは得意なんじゃ!」
「猟銃はないが、確か少し前にスプリングフィールド M1Aってのが入ったはずだ。お前にはぴったりかもな。付いてこい」
轟は立ち上がり、親指で外を指す。
魁はどこか嬉しそうに、その後に続いた。
「お前、銃の知識はなかったのか?」
道中、轟が背中越しに尋ねてくる。
「昔少し調べたことはあるけど、どうせ役に立たないと思って忘れた。モデルガンにも興味はないし、日常生活で銃に触れる機会なんて、普通はないからな」
「ハハッ、そりゃそうだな。こんな事態になる方が異常なんだ」
轟は豪快に笑う。
……だが、人並みにカッコイイとは思う。
「そもそも、なんで実銃なんて保有してるんだ。そっちの方が気になるんだが」
「そりゃまぁ、俺たちはそういう特殊な組織だからな。警察からも公衆の面前で使わないことを条件に、ある程度の特権は認められてるんだ」
その「ある程度」の範疇に、自動小銃まで含まれているのだろうか。
僕は改めて、拝み屋という組織の危うさを不安に感じた。
「だとしても、保有してる銃の種類くらいちゃんと把握しておけよ」
「うーん、拝み屋が組織として持ってるというよりは、個人のコレクションを借りてるって形なんだよ」
「個人?」
轟はニヤリと口角を上げ、不敵に笑った。
「ああ。初日に会っただろ? 神崎トウマ。あの金髪のチャラい男だ」
「……あいつか」
その名前を聞いた瞬間、僕の気分は底まで沈んだ。
正直、ああいう人種は一番苦手なんだよな。
僕は小さく溜息を吐きながら、重い足取りを轟の背中に向けた。




