魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版)27話目
轟の言葉に、慧はすべてを理解したように目を見開き、口元を押さえて深く考え込み始めた。
僕と魁の二人だけが、その沈黙の意図を掴めずに取り残される。
「護衛依頼って、何のことだ」
「……俺たち拝み屋は、転生者という常人を超えた力を持つ存在として、裏で様々な依頼を請け負っている。優、お前を捕獲しろという話も、元は警察から回ってきた依頼だったんだ。あ、でも安心しろよ? 『捕獲を試みたが、激しい返り討ちに遭って対象を見失った』ってことで、その依頼は綺麗に白紙に戻しておいたからな」
「その話はもういい。護衛依頼について詳しく教えろ」
僕を安心させようと親指を立てて笑ってみせる轟を、僕は冷徹な一言で一蹴し、本題へと引き戻す。
「……あ、ああ、そうだな。実は近々、極めて重要な依頼が入っているんだ。『無紋家』という、転生者を輩出し続けている名家の血族を護衛してほしい、という内容でな。無紋家は代々、転生者として肉体に魂を宿しやすい、特殊な体質の子供が生まれやすい家系なんだ。今回はその十三代目当主の姪にあたる、『無紋 有咲』という少女の身辺警護を任された」
「何でわざわざ拝み屋に依頼する? 警察の懐刀にでも任せておけばいいし、第一、そんな転生者をポンポン生み出す名家なら、自前の戦力で守ればいいだろ。そっちの方がよっぽど適役だ」
「無紋家は警察との折り合いが悪くてな。俺たちは昔、その無紋家の先代に大きな恩があって、私的な協力関係にあるってだけなんだ。それに、いくら血筋が良いと言っても、転生者がそう都合よくポンポン生まれるわけじゃない。せいぜい一世代に一人か二人ってところだ。まぁ、それでも異常な確率なんだがな」
「じゃあ何で、そんな由緒正しきお家柄の一族が、ただのガキ一人を血眼になって護衛するんだ? 勿体ぶるな…言え。そのガキも『転生者』なんだろ」
僕はソファの上で足を組み直し、轟を真っ直ぐに見据えて言い放つ。
轟は誤魔化すのを諦めたように、深く頷いた。
「ああ。転生者として覚醒したばかりの無紋有咲は、現在、留学先の海外で安全のために隠れ家に滞在している。名家の血族、それも目覚めたばかりの転生者となれば、他の組織に狙われるリスクは跳ね上がる。ゆえに、彼女を日本の本家まで無事に送り届けるまでの道中を、俺たちが警護する」
「なるほどのぉ!」
轟がかいつまんで説明し終えると同時に、魁が大きな声を上げて勢いよく立ち上がった。
「つまり、その護衛に儂らの力が必要ってことじゃろ? 任せとき! 気合い入れるぞ、カイ!」
「違ぇよ、魁。いや、まぁ大体そんな感じではあるんだが…正確にはちょっと違う」
「え? そうなんか? じゃあ何で儂らを呼んだんじゃ? 飯炊き当番か?」
「違う。……ハァ、要するに関わってくるんだろ? さっき言ってた『天使教』が」
僕は暴走気味の魁を片手で制し、轟に冷ややかな視線を投げかける。
「ああ…無紋家は天使教から執拗に目をつけられている。十中八九、今回の護衛にも奴らが妨害に現れるだろう」
「だから、天使教が手を出せない僕を絶対的な抑止力として配置し、ニュータイプである魁の戦闘力を護衛の実戦部隊に組み込む。……分かったか、魁」
「んん……? なんで儂がつくんじゃ? 護衛役なら轟や涼斗でもいいと思うんじゃが……」
首を傾げる魁に、僕はため息混じりに噛み砕いて説明する。
「海外からの移送だって言ったろ。本家まで送り届けるには、最低でも丸一日か二日はかかる。その長旅の間、睡眠や休息はどうする? 寝ないという選択肢もあるが、そんなことをすれば肝心な時に集中力が切れる。そこでお前の『ニュータイプ』の特性が役に立つんだよ。お前なら寝ていても傍白を自律行動させられるし、迎撃できる戦闘力もある。今回の長期護衛にはうってつけの兵器だ」
魁は納得したように、手のひらに拳をポンと打ち付けた。
本当に理解しているのか甚だ怪しいが、納得したならそれでいい。
「だが、お前らはまだ俺たちの仲間になったわけじゃない。危険だと思うなら、この場で断ってもらっても構わない」
「同行するメンツにもよるね。あの金髪を連れていくってんならお断りだ。あれには知性も理性も感じられない。僕が最も嫌悪するタイプだ」
「それなら心配ない。今回の作戦は、隠密性を高めるために最少人数で編成する予定だ。行くのは俺と涼斗、そして慧の三人だけだ」
田口の戦闘力には多少の不安が残るが、あの轟が前線を張るなら戦力としては十分だろう。
僕はソファから立ち上がり、軽く体を伸ばした。
「じゃ、細かい作戦内容は明日以降に回してくれ。僕は部屋に戻って休む。腕を治したり、さっきから色々と生成しすぎて流石に限界だ……」
「分かった。布団か何か、必要なものはあるか?」
「いや、いい。自分で出す」
僕はそう言い残し、魁を伴って応接室を後にした。
去り際、ボスである慧が、自らのクッキーの食べカスを拭いながら、少しだけ申し訳なさそうな、複雑な視線を僕の背中に送ってきたのだけは意外だった。
「なぁなぁ、カイー」
「あ? なんだよ」
錆びた階段を上り、先ほどのワンルームへと続く道を歩いていると、魁が僕の肩をツンツンと突ついてきた。
「前にカイが言ってた、内部圧着力? の操作って、どういうやつなんじゃ?」
「内部圧力な。……そうだな、前に川に行った時、お前は手に水を溜めて水鉄砲を作って遊んでただろ。あれは、手の中に閉じ込めた水に対して肉体で圧をかけ、水が手の外に逃げ出そうとする勢いを利用したから出来たんだ。お前の能力は、それを肉体的な力を使わずに、魔力の操作だけでダイレクトに水へ圧力をかけて噴射できる、って感じだ。……伝わってるか?」
「アー……ナルホド、ナルホド!」
魁の脳の受容体は、一度に十文字程度しか処理できない仕組みにでもなっているのだろうか。
「まぁ、でも! なんとなく分かったぞ!」
「そりゃ良かったよ……」
僕は呆れと、それを上回る疲労感を滲ませながら、魁に力なく言葉を返した。
◇
コンクリートの壁に囲まれた、薄暗く広大な謎の部屋。
豪奢な背もたれの椅子に深く腰掛け、優雅に古書を捲っている九条蓮の前に、獅堂刹那が無造作な足取りで現れ、吐き捨てるように言った。
「おい、九条。いなかったぜ、あのガキ」
「…そうですか」
九条は視線すら上げず、静かにページを捲る。
「現場に大型バイクのタイヤ痕が残ってた。おそらく、他の組織の連中に一足遅く連れていかれちまったっぽいぞ。どうするよ?」
九条は本を片手に、机の上に置かれていた漆黒のコーヒーを手に取り、静かに一口含んだ。
獅堂は苛立つ様子も見せず、ただ黙って、相棒が口を開くのを待っている。
「……今のところは、静観します。何の問題もありません。いずれ、あの方も我々の大義を理解してくださるでしょうから」
「……前々から気になってたんだがよ、お前がいつも口にする『あの方』ってのは、一体誰なんだ?」
「そうですねぇ……」
九条はゆっくりと本を閉じ、机の上へと置いた。その瞳が、遠い過去を想起するように、どこか狂気を孕んだ愛おしげな光を帯びて微笑む。
「万物の祖であり、この世の『全』にして『一』。……つまるところ、我らの……」
九条の背後から、目も鼻もない純白ののっぺらぼう――傍白が、音もなく這い出るように顕現する。
「『王』です」




