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魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版)25話目


「瓦解……?」


聞き慣れない不穏な二文字に、僕は眉をひそめる。


「あ、ああ、すまない! 詳しい話は後だ。今はとにかく、一刻も早く慧にこのことを伝えてくる……!」


轟はそれだけ言い残すと、弾かれたように部屋を飛び出していった。

後に残された僕と魁は、何が何だか分からずその場に立ち尽くす。

重苦しい沈黙の中、床に膝をついたままだった田口が、喉を鳴らして声を絞り出した。


「……なぁ。本当に、『瓦解』と会ったのか?」


「だから、その『瓦解』ってのが何なんだよ。会った、って……人の名前か?」


「そうか、お前はつい最近まで一般人だったから、何も知らないんだよな。……よし、俺の知ってる範囲で良ければ、全部説明する」


田口は拭き掃除の手を完全に止め、かつてないほど険しい表情で、世界の裏側に潜む歪みについての説明を始めた。


「実はな、転生者の組織ってのは、この『拝み屋』以外にもいくつか存在するんだ。警察の内部にも、少数だが転生者を囲っている部隊がある。そのいくつかある組織の中で、今最も危険視されている最大勢力……それが『天使教』。そしてお前が会ったという前髪の長い男は、その天使教の絶対的なトップ――通称『瓦解』と呼ばれる男だ」


「その天使教ってのが、何かヤバいことでもやらかしてるのか?」


「ヤバいなんてもんじゃない。警察の特殊部隊や他の転生者組織を容赦なく袭撃したり、一般人の肉体に無理やり別の魂をぶち込んで、強制的に転生者を作り出したりな……」


「――ッ!」


胸の奥に、不快な熱が広がる。

僕は無意識に目を細め、溢れ出そうになる鋭い殺意を押し殺すように、深く深く息を吸い込んだ。

人の魂を弄び、理不尽に日常を奪う化け物ども。

僕をこの領域に引きずり込んだ元凶たちの姿が、一瞬だけ脳裏をよぎる。


「奴らが転生者や一般人を襲う明確な理由や目的は、未だに分かっちゃいない。そもそも、まともに他人の前に姿を現すことすら滅多にない組織なんだ」


「なのに、僕たちの前には自ら現れた……。今までの行動パターンから見ても、明らかに不自然だな」


「あぁ、異常だ。ただ、そんな謎だらけの奴らでも、一つだけ執拗に追い求めている明確なターゲットがある。それが、転生者の亜種とも言える超希少個体――『ニュータイプ』を仲間に引き入れることだ。まぁ、これに関しては拝み屋も含めて、全ての組織が血眼になって探してる存在なんだけどな」


「…ッ」


「あっと、悪い。ニュータイプなんて言われても知らねぇよな。これは要するに――」


「いや、説明はいい」


僕は田口の解説を片手で遮り、隣でボケーッとしている魁へと目線を向けた。


「言ってなかったけど、魁が……その『ニュータイプ』だ」


「……ははっ」


僕の淡々とした告白に、田口は間の抜けた乾いた笑い声を漏らす。


「え?」


「あ?」


一拍置いて、ようやく脳の処理が追いついたのか、田口は首をカチカチと傾げながら、僕と魁の顔を何度も交互に見つめた。


「ニュータイプ? あーね、ガンダムのね。はいはい、冗談ね」


「お前が今さっき言った、あのニュータイプそのものだよ。もう物忘れか?」


「えッ!!?!?!?!? マジで!?!!??!?」


鼓膜が震えるほどの、凄まじい大声だった。

アパートの窓ガラスが振動するほどの驚愕っぷりを見るに、やはり魁の持っている『ニュータイプ』という性質は、この界隈において規格外の価値を持つらしい。

田口は興奮を隠そうともせず、魁の両手をがっしりと握りしめると、ブンブンと激しく振り回して騒ぎ立てた。当の本人は意味を分かっていないようだが、大の大人が自分を評価してくれているのが純粋に嬉しいらしく、相好を崩している。


「カイ~、儂って実は天才なんじゃって~! いやぁ、嬉しいのぉ~」


ヘラヘラと照れくさそうに頭をかきながら、魁が僕の方へと近づいてくる。

僕に言われても反応に困るのだが。


「も、もしかしてだけどさ…お前も、その口……?」


田口が、まるで宝くじの当選発表を待つような、ギラギラとした期待の籠った目で僕を凝視してきた。


「僕はニュータイプじゃない。ただのノーマルだ」


「…そっかぁ。ちょっと残念……」


悪かったな、普通の人間で。

だが、僕のこの素っ気ない態度に、魁がむくれたように口を尖らせて反論した。


「そんなことないぞ! 確かに儂は凄いかもしれんが、カイはもっともっと凄いんじゃ! 知識も多いし、何でも生み出せるぞ!」


「確かにな! 偏差値七十七だもんな! めっちゃ頭良いの、すげぇじゃねぇか!」


田口も魁に同調して僕を持ち上げてくる。


「……別に。あんなの、ただの基礎問題だろ」


僕は特に理由はなかったが、むず痒いような不快感からフイと顔を背けた。

その時、優は少し居心地が悪そうに、箒の柄を、服の袖を伸ばして直接触れないように握り直した。


「でも、そうなると一つ疑問が残るな……。何で瓦解は、優の方を名指しで狙って勧誘してきたんだ? 普通なら、ニュータイプの魁の方に直接行くはずだろ……」


田口が腕を組んで深く考え込み始めた、まさにその時。

ドアから轟が再び血相を変えて顔を出した。


「すまない、優、魁。掃除の途中だが、一旦、事務所まで来てくれ」


轟の尋常ではない真剣な眼差し。

僕と魁は一度だけ視線を交わし、深く頷くと、轟の大きな背中の後を追って階段を下りていった。



「なるほどね……」


事務所へと戻った僕たちは、再び応接室のソファに腰掛け、慧を交えて『天使教』について話し合っていた。

魁のニュータイプの件も含め、最初から包み隠さず話しておくべきだったと少しだけ反省する。


「やっぱり、何か別の目的があるって考えるのが自然っすかね、轟さん」


田口の言葉に、慧がいつになくシリアスな表情で頷いた。


「そうですね……。ニュータイプを狙うならまだしも、データ上は普通の転生者である優さんを指名するというのは、些か不自然です。今まで奴らが現れる時は、常に『誘拐』に近い強硬手段ばかりでした。それなのに今回は対話を選び、危害を加えず、歩み寄ろうとさえした……。前例のない歪な試みです。何か致命的な『理由』があると考えるのが妥当でしょう」


慧は極めて真っ当なロジックを真面目な顔で語る。

――しかし。

その綺麗な口元には、バッチリとクッキーの食べカスが付着していた。

さらに言えば、さっきまで机の中央に置かれていたはずのクッキーの皿は、今や完全に空っぽである。

シリアスな空気の裏で、自分だけちゃっかり完食していたらしい。本当に締まらないボスだ。


「あんたたちは、今のところその天使教とは完全に敵対関係なんだな?」


「未来永劫、交わることはありません。そもそも、あんな狂信者どもの味方をする輩なんて、この世に存在しませんよ」


何故か誇らしげに胸を張る慧を冷ややかに見つめながら、僕は思考を巡らせる。


「……じゃあ、僕という存在がいる限り、あんたらは対天使教において、大分有利に立ち回れるかもしれないな」


独り言のように、わざとらしく呟いてみせる。

案の定、「どういうことだ?」と慧の隣に立っていた轟が食いついてきた。


「聞いてる限り、警察も拝み屋も、その他諸々の転生者組織が束になっても、その天使教ってのには太刀打ちできていない。それだけの戦力があっても対処できないってことは、奴らは圧倒的に『強い』。だけど、僕と対峙した時、奴らは力づくでの強奪を敢えてしなかった。しなかったんじゃない、何らかの理由があって『出来なかった』んだ。つまり、現時点で奴らは僕を殺すことも、手荒に扱うこともできない。……この前提条件は、単なる力量の差よりも、はるかに強力な外交カードとして使えるぜ?」


「……確かにそうだな。あの『瓦解』にしては奥手すぎる」


「なるほど……。これは交渉の席において、極めて有用な『盾』になるかもしれませんね」


慧の目が鋭く光る。

今ここで、僕という存在の「絶対的な有用性」を提示する。

そうすれば、この拝み屋が僕たちを裏切る可能性を限りなくゼロに近づけられるし、あわよくば警察や他の組織に対しても、僕という稀有な人材をアピールして手出しを封じることができる。

……大人のくせに、子供のハッタリにいいように踊らされて。

案外チョロいな、こいつら。


「慧。本当は、俺たちが率先して引き受けるべき仕事だってことは分かっているんだが……」


沈黙を守っていた轟が、決意を秘めた目でボスを見つめた。


「? 何? いいよ言って」


「…今度入っている大物の『護衛依頼』。……優と魁の二人を中心に回してみるのは、どうだろうか?」


轟の提案が、静まり返った応接室に波紋のように広がっていった。

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