魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版)24話目
「だから、まだ仲間じゃな――」
「良いから良いから。お試し期間みたいなもんだって。あんな古い家にずっといたら、そのうち体中が痒くなってくるだろ?」
拝み屋のボス・桐谷慧との対面を終えたものの、僕たちには魁の家に戻る足がなく、少々立ち往生していた。
そこに目をつけた轟が、「行くあてがないなら」と僕たちの返事も待たずに、無理やり別の場所へと引っ張っていったのだ。
「儂の家……そんなにボロっちいのかな……」
「え!? あ! いや! すまん、あそこお前の家だったのか!? てっきり、ただの廃村を一時的な拠点にしてるだけかと……」
本気でしょんぼりとした魁を、轟があわてて気遣う。先程から、この男の株が物凄い速度で下落している気がしてならない。
「で、僕らをどこに連れていく気だ」
「安心しろ、そこまで遠くはない。元々は組織のちょっとした倉庫として使っていた物件なんだが、最近お前ら以外にも転生者を発見できてな。そこに二人ほど住まわせてるんだ。同世代だし、仲良くやってくれよ」
「だから、まだ仲間じゃな――」
「カイ! ノゲシが生えとるぞ! 今晩の飯の汁物に入れよう!」
「……ちょっとは目立たないようにしてろ。僕はまだ追われる身なんだから」
道端に堂々と生え茂る雑草を嬉々として引っこ抜く魁の襟首を、僕は背後から掴んで強引に引き剥がす。
それを見た轟が、声を潜めて耳打ちしてきた。
「……なぁ、なんで魁はお前のことを『カイ』って呼んでるんだ?」
「最初に会った時、警戒して偽名を名乗ったら、そのまま定着しちまっただけだ。それより、さっき言ってた二人の転生者ってのはどういうことだ? あのボロ家にいた奴らだけじゃないのか?」
「ああ、あいつらはいわば同僚というか、家族みたいなもんでな。これから行くアパートにいるのは、まぁ……バイトみたいなもんだ。お前らと歳も近いし、きっと気が合うさ」
転生者の能力を引っ提げて、バイト感覚で拝み屋の仕事をこなすのか。
だとしたら、そいつらは相当な肝の据わり方をしている。
少し歩いた先に見えてきたのは、どこにでもある、やや年季の入った二階建てのアパートだった。
「ここだ。二階に上がってくれ」
「言うほどここも大差ないというか、普通にボロいじゃん……」
僕は小さく毒づきながら、塗装の剥げかけた錆びた鉄製の階段を上る。
「部屋をいくつか借りてるのか?」
「いや、賃貸の手続きが面倒だったから、このアパートを丸ごと一棟買い取ったんだ。ちゃーんと買うだけの資金力はあるってことだ」
別に凄くはない。
むしろ買い物の仕方が大雑把すぎて引く。
「じゃあなんで皆ここじゃなくて、あっちのボロ家に住んでるんだよ。元の拠点が向こうだったのか?」
「いや、単純に俺があっちに住んでるからだな。家事全般は俺が面倒を見てるんだ。俺が一晩でも家を空ければ、次の日にはあそこはゴミ屋敷と化すからな」
そういえば、慧が破壊した壁もガルガに修復させていたな……。
あの組織、轟がいないと完全に崩壊するのではなかろうか。
「あと、ここは周囲の建物のせいで少し日陰が多くてな。ゴキブリが出やすいんだよ」
「……ッ! ゴ、ゴキ…ブリ……!」
その忌まわしき単語を耳にした瞬間、僕の全身に鳥肌が立った。
「なんだ、優。虫苦手なのか?」
「いや…苦手とかじゃないけど……」
冷や汗をダラダラと流す僕を見て、轟が意地悪くニヤニヤと笑う。
すると、後ろを歩いていた魁がひょこっと顔を出し、僕の肩を力強く叩いた。
「安心しろカイ! ゴキブリなんて儂が全員叩き潰したる! んで、食べられそうならお前にも食わしてやるからな!」
「ホンマにやめて。頼むから」
家屋に侵入する野生のゴキブリは衛生的に最悪だから、絶対に食べないようにしような、魁。
仮に食用に養殖されたものが目の前に出されたとしても、僕は全力で遠慮するが。
「二人は…まだ学校だな。まぁいい、とりあえずこの部屋を使ってくれ」
轟が鍵を差し込んだのは、二階の左から三番目のドアだった。
「……え? 同部屋?」
「部屋数が意外と少なくてな。悪いが少しの間だけ二人で共同生活をしてくれるとありがたい」
「儂はずっとカイと一緒でも構わんぞ! むしろ一人だと寂しいからの!」
「犬かテメェは」
まぁ、僕としても個別に部屋を分けられるよりは、魁が近くにいた方が何かと都合がいい。
地味に寝相が悪いのが玉にキズだが……。
「しばらく使っていなかったから、埃がすごいな。後で掃除機やら何やらを持ってくるから、まずは換気をしておいてくれ」
一歩足を踏み入れると、締め切られた空間特有の埃っぽさと、古くなった木材の匂いが鼻を突いた。
日当たりは劣悪だが、元引きこもりの僕としてはむしろ落ち着く暗さだ。
それなりに広いし、何より家賃がかからない。
文句を言えばバチが当たる優良物件だ。
「それと、これを渡しておく」
僕が室内を見渡していると、轟がポケットから一枚の小さな紙切れを差し出してきた。
「なんだこれ?」
受け取って目を落とすと、そこには数字と英小文字が複雑に羅列された、十数桁のランダムな文字列が書き殴られていた。
(拝み屋が使用している独自の暗号か……? いや、このタイミングで僕に渡したということは、この部屋、あるいはこのアパートそのものに仕掛けられた何かの伏線……?)
僕は紙切れを睨みつけ、考え得る限りの可能性を脳内で高速演算する。
しかし、その深読みは一瞬にして粉砕された。
「Wi-Fiのパスワードだ。スマホくらい持ってるだろ?」
「…………さっさと行け」
僕はこれ以上ないほどの殺気を瞳に宿し、轟を部屋の外へと力ずくで追い出した。
「埃に、蜘蛛の巣……汚いのぉ。ネズミとかも出てきそうじゃな」
魁はそんな僕のやり取りなどどこ吹く風で、土足のままズカズカと部屋の奥へ進み、天井の隅にかかっていた蜘蛛の巣を手で雑に払う。
そして、そこにいた小さな蜘蛛を見つけると、「これ食えそうじゃ」などと呟きながら躊躇なくポケットにしまい込んだ。
(……見なかったことにしよう)
精神衛生を保つため、僕は思考を放棄して靴のまま部屋に上がる。
「ワンルームか。部屋そのものは割と広いんだな……」
トイレと風呂は別。
だが、二人の間にプライベートスペースを区切る仕切りなどは皆無だ。
まぁ、男二人だし構わないか。
まずは適当に掃き掃除でもしようと、手の中にイメージを膨らませて木製の箒を生成した――その瞬間だった。
カン、カン、と鉄製の階段を静かに踏みしめる足音が、階下から響いてきた。
「ッ……!」
僕は咄嗟に身体を強張らせ、箒を構えたままドアの方向へと聞き耳を立てる。
(轟が戻ってきたのか……? いや、流石に早すぎる。それに、今聞こえてくるこの足音は――)
足音は、正確に二つ。
轟の不器用な足取りとは明らかに異なる、どこか軽やかで、それでいて油断のない足音が、僕たちの部屋へと近づいてきていた。




