魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版)18話目
「突然変異個体……?」
僕は狼を少し警戒しながら、その言葉の真意を探るように問い返した。
狼は表情を険しくし、重々しく口を開く。
『ああ。理解を深めるために、まずは転生者の致命的な弱点について教えておこう。僕ら転生者唯一の弱点……それは、「眠らされること」だ』
「眠る……? 魁にやったみたいに、意識を飛ばされることか?」
『そうだ。通常、転生者は眠っている間、自身の傍白を維持することも、能力を発動することもできなくなる。だが……「ニュータイプ」は違う。彼らは意識を失った状態でも傍白を現界させ続け、さらには能力すら自在に発動させることができるんだ。一見、便利に見えるかもしれないが、これは極めて危うい力だ』
狼はどこか痛ましげな、あるいは危惧するような視線を僕たちに向けた。
『魁…と言ったか。君の傍白は知性があるからまだ制御が効く。だが、理性のない傍白は主の意識が途絶えた瞬間、敵味方の区別なく周囲を破壊し尽くす暴走状態と化す。自律性が高い傍白ほど、暴走時の強さは底知れないものになるんだ』
「……暴走した個体を止める手段は?」
『二つだ。一つは、単純にその傍白を物理的に破壊すること。転生者は一度傍白を完全破壊されると、再度の召喚は極めて困難になる。魂の一部を削がれるようなものだからな』
「……現実的じゃないな」
僕が即座に切り捨てると、狼も頷いた。
隣では魁が腕を組み、知恵熱が出そうな顔で目を白黒させている。
『その通りだ。暴走する傍白はどれも化け物じみた強度を誇る。止められたとしても、周囲には甚大な被害が出るだろう。……そして、もう一つの手段は――』
狼は射抜くような鋭い眼差しで魁を凝視した。
『主魂の魂を完全に停止させる。つまり、本体を殺すことだ』
「っ……!!」
僕と魁は、反射的に体を強張らせた。
即座にヒトガタが前に出ようとするのを制しつつ、僕は狼に冷徹な殺意を込めて睨みをきかせる。
「てめぇ……魁に指一本でも触れてみろ。その瞬間、お前のご主人の命はないと思えよ」
『ま、待て! 早まるな! さっきも言った通り、魁の傍白は十分な知性を持っている! 主が眠っても暴走の兆候はないし、そうなれば殺す必要なんてどこにもない!』
「……でもそれって、儂のテテはそこまで強くないってことなんかのぉ?」
何故か魁は、強さの基準を履き違えて少し寂しそうに肩を落としている。
……こいつ、本当に大物なのか馬鹿なのか。
それより、僕は狼の話を聞きながら、ある記憶を掘り返していた。
(……待てよ。そういえば、僕もあの日、眠っている間に勝手にヒトガタが出ていたような気がする。……いや、今は考えないでおこう。杞憂だ杞憂)
そう自分に言い聞かせ、思考の隅に追いやる。
すると、狼の体から白い光の粒子が溢れ出し、指先から徐々に夜の闇に溶け始めていった。
『っと……そろそろ限界のようだな。すまないが、続きはまた今度だ』
「ああ。お前のご主人様によろしく言っとけ。これで手のひらを返して殺しに来るようなら、僕も容赦はしないってな」
『任せておけ。全力で説得してみせる。……明日以降、またここに来る』
信用するにはまだ早いが、使えるカードは使い切る。
笑顔で手を振る魁に、狼は微かな笑みを残して、光の粒子となって消えていった。
「……さて、もう遅いけんな。飯にするか!」
「今日のメニューは?」
「狼肉……は食えんかったから、鹿と猪の合わせ鍋じゃ! あと、べったら漬けもあるぞ!」
「最高だな」
翌日。
説得は予想以上にうまくいったらしい。
魁の集落の入り口で僕たちを出迎えたのは、昨日までの「異形」ではなく、生身の人間だった。
「……誰だ、あんたたち」
一歩前に出て問いかける。
そこに立っていたのは、見覚えのない男女。
一人は、逆立った髪を無造作に後ろへ流した、ワイルドな風貌の男。
鋭い眼差しと、整えられていない無精髭が、どこか戦場の硝煙を思わせる。
「よぉ。ガルガから事情は聞いた。昨日は手荒な真似をしてすまなかったな」
男が気さくに近づいてくる。
「まずは名乗れよ。完全に信用したわけじゃないって、伝わってなかったのか?」
警戒心MAXで睨みつける僕を、魁が苦笑いしながら宥める。
「まぁまぁカイ、そんなに睨むなって。まずは話を聞こうぜ」
「……大丈夫だ少年。これくらいの洗礼、慣れているからな。俺の名は轟煉。ガルガ……つまり、あの狼の主魂だ」
轟と名乗る男に、僕は未だ睨みをやめない。
「安心してくれ、俺はお前たちに仇なすつもりはない。むしろ、これからは全力で協力させてもらう」
暑苦しいほどの熱量で語る男。
僕は心の中で、面倒なタイプに好かれたな、と溜息を吐いた。
一方、魁は「阿久津魁っちゅんじゃ! 好きなことは食うこと! よろしくのぉ!」と、驚くべき速さで打ち解けている。……この順応性はもはや才能だ。
「おい、サクラ! お前も挨拶しろ!」
轟が背後でバイクに寄りかかっていた女に大声を出した。
「そんな大声出さなくても聞こえてるっての……」
億劫そうに歩み寄ってきたその女は、黒髪に鮮やかなピンクのメッシュを効かせた、かき上げヘアが印象的な美人だった。
「……なぁんか、変な格好じゃの」
魁が小声で囁いてくる。
確かに、轟の無骨な格好とは対照的に、彼女のスタイルはあまりに都会的で尖っていた。
鋭いピンクの瞳。
首元には黒のチョーカー。
耳に光るゴールドのイヤリング。
(オーバーサイズの黒MA-1に、ピンクのタンクトップ……ボトムスは赤紫のトラックパンツか。レディース総長の休日、って感じだな)
サクラと呼ばれた女は轟の隣で立ち止まると、僕を値踏みするように睨みつけた。
「車屋サクラ。……言っとくけど、私はあんたが嫌い。馴れ合うつもりはないから、あんまり話しかけないでよね」
「……奇遇だな。僕も仲良しごっこをしに来たわけじゃない」
僕が仏頂面で応じると、彼女はふんと鼻を鳴らし、自分のものらしきバイクのヘルメットを被った。
「早速で悪いが、付いてきてくれ。うちのボス……拝み屋の元締めが、君たちに会いたがっている」
「……分かった」
僕は二台のバイクに連結されたサイドカーに乗り込もうとする。すると、当然のように魁が僕の背後にぴたりと付いてきた。
「……魁、お前も来るのか?」
「何いっちょるんじゃ。儂も付いていくに決まっとるじゃろ」
「いや、でも。お前が無理に危険な場所へ来る必要は……」
僕が言いかけると、魁は少し照れくさそうに、けれど決然とした口調で言った。
「儂よぉ…やっぱり一人は寂しいんじゃろうな。カイと一緒にいると、すげぇ楽しいし、退屈せんのじゃ。じゃけん、儂もカイと一緒に行く! そっちの方が面白そうじゃからの!」
「……ここは、捨てていいのか?」
「別に二度と来れんわけじゃなかろう。故郷が恋しくなったら、また戻ってくりゃいい。ほれ、行くど!」
魁の底抜けの明るさに、僕の頑なだった心も少しだけ解けていく。
かつての親友、冷と過ごした日々をどこか思い出しながら、僕は唸りを上げるバイクへと足を向けた。




