魔王がクラスメイトにウンタラカンタラ(リメイク版)19話目
僕は轟の運転するバイクのサイドカーに身を沈める。同じように、前を行くサクラのサイドカーには魁が収まっていた。
「なぁ〜、儂、カイと一緒がええんじゃけど……」
「文句言わないの。そもそもあんたたち、バイクを運転できる年齢じゃないでしょ。いくつよ」
魁の恨み言をサクラがにべもなく切り捨てる。
一見すると険悪だが、魁の底知れない「陽」のエネルギーは、着実に彼女との距離を詰めつつあった。
「えっとぉ……確か、今年で14か15じゃったかのぉ」
「マジでただのガキじゃない。義務教育はどうなってんのよ」
「儂はずっと山暮らしじゃったから、そんなん必要ねぇ。カイは学校なんて行かんでも、頭ええしな!」
魁がサイドカーから身を乗り出し、誇らしげに僕を振り返る。
僕はわざと視線を逸らし、「早く出せ」とだけ告げてヘルメットを深く被った。
二台のバイクがエンジン音を響かせ、獣道のような未舗装路を滑り出す。
「それにしても、本当に肝の据わったガキ共だ。魁はともかく、優。お前、学歴がどうとか気に病んだりはしないのか? 優秀なのは認めるが、このままだと世間的には小卒だぞ?」
風を切る音に混じって、轟が問いかけてくる。
「今の時代、学歴なんてのは無能が自分を包装するための飾りに過ぎない。社会に資するだけの力があれば、肩書きなんて後からついてくる。僕みたいに、そこらの大人を論理でねじ伏せられる人間には特にね」
「……はは、凄いな。俺ならそんなこと、口が裂けても言えない」
「謙遜なんて、失敗した時の自分に言い訳を用意したい二流のすることだ。自負は、時にはどんな武器より役に立つ」
ヘルメット越しに流れていく景色を眺めながら、淡々と返す。
轟は「根性あるなぁ……」と、呆れたような感心の入り混じった声を漏らした。
前を行くサイドカーからは、魁の能天気な声が聞こえてくる。
「ナァナァ、サクラさんの目はなんでそんなに桃色なんじゃ? 桜でも食ったんか?」
「食うわけないでしょ、カラコンよ。お洒落っていうの、覚えなさいよ」
二人の距離は、もうすっかり縮まっている。
魁のあの驚異的なコミュニケーション能力は、こういう時にこそ真価を発揮する。
無警戒に情報を引き出すには、最高の相棒だ。
「……親友を取られて、寂しいか?」
轟がニヤニヤしながら横槍を入れてくる。
「……ぶっ飛ばすぞ。そもそも魁は親友じゃない。利害の一致で一緒にいるだけだ。勘違いするな」
「ハッハッハ! そうかそうか、すまんすまん」
轟の笑い声には、一ミリの謝意も籠もっていなかった。
僕は小さく舌打ちをする。
「僕の親友は…今はもう、僕の傍にはいない。それだけだ」
「……例の事件の時、一緒に倒れていたという少年のことか」
轟の声から茶化すような響きが消えた。
「……あいつ、今はどうなってる」
「詳しくは知らん。だが、命に別状はないそうだ。ただ、まだ眠りから覚めないらしい。……安心しろ、いつかは目を覚ますだろうさ」
『いつかは』。
そんな無責任な言葉に、どれだけの人間が救われ、そして裏切られてきたことか。
「……それより、今はどこに向かってるんだ」
「東京だ。俺たちの事務所がある。今日は顔合わせだけだが、条件次第では『拝み屋』の一員になってもらう。……まあ、悪いようにはしないさ」
「気が早ぇよ……だが、条件次第だな。……危害を加えず、個人の自由を尊重し、対等の人間として扱うこと。それと、報酬はどうなんだ。ボランティアで命を張るほど、僕も魁もお人好しじゃない」
「給料は出る。それなりにな。寮……というか空き部屋もあるから、衣食住の心配はなくなるぞ」
トントン拍子に話が進んでいく。
僕の警戒心を嘲笑うかのように、世界は急ぎ足で僕らを取り込もうとしていた。
「着いたら、ボスに会ってもらう。そこで魔力量や能力の適性を診させてもらうことになるが……構わないな?」
「……勝手にしろ。着いたら起こせ」
「警戒心はどこに捨てたんだよ」
「魁が起きてる。それに、もし眠らされたとしても、あいつのテテが動けるのはお前らも知ってるだろ。……僕は僕で、警戒しながら眠るだけだ」
僕は腕を組み、深くヘルメットの中に沈み込んだ。
山で魁と過ごした、泥臭くも静かな日々を思い出しながら、久しぶりに訪れる「機械的な微振動」という揺りかごに身を委ねた。
◇
しばらくの間、眠ったふりをして轟たちの動向を伺っていたが、不穏な気配はなかった。
聞き耳を立てつつ意識を微睡ませていると、不意にバイクのエンジン音が止まった。
「……着いたのか」
「うおっ、本当に起きたな。ちゃんと寝れてたのかよ」
「人間、寝ながらでも思考は止められないんだよ。で、ここが?」
僕がサイドカーから降り立つと、轟が自信満々に頷いた。
「ああ。ここが俺たち『拝み屋』の事務所だ」
「……なんか、ボロっちいのぉ」
魁が率直な感想を漏らす。
目の前にあったのは、事務所というよりは、戦後から建っていそうな年季の入った古民家だった。
「ま、まぁ外観はアレだが、中はちゃんと掃除してるから綺麗だぞ!」
轟に急かされるようにして、僕たちは家の中へと足を踏み入れた。
ミシミシと鳴る床板。
染み付いた木の匂い。
轟が「毎日掃除機かけてるから……」とボヤきながら床を撫でているのが、少しだけ滑稽だった。
「で、さっき言ってたボスってのはどこにおるんじゃ?」
「慧ちゃんは多分、いつもの奥の部屋。お姉ちゃんみたいなもんだけど、一応ボスの肩書き背負ってるから、あんまり失礼なこと言わないこと」
サクラの後ろに付いて、廊下を進む。
すると突然、二階からドタバタと激しい足音が響いてきた。
(……狼の次は猛獣でも飼っているのか?)
「なぁ! 俺のヌテラどこやったか知らない!? 昨日冷蔵庫に入れておいたのに!」
階段から駆け下りてきたのは、パジャマ姿の金髪男だった。
ボサボサの髪にチャラついた格好。
整った顔立ちはしているが、中身はガキそのものだ。
「あ! てめぇ、昨日の生意気なガキ! もうここまで来やがったか! いいぜ、返り討ちにしてやるよォ!!」
男が叫ぶなり、自分の中指を前歯でガリッと噛み砕いた。
傷口から白い光の粒子が噴き出し、昨日僕らを狙撃したカウボーイハットの傍白――が出現する。
『やってやろうぜ、トウマ!』
「あぁ、弾でタマぶち抜いてやれイーグル――ゲブッ!?」
快哉を叫ぼうとしたトウマの頭に、どこからか伸びてきた黒い杖がめり込んだ。
『のっほっほ、やめとけトウマ。そのお客人、殺ろうと思えば殺るだけの「毒」を腹に隠し持っておるぞい』
僕の殺意を一瞬で見透かしたのは、シルクハットを被った機械の人形。
レンズ状の瞳をキュルキュルと回転させ、僕を見下ろしている。
「ヴィゼー、どうじゃ、あの童は」
『のっほっほ。いやはや、儂の目を侮っちゃいかんぞい、宗次。あの童……相当な「密度」を秘めておるわい』
階段の踊り場から、一人の老人がゆっくりと降りてくる。ボロ家には不釣り合いなほど厳格な軍服を纏い、右目には精巧な機械の義眼が埋め込まれていた。
「ってぇなジッちゃん! 杖重いんだよ、殴んな!」
『餓鬼にはこれが一番の薬じゃ』
「餓鬼じゃねぇ、もう21だ!」
「十分餓鬼じゃよ」
言い合いながら、二人は出現させていた傍白を霧散させた。
情報過多だ。
僕は、ただの隠れ家だと思っていたこの場所が、とんでもなく異質な人間たちの巣窟であることを悟り、軽く眩暈を覚えた。




