第2章 守護者の使命 16
あまりの迫力に圧倒されて言葉のないミレイユを他所に、ライルは一番近くの柱に近づいた。柱の表面には絶え間なく水が流れていて、床の下へと続いていく。そして、柱と柱の間には壁はなく、あるのは海だった。手を伸ばして触れれば貫通する透明な膜に隔てられて、海水が満ちている。
「ここか」
考えるまでもなく、分かった。ここは海底で、目指していた遺跡なのだと。
「ストラス、惚けてないで行くぞ」
「あ、は、はい!」
水の魔力が満ちているからか、淡い水色の光を放つ回廊を眺めていたミレイユに声を掛けて、ライルは歩き出した。今いるのはあくまでも通路だ。ならばその先がある。
「これ、どうなってるんでしょう。海が見えてるのに、流れてこなくて、息も出来て。てっきり壁にしっかり囲まれてるものだと思っていました」
「さぁな。仕組みは分からないが、想像もつかない高度な技術か魔法で出来てるみたいだ。建物自体は古昔の宮殿みたいだが」
「そうですよね……! 壊れてる部分もありますし。えっと、目的地はもっと先ですか?」
「ああ。この通路の奥の……あの扉の先だ。あそこから気配を感じる」
ライルがそう答えると、ミレイユは真っ直ぐ前を見つめて息を呑んだ。ついに、という心境なのだろう。
(……にしても、なんでこんなに慣れ親しんだ気配が……。既視感があるわけじゃないが)
ずっと昔から触れてきたような、感覚がある。ここに来るのを望んでいたような感覚が、ずっと呼ばれ続けていたような感覚が。だからこそか、これ以上進んではいけない気がした。まるで、触れてはいけないものが眠っているような。
(鬼が出るか蛇が出るか。開けてみるしかないよな)
自らの感覚に結論を出して、ライルとミレイユは扉の前に立った。それ自体が水の魔力に満ちた水晶で出来た扉をミレイユと共に開けた先の最奥の間は、玉座の間と呼んで差し支えない荘厳さが居座っている。
だが、正面の奥にあったのは玉座ではなく、巨大な水晶体だ。下の深い紺色から頂点の白色まで海を閉じ込めたようなグラデーションはもちろんのこと、水晶体に内包された水の魔力からは、水が今にも溢れ出して最奥の間を埋め尽くしてしまいそうな感覚が伝わって来る。
そして、何より、水晶体の表面には無数の魔力の線が伝っていた。複雑な錬磨系統魔法を紡いで、脈動する魔力は今も何かを起動し続けている。
「ライル先輩、もしかしてこれが」
「目的地、だな。渦潮を発生させてる元凶だろう」
ライルには分かる。この水晶体が、水晶体が起動している術式こそが、渦潮を発生させて、魔獣を錯乱させている元凶の正体だと。
同時に、ライルが同調したのは渦潮などではなく、この水晶体そのものであると。
(ぐっ……)
それに気づいた途端、腹の奥が強く脈動した。まるで立ち止まるなと言っているかのように。
「だ、大丈夫ですか!」
「……大丈夫だ。それより、一旦アインに連絡しないと」
仮に術式を止めるのなら、アインの知識と技術が必要になる。ライルは水晶体に近寄りながら取り出した通信機を耳に当てた。だが、通信機は一向に通話に移ることはなく、エラーが表示される。
「圏外か……? 仕方な」
(なんだ、あれ)
通信機をしまったところで、水晶体のちょうど中央部に球状のくぼみを見つけた。見た目では分かりにくいが、そのくぼみから水晶体内部の魔力が垂れ流し続けているのを感じるが、分かるのはそこまでだ。
「ストラス。お前は通信ができるところまで戻って、アインを呼んで――」
棒立ちになっていたミレイユに指示を出すが、彼女は反応を示さずに呆然としていた。朱色の瞳が見ているのは回廊側で、何かあったのかとライルもそちらを見て、
「……そういうことか」
悠然と歩いて来る一人の男を見つけて、ミレイユの前に立って長剣の柄に右手を置いた。やがてその男が最奥の間に入って来ると、水晶体を下から見上げて満足げに鼻を鳴らす。
「ご苦労、シュナイザー君。やはり守護者のエースなだけはある。君の能力には脱帽するよ」
「……どうも。お供を連れずにこんなところまで見回りですか、マルクス・スエード中将」
「ふっ、クク……」
早々に長剣を抜いたライルの挑発に、マルクスは肩を震わせて笑った。興奮の極まった心情を物語るように、笑い声は徐々に高ぶっていく。
「あぁ、見回りだとも! これから王国軍の傘下……いや、我が手に入る力は、丁寧に扱わないとね」
「……これを我が手に、ねぇ。その口振りだとこれが何なのか分かっているようですが、正気ですか」
「正気も正気さ。君も分かっているだろう! それは渦潮を発生させる程度の代物ではない。セオリツ湾を、この広大な全海洋すら手中に収めんとする力だ。何年も何年も切望して、一度は諦めたが、ようやく辿り着いたんだ。君には本当に感謝しているよ」
恍惚とした表情で水晶体を抱くように両手を大きく広げている。しかも、感謝の言葉は本心だ。冗談でも、煽りですらない。
そして、誇大妄想でもないのだ。ライル自身も、ライルの意志に従って渦潮を切り開く手伝いを行った時点で気付いていた。
「海の水を操るのが、こいつの役割。渦潮はその一片に過ぎないわけだ」
「その通りだとも! その力があれば、如何なる外敵に対抗できるどころか、滅ぼすことだって自由自在だ」
「……それがアンタの目的なのか? この力を使って、何かを滅ぼすのが?」
「無論、無差別テロを起こすつもりなどはない。一端の軍人なのでね。……だが、このトルクエニドは危機的状況に置かれていると思わないかい?」
意気揚々と語っていたマルクスが突然語尾を潜めて語りかけてきた。




