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第2章 守護者の使命 15


翌朝、昨日とは裏腹に重い雲が空を閉ざす重苦しい景色の下、ライル達は荒れた海をジェストの運転する小型船で突っ切っていた。やがて昨日と同じ、渦潮の前に来ると孤島に船の先端を向けて停止する。


「これでいいのか?」

「ああ。じゃあ、アイン、手伝ってくれ」

「ラジャー!」


昨日とは裏腹に事前に酔い止め薬を飲んだアインが、元気いっぱいにライルの左手を握った。ライルはそれを確認すると、右手で長剣を抜き払い、船縁で屈んで剣先を海に突き入れる。


「アドラス起動【スクリームセイバー】」


まず唱えたのは、渦を発生させる斬撃の術式。渦潮に対抗するには物足りないが、足がかりにはなる。


「エウレス発動【マナグロウス】」


そこにアインが強化魔法を唱えた。対象を増強する魔力がライルに伝わり、長剣に流れてライルの精製した渦に広がっていく。渦は赤々とした光芒を纏って拡大すると、渦潮を交わり始めた。

互いに衝突しながらもやがて結びついて、1つの渦潮となってライルと同調する。ここまでは昨日と同じだ。


「アドラス起動」


ここから道を切り開く。渦潮の全てとはいかないが、大量の水を支配下に置いて、その全てを長剣の一振りに連動させる。


「【コキュートス】!」


ライルは海面に突き立てていた長剣を一息に斬り上げた。長剣の軌道に海水が集約して形成した特大の斬撃が一直線に放たれて、眼前に広がる渦潮を両断する。


(切り開け!)


渦潮と同調したライルによるダメ押しも加わり、渦潮の群生地の間に一筋の道が出来あがった。両側は荒れたままにも拘らず、その一本道だけが孤島目掛けて静寂を保っている。


「す、すごい……」

「ジェストさん。気をつけて進んでくれ。道から外れたら、渦に巻き込まれかねない」

「お、おう」


出来栄えに感服するのもそこそこに、小型船を発進させた。安全運転ながらジェストさんの腕もあり、程なくして道を踏破すると、孤島の海岸付近に小型船を停泊する。


「ほんとに着いちまった……。ここのその、遺跡ってのがあるんだな?」

「そのはずだ。島の中心から気配というのか。とにかく通ってきてるのを感じる」

「そうなのか……船をつけられるのはここまでだ。悪いが、陸地には降りて向かってくれ。膝高くらだが、波はないから大丈夫だろ」

「ああ、ありがとう。行けるな、ストラス」

「はいっ!」


可能な限り岸に近づけてくれたジェストに礼を言いつつ、ライルとミレイユは降りる準備を済ませた。必要最低限の装備を持って、船縁に立つ。


「アイン、バックアップは頼んだ。もしくは全く問題がなければ呼ぶからそのつもりでいてくれ」

「はいはい、まったくもう。行く気満々だったのに」

「す、すみません。わがまま聞いてもらっちゃって」


口を尖らせたアインに、ミレイユが思いっきり頭を下げる。船の操縦に必要なジェストと、もう一人をいざという時のバックアップに残す運びになったが、先導に必要なライルが候補から外れて、ミレイユが調査を熱望したこともあり、アインが残ることになったのだった。


「まあ、いいよ。守護者の任務なわけだから。しっかりね」

「……はい」

「それにほんと気をつけて。なんだか嫌な予感もするし……」

「分かってる。じゃあ、行ってくる」


小型船を降りたライルとミレイユは、ライルの感覚に従って島の中心に向かった。島の大きさは小さく、小一時間で一周できる程度のため、中心にはすぐ辿り着いた。足を止めて周囲を見回したライルは、一点の地面に目標を定めてコインを放る。


「アドラス発動【インパクトドラム】」


コインを媒体に打ち鳴らした衝撃波が土や枯れ葉を蹴散らすと、明らかに人工物と思しき鉄の扉が現われた。


「わっ、凄い、よくわかりましたね!」

「ここから気配があったからな。ほら、手伝え」


鉄の扉を二人掛かりで持ち上げると、細い縦長の通行口と梯子が出てきた。奥は薄暗く、底が見えない。


「アドラス発動【トーチ】」


ライルが発光させたコインを通り道に放り投げると、一秒もしない内に落下音が響く。発光したコインだけは模様まで見えるため、深さはないのだろう。


「俺が先行する。後からついて来い」

「承知しました……!」


梯子を下りて着地すると、一寸先も見えない真っ暗な空間だった。心もとない明かりを放つコインを回収して、代わりに鞄から取り出した魔導札に魔力を注入する。


「エウレス発動【フラッシュカーテン】」


魔導札から発動したのはライルとミレイユを囲んで発行する光の布。周囲はもちろんのこと、光は薄く拡散してその場所を照らし出す。


「わ……す、すごい」


ミレイユが呆気に取られて呟いた。その空間は岩を鉄で補強して形成した大空洞になっており、人工的な気配が感じられる。そして、ライル達が立っているのは大空洞の最上段であり、円柱状の空洞を見下ろすが、やはり暗闇に包まれて底が見通せない。

分かるのは、冷たい湿った空気と、濃度の高い水の魔力が立ち登ってきていることだけだ。


「【トーチ】」


再び発光させたコインを大空洞に投げ落とすが、コインの光は途中で消失し、か細い落下音が聞こえたのは5秒もした後のこと。


「結構深いな……」

「えっと……音が聞こえたのが5秒後だから、底までは……大体百メルトちょっとかと!」

「そのくらいで済んでよかったって言うべきだろうな。降りるには……螺旋階段をグルっと回っていく感じか」


大空洞を取り囲む岩壁に沿って階段が延々と続いている。一歩踏み出す前からうんざりとしてしまうが、既に歩き始めていたミレイユが、ライルに振り返って手を振り始める。立ち止まっている意味はないと、ライルも階段へと進みだした。



____


しばらく階段を進んでも、未だ底は見えない。大空洞には時折脇道があるのだがほぼ全てが落石で崩壊しており、視覚的な変化が得られないまま、一方でより濃くなっていく湿度のせいか空気が重くのしかかる。


「ふぅ、降りてるだけなのに大変ですね、これ」

「そうだな……後でアインを連れていくときに文句を言うのが目に浮かぶ」

「ふふふっ、ほんとですね。結局昨日は二人で夜更かししちゃいましたし」

「すんなって言っただろうが」


そんな虚無の時間に耐えかねたのか、ミレイユが雑談の口火を切った。緊張感がないと言いたいところだが、ライル自身も長い下り道に飽きが来ていた。


「昨日アインさんに聞いたんですが、先輩とアインさんって昔からのお付き合いなんですね。通りで息ピッタリだと思いました」

「……まあ、そこまで一緒にいたわけじゃないけどな。気づいたら俺は守護者になって、あいつは魔導監察局に所属していたから」

「へぇ……そういえばライル先輩が守護者になったのってどうしてなんですか」

「成り行きだ。たまたま守護者に助けられて、たまたま手伝ってたら、気づけばこの有様だ」

「そうなんですか……じゃあ、その方はライル先輩が守護者に向いてるって見抜いていたんですね!」

「……向いてるわけねぇだろ、俺が」


先日あれだけ扱き下ろしたにもかかわらず、どういうわけかミレイユの評価は高いままだ。思わず顔が引きつってしまうが、ミレイユ本人は物知り顔でうんうん頷いている。


「はぁ、それを言うならお前の方が向いてるだろ。戦闘もそこそこいけて、人当たりも良い。頭も悪くないし、何より前向きなのは――」

「ラ、ライル先輩⁉ どうしたんですが、突然人が変わったみたいに⁉ それにどうせ褒めるなら、もう少し良いムードの時がいいというか」

「褒めた時間を返せ」


たまに褒めたと思えば、目を丸くした上に、口元に両手を当てて戦慄いていた。そんなぞんざいな態度にライルは悪態を吐き捨てる。


「――でも、そんな風に褒めてくれるなんて思っていませんでした。えへへ、ありがとうございます」


前を歩くライルに対して、ミレイユは心の底から告げた。


「……ストラ」

「あっ、ライル先輩! 一番下が見えてきましたよ! もう少しです!」


階段から身を乗り出して底を指さすミレイユの言う通り、【フラッシュカーテン】の光が底を照らし始めていた。さらに、底を照らす光がもう一つ。階段を降り切った広間の壁の一角に、淡い水色の光がこぼれる通路があった。

ライルの感じる気配と同じ方向にある通路に進むと、大空間の回廊だった。左右や天井はところどころ崩壊しつつも、見事な装飾の彫り込まれた天井や柱が鎮座している。

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