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第2章 守護者の使命 17

唐突な問いかけにライルは閉口していると、マルクスは力強く両拳を握って口を開いた。まるで心の中の怒りを解き放つように。


「現国王は利益に目がくらみ、経済が交易に握られてしまった。その交易に使っているのが、かのグラナド帝国の作り出した大型運搬船。これは内部侵略と同義だ」

 

その主張は昨日ライルが指摘した事実だった。グラナド帝国はかつて幾度もトルクエニドを侵略した国家だ。マルクスの主張が飛躍しているとも思わない。


「このままでは帝国の属国として吸収されてしまうだろう。そんなことを許してはならない。トルクエニドを守るのが、私の務めだ。そのために最適な力を得るのも」

「要は、これでいざって時に抵抗しようってわけだ」

「そうだとも。では、退いてくれるか。ここを見つけた時点で、君は用済みだ」


そうして、マルクスはライルに冷たい視線を突き立てながら一歩進んだ。自らの道に障害がないと確信しているように。


「……それが答えかい?」

「ええ。一トルクエニド国民としては賛同できる部分もあるが、そんな大層な力を振ってもロクな結果にならないと思うんで。それに、帝国の侵略を食い止めてきた第一人者が随分自信がないんですね」

「……時代が変わったということ。大型魔動運搬船のようなものを持ち出されると、白兵戦では手の打ちようがないのでね」


足を止めたマルクスの視線がさらに鋭さを増す。ライルを完全に外敵と認定しているのだろう。腰に携えた長剣に右手が触れる。


「……ストラス。お前は後ろにいろ。父親と戦いたくないだろ」

「ライル先輩……」


後ろのミレイユに投げかけながら、長剣を正眼に構える。マルクス・スエードは剣術の達人としても名をはせている。一人では厳しいだろうが、新米の心を守るのも守護者の務めの一環だろう。ライルは深呼吸を済ませて、マルクスを迎え撃つ。


「――ごめんなさい」


戦闘の口火を切ったのは、微弱な雷を帯びた1つの刃だった。ライルの腹を貫いた鋼の刃の先端から、血が滴り落ちる。


「……は」


わけが分からないままに、刃が抜かれて床に崩れ落ちる。身を引き裂かれた痛みが思考を鈍らせて、細まった視界の中でミレイユの手は薙刀から流れる血に染まっていた。


「いつから……」

「最初からさ! ミレイユはこの瞬間のために守護者に加入したんだ。魔獣の被害という都合のいい題目を使って、君にこの地を探させるために」

「……なんで、俺を……」


痛みを堪えて起き上がろうとした瞬間に、マルクスの右足がライルの腹を踏み抜いた。さらに苦悶の声を漏らすライルに、マルクスは嬉々として告げる。

 

「君じゃなければ、辿り着けないからさ。《ゴーリェ・グラード》に選ばれた君だけが導かれる。それ以上の説明は不要だろう?」


そして、ライルの右手右足に一太刀ずつ入れて自由を奪ったマルクスは、左手でライルの襟を掴んで持ち上げた。目を見開いて笑うマルクスの脇で、ミレイユは目を瞑っているのが見える。


(こいつ……)

「そうそう、君は用済みと言ったが、それは少し語弊があってね。正確に言えば、魔動核を返してもらえば、だ。アドラス発動【インロジェンド】」


鈍色の魔力を纏った右腕を、マルクスはひと思いにライルの腹に突っ込んだ。実体には侵入していないのか痛みこそないが、体の内側を無遠慮にまさぐられる不快感が波打つ。


「ぐ、うぅ……」

「おっと、これだ」


しばらくまさぐっていたマルクスはようやく目当てのものを見つけたのか、グッと掴んで引き抜いた。身体の奥底に居座っていた何かが突如失われた不快感に吐きそうになるのを堪えて、マルクスの右手を見やる。


(あれが、魔導核……?)

「聞いていた通りだ。心臓のように拍動する水晶。今にもこちらを支配しそうな意志と、深淵にも似た底知れない魔力。これが、《ゴーリェ・グラード》の魔動核……!」


恍惚とした様子で右手の水晶に目を奪われていたマルクスは、用済みとばかりにその場にライルを落とした。すかさずミレイユがライルの体を支えて、立ち尽くす。


「お前……」

「ごめんなさい。……私が護るには、こうするしかないんです」


決心と後悔に満ちているのが、声音と、ライルと目を合わせようとしない姿から見て取れた。


(いや、それよりも……!)

「待て、マルクス・スエード! それでどうするつもりだ!」


力を振り絞って叫べば、ふらふらと最奥の巨大水晶体に近づいていたマルクスが振り返った。


「決まっている。力を示すのさ」

「それをさっさと捨てろ! どう見てもロクな代物じゃ」

「知っているとも。魔法で防御していなければあっという間に呑み込まれてしまう異物だ。これを抱えて生きていたなんて、感服するよ」


マルクスが右手で握る魔動核からは、様々な感情が魔力に乗って伝わって来る。怒りと憎しみと、絶望と、何より何かを害そうとする決意が。


「その意味では、君は徹底的に消しておくべきかもしれない。デモンストレーションを兼ねて、糧にしてやろう」


それを上回る狂気をマルクスの笑みから感じた。魔動核が淡い水色の光を放ち、どこからともなくあふれ出た水がライルを叩き潰さんと押し寄せる。


「エウレス発動【ブラスト】!」


とっさに唱えた爆風でミレイユを吹き飛ばしながら、ライルも離脱を試みるが途中で波に吞み込まれた。抵抗の間もなく押し流され、次に見えたのは遺跡の外観と、遺跡の周囲に立ち登る渦潮の数々。

遺跡の外の海まで流されたと理解した頃には、肺から押し出された空気が海面に運ばれていく。


(……たの、む)


ライルは右手を上に伸ばして、意識を手放した。






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