第2章 守護者の使命 12
「大型魔動運搬船は3年前にグラナド帝国より寄贈されて以来、広大なセオリツ湾を挟んで位置する極東諸国との交易の架け橋になっています。その利益はトルクエニド王国の国益の大半を占めており、帝国と造船の計画を進めている~~」
タラップを登って乗船するなり、船長はペラペラと得意げに説明をし始めた。その視線はミレイユだけに向いており、下心が見て取れる。
「アイン、手筈通りに観測を頼んだ」
「りょーかい。思ったより人もいるけど、近づければ何とかなるよ」
アインの言う通り、先ほどの小型船の何十倍もある甲板を見回すと、乗組員の多くがせわしなく動き回っている。程なくして夕方を迎える時間帯、明日の出向の準備に追われているのだろう。そのおかげでライル達を窺う者は皆無だ。
「おっと、失礼。それで、調べものがあるとのことですが、お嬢さんは何をお調べに?」
「そ、その……」
ちらりとミレイユが見てきたが、ライルは頷いて答えた。下打ち合わせは既に済ませているのだから、自分でやれと。
「その、運搬船では解析魔法を使用していますか?」
「え? ええ、もちろん。安全な運航には、事前に海流や地形の察知が必要ですので。近頃は忌々しい渦潮もありますし」
「その運搬船で使用している解析魔法を調べたいんです! もしかするととんでもないことになってるかもしれなくて!」
「は、はぁ……いいですが」
食い気味に要求するミレイユに、船長は呆気に取られたようだった。ミレイユの言葉が想像していたものとかけ離れていたのだろう。
(それに、この反応。解析魔法を調べられるのを忌避してないな……)
「ささ、こちらです!」
咳払いと共にごますりの調子に戻った船長が手で運搬船の内部に招いた。その案内に従って進んでいくと運搬船の下階と下って、配線や動力機構の広がる道を進んでいく。
「解析魔法の機構は下階先頭の機関室で管理しています。正直パッと見て分かるもんでもないですが……」
そう言いながら船長は重い鉄扉を開けて、機関室にライル達を招き入れた。その内部には複数の大型モニターが壁面を埋めており、船体の状況が事細かに表示されている。船長はその大量のモニターの中の一か所に案内した。
「こちらが解析魔法の状況を表示したものです。これでよいですかな?」
「えっと……」
モニターに表示されているのは、船体を中心に円形に線の書かれたマップだ。イオタ村にある最新の漁船と同じ、周囲の障害物などを表示する機構だろう。これで良かったのかと、困った顔で助けを求めたミレイユに小さくため息を吐く。
「すみませんが、これではありません。見たいのは、実際に解析魔法を放っている魔動機構です」
「……多分、そっちの扉が動力室でしょ。さらにその奥から放っているようですけど、違います?」
ライルに続いて、位置まで指さしたアインを前に船長が閉口した。その沈黙が正解だと言わんばかりに、船長はハンカチを取り出して冷や汗を拭う。
「い、いやいやダメに決まっている! 魔動機構室なんて、閲覧許可が出てるのは船長クラスだけで」
「お願いします! もしかすると運搬船の解析魔法のせいで、漁師の皆さんが苦しんでるかもしれないんです!」
「は、はぁ? そんなことを言われたって」
「お願いします!」
「勘弁してください。私の権限だけじゃ」
「ち、父には上手くいっておきます! お願いします!」
渋っていた船長だったが、頭を下げてまでお願いするミレイユに肩を落とした。観念したとばかりのため息まで加わり、動力室に向かって歩き出す。
「……お願いしますね? 私もようやくここまで登りつけたんですから」
「はいっ! ありがとうございます!」
念押しした船長は動力室の扉の前で早くも後悔しているようで、盛大なため息を放った。それから左手を鉄の扉に押し付けてなにやら呟くと、扉に魔道術式が走って独りでに開けられる。
「動力室の扉の鍵は登録した一部の軍人しか開けられません。出ることも出来ませんので、勝手な行動は慎んで下さい」
「は、はい!」
忠告をしながら船長は動力源となる魔石の貯蔵庫や、魔石から魔力を抽出する動力炉の間を進んでいく。物珍しい光景を視線を右往左往しながら付いていくと、再び鉄の扉が現れた。そちらは鍵がかかっていないのか、力任せに開けて入ると、正面にあったのは等身大もある球体のはまった台座が1つ。そこから無数の管が伸びて壁に接合している他、魔動機構室は高密度な魔力で満ちていた。
「えっと、これで良いので? 正直、これだけじゃ何も分からないと思いますが」
「ええ。十分です。どうだ、アイン?」
船長の言葉通り、この魔動機構室の風貌だけでは何も分からないのは事実。だが、こちらには魔導に長けたアインがいる。機構室の隅々まで見たアインは、呆気に取られながらも呟くように答えた。
「……うん。間違いない。錬磨系統魔法の技術を使った解析魔法が組み込まれてる。しかも規模は海底に届かせるのも余裕だよ」
「ほ、本当に……これが原因なんですか⁉︎」
「うん、渦潮を増やしている原因」
念押しとばかりに確認をしたミレイユは、台座と球体を見て息を呑んだ。こんなものがセオリツ湾に悪影響を及ぼしていると、一見して信じられないのは分かる。だが、そうと決まれば黙って見ている場合ではない。
「ガース船長。単刀直入に言います。運搬船の解析魔法を止めてください。いや、弱めるだけでもいい。手を入れてください」
「……そんなことは出来ない、と言いたいところですが、どうやら事情がある様子だ。まずは話を聞きましょう」
ライルの要求に船長は激高することもなく、冷静に受け止めた。先ほどまでごますりをしていたとは思えないほど真剣な面持ちで、ライルとミレイユを見つめる彼に、解析魔法が渦潮を発生させる間接的な原因であること。そして、その魔法の発生源の条件に当てはまるのが大型魔動運搬船であることを明かした。
「なるほど……にわかには信じがたい内容ですが……うぅむ、確かに走行中に渦潮が突然発生した経験はあります。その理由も説明がつくように思う。それに、事実として国民の生活が脅かされているのであれば……」
ライル達の推測に理解を示した船長は、口ごもりつつも思考を明かしていく。想像より話の分かる相手だが、何か堪えるように下唇を噛み締めている。
「このままじゃ漁師の皆さんの命が危ないんです! それに、渦潮が拡大したらいずれ運搬船だって無事じゃないかもしれません! 何とか、お願いします!」
「それは……しかし」
「無理だとはっきり言うといい。それが事実なのだから」
その声は、来た道から聞こえてきた。ライル達全員が振り返った視線の先、開きっぱなしだった扉の奥から、マルクスが付き人を連れて近づいて来る。
「お、お父さん」
「ミレイユ。どうやら目的地まで到達したようだが、話が違うようだ。調査をしたいと聞いていたが、運搬船の機構の一つを止めろとは、どのような了見だ?」
物腰の落ち着いた声音ながら有無を言わせない圧力に、ミレイユは息を呑んで口を閉ざした。




