第2章 守護者の使命 11
船上での魔獣との戦闘は苛烈を極めた。漁の道具は撤去されたとはいえ、常に揺れて狭い小型船という足場に、四方八方から好戦的な魔獣が押し寄せる。攻撃系や防御系の魔法を併用しながら、魔獣を斬って斬って斬って斬り捨てる。
「アドラス起動【アイゼンシールド】」
左手で弾き飛ばしたコインの魔力を使用して、空中に鉄の障壁を形成した。ミレイユの胴体に伸ばされたクラーレ種の触手を阻んで、触手が帯びた電撃を散らせる。
「ありがとうございます! ライル先輩!」
「礼は良い。気を抜くなよ!」
「はいっ!」
威勢よく返事をするミレイユの薙刀捌きには躊躇いがない。前掛かりすぎて、自分の身の安全がそっちのけになっているのはさておき。
(それを言うならこいつらの方がよっぽどだけど)
魔獣の知能指数は人間と比べれば低いと言われている。それでも、同種の血の匂いを嗅ぎ取れば身を守るのが常だ。だが、今船を取り囲んでいる魔獣にはそれがない。多少の策を練ることもなく、無鉄砲に向かってくる。
(近くにいる何かに突撃するようにでもなってるのか。それにしては……)
「ライル! 行くよー!」
「ああ、やれ」
思案しかけたところで背後のアインが告げた。アインは左手も上空に掲げると両手の先から赤い光が零れ落ちて、彼女の等身ほどのある刃を持った大鎌が現れてアインの両手に収まった。
「ひえっ……⁉︎」
それをちらっと見やったミレイユからか細い悲鳴が上がるのも、楽しそうに笑ったアインは大声を張り上げる。
「エウレス発動【マインドスキャン】」
唱えたアインと、その手の大鎌を起点に、赤赤とした波動が拡散した。ライル達や船に阻まれることなく、辺りの魔獣全てを通過したところで、ライルがジェストに合図を出す。
「ジェストさん! 全速力で突破しろ!」
「お……おう! 任せろ!」
呆気にとられる間も与えずに、急加速した小型船が強引に魔獣の包囲を走り抜けた。大半は引き離すことに成功したが、船頭側にいたオクト種が船体にへばりついていたのを見つけ、ライルはそれら全てを斬り落とす。
「このまま陸地に向かっていいんだよな」
「そうしてくれ!」
この後の進路はジェストに任せ、ライルは刀身をふき取った長剣を鞘に納めた。それから船縁にぐったり寄りかかるアインの傍に向かう。
「ライル先輩今のは……」
「精神鑑定魔法だ。そんじょそこらの使い手じゃ頭の浅いところで考えてることを読み取るので精いっぱいだが、その魔導武器の補助を得たアインなら深層心理みたいな深いところまで読み取れる」
「へ、えええっ!」
ミレイユはと言えば、よほど脳内を読み取られたくないのか、思いっきり自分の体を抱えて後ずさりをしている。
「ふっふっふ~。そうそう、ミレイユちゃんの頭の中なんていつでも除き放題なんだから」
「な、何卒やめてもらえると!」
「心配すんな。悪用した時点で魔導監察局員としても処罰対象だし、守護者としても警戒対象になるんだからな」
「わかってます~。もう、冗談通じないんだから」
疲労困憊な様子ながら、呑気に不満を表すアインに肩を落とす。だが軽口を叩く余裕があるということは、成功を意味している。
「それで、どうだった?」
「おっほん、分かったのは2つ! まずはライルの言っていた可能性2つの内、あの魔獣達は1匹残らず②の方だ」
「②、というと……渦潮を起こしている何かがあって、その影響を魔獣も受けている。でしたか……!」
渦潮の調査を始める前にライルの語った、魔獣が漁師を襲うようになった可能性。それをミレイユが思い出すと、アインは大きく頷いた。
「で、どんな影響を受けてるかっていうと、錯乱状態っていうのかな。はっきり言うと、相手の命を奪うのを何より優先するような命知らずになってるんだ」
「なるほど、錯乱か……。てっきり海底に近づかせないための従属状態かと思ったが」
「それもありそう。多分渦潮の役目はそれだし。ただ、魔獣に限っては発見した人間を狙っているのは確か。これが分かったことだよ」
アインの鑑定結果を聞いて、ライルは先ほどの戦いの理由が腑に落ちた。一方で、眉をひそめたミレイユは一人首を傾げる。
「えっと、結局遺跡のせいで漁師の皆さんを襲っているんですよね。やっぱり遺跡に行って調査しないといけないのでは」
「根本原因はそうだが、さっきの状況を顧みると、魔獣の錯乱は渦潮の発生をトリガーに強まったと考えられる。なら、まずは渦潮の発生を止めるだけでも効果はあるはずだ」
「そ、そうですか……」
「めっちゃ遺跡に行きたそうだねぇ」
よほど遺跡を見てみたいのか、ミレイユは少し残念そうな空気を発した。根本を断ちたい気持ちはライルも分からないでもない。ただ、ライルは広げた右手を見下ろして首を横に振る。
「運搬船の解析魔法を止められれば、被害は抑えられる可能性がある。遺跡はその後、調べればいい。違うか?」
「そう、ですよね!」
「頼むぞ。運搬船に潜り込めるとしたらお前次第だからな」
「……はい!」
好奇心をぐっと堪えたミレイユは、胸元から小型通信機を取り出した。
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「ダメに決まっているだろう! 部外者が入り込むなど!」
イオタ村から魔動車で海都に戻ったライル達は、その足で停泊中の大型魔導運搬船に向かった。その乗降口の番をしていた軍人に乗船をお願いしたところ、検討を一切挟まずに拒否された。
ただ、その応対は織り込み済みである。ライルはミレイユにアイコンタクトで合図をすると、彼女は通信機の画面を軍人に見せつけた。
「何を――って、スエード中将閣下⁉︎」
『やあ、コーディ一等兵。運搬船の乗降管理ご苦労』
画面に映っているのは、ミレイユの父であるマルクス・スエード中将。コーディと呼ばれた軍人はその顔を見た瞬間に、背筋の通った敬礼を見せつける。
『さて、1つお願いがあるのだが、良いだろうか』
「は、ははっ!」
『通信機を持っている彼女はここだけの話、私の一人娘なんだ。運搬船について知りたいことがあるようでね。私とは立場が違うが、父親として手を貸したいと思っている』
「そ、それは、じょ、乗船を認めろ、ということでしょうか!」
マルクスの要求を悟った軍人が、途端に緊張した声音で恐る恐る尋ねた。
『端的に言えばそうだ。無論、これは命令ではなく個人的なお願いに過ぎない。許可をもらえるだろうか』
「しかし、守護者の乗船を認めるというのは……!」
『コーディ一等兵。私はね。例え上司の意向を前にしても、熱心に業務を遂行する君を非常に評価している。だが、私が求めるのは忠誠心と臨機応変さを兼ね備えた人材だ。ーー君には期待しているのだよ』
「中将閣下……!」
ライルからすれば脅しにも聞こえる言葉だが、一介の一等兵は大きく目を見開いて、期待と喜びに満ちた表情を浮かべた。
「少々お待ちください! 船長に確認いたします!」
そして軍人は素早く取り出した通信機を耳に当てた。しばらく早口で会話を続けていると、中年の男性軍人がタラップから駆け下りてきた。
「こ! これはこれはスエード中将閣下! お嬢さんを船に乗せたいとか!」
『そうだとも。ガース船長。彼女らは守護者の立場だが、少々調べたいことがあるようでね。協力してもらえると助かる』
「もちろんですとも! ささ、こちらへ!」
「……すごー」
あっさりと快諾した船長は、大歓迎とばかりにタラップへとミレイユを誘導していく。ライルとアインが関心してついていく先頭で、ミレイユは画面を自分に向けた。
「……ありがとう、お父さん」
『なに、容易いことさ。私もそちらに合流するが、しっかり勉強しなさい。大型魔導運搬船がどういうものかを』
親子の会話を終えてミレイユが通信機をしまった直後、後ろから小さい舌打ちが聞こえた。後方にはコーディ一等兵以外はいない。
(……ほんと、嫌われてるもんだ)




