第2章 守護者の使命 13
ミレイユの代わりにと、ライルが経緯を明かそうとすると、マルクスはそれを視線で制した。
「結構だ、ライル・シュナイダー。距離はあったが、聞こえてきたのでね」
「……では、それを踏まえても無理だというわけですか」
「その通りだ。とはいえ、それだけでは君は納得しないだろう。理由を説明するのならまず1つ、大前提だ」
ライルに調子を握らせず、マルクスは立てた人差し指を見せつける。
「魔動運搬船の機構や仕様を設定したのは、製造したグラナド帝国だ。我々はこの壮大な機構を制御する技術は持ち合わせていない。定期的に帝国から来訪するエンジニア頼りなのだよ。そこの魔導監察局所属の彼女であれば、それが分かるだろう?」
「……うん、確かにあたしは元より、トルクエニドの技術力じゃ手を入れるなんて出来なさそう」
「そうか……」
アインの賛同を聞いて、よほど高度な技術が詰め込まれているのだと思い知る。そして、もう一つ。名乗っていないアインの所属を事もなげに知っていた調査力も。
「つまり解析魔法を解除は、グラナド帝国の沙汰次第となる。その時点で無理だと、思わないかね?」
「……さぁ、国同士の交渉事は俺達にはわかりません。少なくともトルクエニド王国軍に技術力がないことは分かりました」
「ふっ……では2つ目だ。仮に技術力があったとしても、トルクエニド王国政府は解析魔法の強弱の調整には賛同しないだろう」
中指を悠然と立てたマルクスは仮定の話まで持ち出した。
「魔動運搬船の航海の安全性は解析魔法に頼っている。いかに強弱と言えどそれを変えようとすれば、安全性に差し障る可能性がある。そもそもセオリツ湾は渦潮が名物だ。より広範囲の索敵が必要なのだから」
「でもそれで別の安全が脅かされてるんだから」
「話は最後まで聞くことだ。アイン・クレツレスコ。その安全性を再確認して、全5隻ある運搬船全てを変更し、再び運航計画を見直す。全てが完了するまでに1月はかかることだろう。その間の機会損失は誰が負担するというんだ?」
マルクスからもたらされたのは、守護者として最も優先順位の低い金の話だった。だが、それ故においそれと否定は出来ない。優先順位は低くとも運搬船によって経済が潤ったのは理解している。
「そ、そんなの言ってる場合⁉︎ 同じお金の話なら、それで水産業がダメージ受けたら国益に差し障るのは同じでしょ!」
「残念ながら、今や交易と水産では利益に大きな隔たりがあるんだ。個人として協力するのはやぶさかではないが、今の王国政府ではね」
アインの反論も理路整然と一蹴されてしまう。マルクス自身からも諦念を感じるものの、今この場で説得できる材料はない。だがーー
「以上により、君達の要求は諦めることだ。それ以前に、因果の紡ぎ方も憶測レベルではね。まあ、渦潮を止めるのなら別の方法を考えると良い」
「……ええ、そうさせてもらいますが、随分と帝国を信用しているんですね。貸し出された運搬船に、王国の未来を預けてしまうほどに」
ピクリと、マルクスの眉間に皺が寄った。嫌悪感を帯びた視線がライルを突き刺したのは一瞬。マルクスの口元には笑みが浮かぶ。
「ガース船長。我が娘は下船するようだ。案内してやってくれ」
「承知しました! お嬢さん、こちらへ」
「あ……は、はい。……お父さん、とりあえずありがとう」
船長の案内でやや強引に連れ出されたライル達。鉄の扉が閉まる僅かな隙間から最後に見えたのは、魔動機構を見つめるマルクスの背中だった。
____
「以上が今日の報告です」
「なるほどね。まずはアイン、協力感謝するわ。それからミレイユも、活躍だったそうね」
「い、いえ! 私は結局何も……!」
大型魔動運搬船を降りたライル達は、日が落ちかけていたこともあり、今日の調査を終えて守護者ギルドの支部に戻っていた。そして、支部長であるカエラに報告を済ませて、今に至る。
「まー、朝飯前って感じだーけーど~。くぅ~、せっかくあそこまで行ったのにぃ!」
カエラの感謝に対して、ソファで焼き菓子片手に寛いでいたアインが悔しさに身を震わせた。
「仕方ないだろ。あの場で押し通す手立てもなかったんだ。金も含めて守護者が責任持つからやれ、なんて言えないし。お前だって手を入れるのは無理だって言ってただろ」
「仕方ないじゃん! アドラスは専門じゃないし、あの魔動術式だって生半可なものじゃないんだよ」
「そこまでにしときなさい。私がそこにいても引き下がる以外の選択肢はなかったでしょうから」
半ば言い争いに発展しかけたライルとアインの間にカエラが入って鎮めた。結局理想通りとはならなかったのは最早やむを得ず、ライルとアインは揃って焼き菓子をほおばって発散する。
「や、でも王国軍があそこまで非協力的とは……」
「今の国王になってから顕著よねぇ。利益最優先で、それこそ帝国から最新の運搬船を融通してもらったり。毎年高い貸付料を払っていると聞くけれど」
「それで国民の安全が脅かされてんじゃ、本末転倒っていうか。ライルも守護者ならもっと反論すべきだったんじゃないの」
「まだ言うか。堂々と技術力がないって言い張った連中相手に粘っても、即効性もない。正確性もない。期待するだけ無駄だろ」
マルクスの主張は納得出来つつも、想定外な点が多かったのも事実。特に国益を左右する運搬船の
主要機構を全て他国に依存しているのは、普通に考えればあり得ないだろう。
「まぁ、そうだよね~。ミレイユちゃんのお父さんって聞いたから、熱血寄りかと思ったんだけどさ」
「す、すみません……。父は前からクレバーで」
「あ、ううん! 責めてるわけじゃなくて、ただの感想というか」
正面に座っていたミレイユがおずおずと頭を下げる。それに慌てて取りなしたアインは、隣に座ったライルにこそっと耳打ちした。
「な、なんかあったのかな。ミレイユちゃん、お父さんと対面してから元気ないけど」
そう尋ねられて思い出すのは、『変わっちゃったのは――私のせいなんです』というミレイユの言葉。詳細は分からないが、おそらく母親の関係で何かあったのだろうと、想像は出来る。
「……まあ、色々あんだろ。特殊な立場だしな」
「ふぅん……そうだよねぇ。お父さんが、あのマルクス・スエードなんて普通じゃないし」
アインは知らないが、それに加えて母親は元守護者のエースというハイブリットだ。
(……そういや、こいつ。王国軍って選択肢もあっただろうに、守護者を選んだんだな)
ふと、そんな疑問が胸に沸いた。コーヒーで潤った口はわざわざ問いかけることもないが、亡くなった母親と同じ職業を選ぶ上で、反対とかされなかったのかとぼんやり思う。
「……ミレイユ。どうかしたのかしら? 考え込んでるようだけど」
「あっ、いえ、何と言うか……話のも洒落になってないことなんですが……」
ちらっとライルを見やったミレイユが、迷いながらぼそぼそと呟いた。ライルは特段それを妨げるつもりはなく、コーヒーを啜る。
「その、大型魔動運搬船の性能を決めているのは、グラナド帝国ですよね。それで、その運搬船が渦潮が発生している原因になってる。そうしたら、もしかして帝国はわざと渦潮を引き起こすような性能にしたのかな、って」
思わずせき込みかけたのをライルは堪えた。本当に洒落になっていない。




