第2章 守護者の使命 8
「じゃあ、ライル手伝って」
「……いらないだろ。魔法はお前の方が断然得意だろ」
「それは自然系統魔法の方でしょ! 錬磨系統魔法はあたし苦手なんだから」
「それでも俺より得意じゃないか。……仕方ないな」
頼んでいる手前もあり、ライルは渋々アインの魔導札を受け取って魔力を注入する。アインはというと、そちらも持参のリュックから取り出した魔導札の束を両手で挟んで、魔力を注入し始めた。取り残されたミレイユはジェストと互いに目を合わせてから、不思議そうに問いかける。
「えっと、すみません、ついていけなくて。魔素の観測で一度調べたんですよね。もっと詳しく調べるってことですか?」
「んーん。正確に言うと、方法を変えるんだ」
「……方法を?」
ミレイユが意味を理解できずに単語を復唱すると、アインはこくりと頷いた。2つ目の魔導札の束を船のデッキの上に置くと、3つ目の束を取り出して同様に魔力注入を始めながら、ミレイユに血色の瞳を向けた。
「ミレイユちゃんはさ。もちろん、自然系統魔法と錬磨系統魔法は分かるよね」
「は、はいっ。具体的にはあまりですが、魔法には2系統あってそれぞれ特徴があると」
「そうっ。まずエウレスは大気中の魔素と自分の魔力を結び付けて、火や水といった現象を発動する技術。アドラスは物質を媒体にして、自分の魔力で物質の動きや特性と連動した術式を起動する技術。似て非なる技術なんだ」
自然系統魔法と錬磨系統魔法の説明としては基本的な知識で、聞いたことはあるのかミレイユは頷いて受け答えた。するとアインは指を立てて次を語りだす。
「ここからが重要なんだけど、例えば木々の成長や火山の噴火、雨や落雷といった自然現象から魔獣の生き死にに至るまで広義的にはエレウスに分類されるんだ。大小はあるけど、魔素を使って現象が起きて、また魔素が発散される循環。その中には当然、潮の流れも含まれる」
「ちなみに、魔動車やこの船といった近年開発されている人工物の大半は全てアドラスの技術が活用されている。タイヤやスクリューの動きを制御する術式を起動してるんだ」
「な、なるほど……勉強になります!」
アインのエウレスの説明に対して、ライルがアドラスの説明を付け足すと、ミレイユはポケットからメモ帳を取り出して走り書きをした。その横でジェストが難しい顔で無精髭を撫でる。
「よくわからんが……要はこの渦潮はエウレスってので発生してるってことか」
「そう! それが今までの理論だった。だから、あたし達魔導監察局は魔素の変化を観察してるんだ。でもそれじゃ、今の渦潮の拡大の説明がつかない。魔素には大きな変化がないからね」
「なるほどっ! だから、エウレスじゃなくてアドラスってのが原因になってくるわけだな!」
アインとライルの推測まで理解の行きついたジェストが手の平を拳で打つ。すっきりした顔だが、その横で今度はミレイユが首を傾げた。
「でもアドラスって確か、物体を媒体にしてその動きを拡張したり強化するんですよね。じゃあ、渦潮を発生させるための物体って……」
「まあ、それは先の話だ。まずはエレウスか、アドラスか。はっきりさせよう」
ミレイユの疑問を先送りにしたライルが一息つく。魔力の注入を終えた魔導札の数は十。アインに視線を送り、頷いた彼女と共に魔導札の束を抱えて空を見上げる。
「いっせーので行くよ、ライル」
「ああ、拡散は任せた」
「もちろん! それじゃ、いっせーのっ!」
アインの掛け声と共に二人は魔導札を思いっきり空に放り投げた。続けてアインが両手を上空に伸ばして唱える。
「エウレス発動【エアトラベル】」
空中の魔導札十束の中央に小さな台風が発生した。それが一気に拡散して、魔導札をあっという間に姿形が見えなくなるまで運ばれていく。
「……海にゴミを捨てるもんじゃないんだが」
「ゴミじゃないからっ。使ったら消えるから!」
それを見たジェストの苦言はありつつも、ライルとアインは最後に視線で合図を交わして、同時に唱える。
「「アドラス起動【マナディセント】」」
詠唱一点でいえば、魔獣の痕跡を探した自然系統魔法と同じ。ただし、こちらはアドラスの痕跡のみに絞った模倣版。効力は近しいが、むしろ魔導札をふんだんに投入してる分、格段に性能は向上しているため、生身でも感じるほどの魔力の波が伝播した。
「わぁあ⁉︎ な、何ですか、これ⁉︎」
「心配すんな。ただの発動前の合図だ。来るぞ」
ライルが告げた直後、青い海と、白い渦潮と、青空の光景が一瞬で変化した。海と空は同じまま、唯一変わったのは渦潮は深い紺色に隙間一つ残らず染められる。
一同全員が息を呑む結果の中で、口火を切ったのは渦潮の奥底を覗き込んだライルだった。
「……ここまであからさまなんてな」
結果が示すのは、セオリツ湾の渦潮は海流と島の位置関係による自然現象などではなく、練磨系統魔法の技術で作り上げられたものということだ。
「ほんと、監察の前提条件が覆っちゃうよ」
「ほうほう! …………で、何がどう変わるんだ?」
勘弁してほしいと今になってため息を放つアインを他所に、ジェストが疑問をぶつけた。
「アドラスの技術で作られているってことは、ストラスの言うように作るための媒体が必要になる。分かりやすく言えば……この船は回転するスクリューで水を掻き回してるだろ。それと似た仕組みで海の底から渦を作ってるんじゃないか?」
「この渦潮を⁉︎ そんなばかな、どんだけ巨大なスクリューが必要になるんだ!」
「それに……さっきアドラスの技術は魔動車みたいな人工物に使われてるって言ってました。ってことは、その巨大なスクリューも、魔法も誰か人が組み上げたってことですよね」
「は、はぁあ⁉︎ 冗談だろう⁉︎」
「そんな馬鹿馬鹿しい発想に繋がるから、魔導監察局でもあり得ないって処理されてたんだろうがな……」
ライルとミレイユの考察に信じられないと大声を繰り返すジェスト。だが、それはライルも同じだった。そんな巨大な海底機構など昨日までであれば一蹴していただろう。
その更なる是非を調べるために解析魔法を深めるが、海底まで届かずに魔力の維持が霧散してしまう。
「俺の方はこれ以上無理だ。アインはどうだ?」
「ちょっと待ってて――多分、これだ。海底に何か遺跡みたいなものがある。でも、巨大なスクリューみたいなのはないよ。遺跡そのものから渦が出て来てる感じで……って、みんな何かに捕まって!」
アインが慌てて呼び掛けた直後、船が大きく揺さぶられた。船体が傾き、至る所からギギギと船の軋む音が上がり始める。




