第2章 守護者の使命 7
およそ2時間後ーー
ライル達の眼前には広いセオリツ湾の青色の光景が映っていた。荒れた波を切って進む船の上で、座り込んだミレイユは、海よりも真っ青な顔で横になるアインの背中をさすっていた。
「アインさん、大丈夫ですか?」
「話しかけないで……でも、さすってて……」
余裕がなく今にも消え入りそうな声でアインは要求すると、ミレイユは従順にさすり続けていた。アインはもともとインドアなタイプだが、自信満々に酔い止めの魔法をかけていたのにこれである。
「大丈夫なのかぁ、あの子」
「大丈夫でいてくれないと困る。調査方法は全部アインに任せてんだから」
不憫よりも先行き不安になりながらアインとミレイユを見やる。到底複雑な魔法が使える体調には思えない。
「ありがとう、ジェストさん。急な頼みを聞いてもらって」
「なぁに、被害をなくすための調査なんだろう。それならお安い御用さ。それに守護者が同乗するならこれより安全なことはないしな! がっはっは!」
アインとはまるで正反対な海の男らしい豪快な笑い声を放ちながら、ジェストは生き生きと操舵室に立つ。ライルが前に乗った時よりも心なしか飛ばしている気がするが、開放的になっているのだろう。
「悪かったな、昨日は」
「いいや、みんな薄々分かっていたことさ。今のままじゃ取返しのつかないことになるって。だから、昨日全員で事態が落ち着くまで漁を控えようって決めた」
「そうか……」
「だけど勘違いするなよ。それは諦めたからじゃない。きっとライル達なら良い方向に持っていってくれる、そう信じてるからだ! だから生活は苦しいが、充電期間ってことで前向きに受け止めてる」
そこまで言い切ったジェストはずいっと隣のライルに顔を向けた。恨みがましさはなく、期待に満ちた目でにやりと笑う。
「だから頼んだぞ、正義の味方! 俺達の生活はお前たちに懸かってる!」
「……正義の味方ってのは違うが――分かった。自分の言葉の責任は取る」
「おう! それじゃ目的地までかっ飛ばすぞ!」
「弱い奴もいるんだから、ほどほどにしてくれ!」
ライルの言葉は届かず速度が上がった船に、アインはさらに声も出なくなったという。
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「すまんかった」
「いーよいーよ。これで少しでも、乗ってる時間が減ったと思えば……うっぷ」
後頭部を掻きながら反省するジェストに、アインは口元に手を当てながら許した。その顔は道中よりも酷く青ざめているが、もう出るものもないのだろう。
「でも、ほんと凄い波ですね。私もちょっと気分が……」
「ほら、酔い止めの効果のある飲み薬だ。飲んどけ」
「え、ちょ! そんなの知らない! あるなら言ってよ!」
「お前は魔法があるからいらないって言い切っただろうが……。仕方ないな、飲んだら少し休んどけ」
不快そうに眉を顰めたミレイユと、ライルには文句の飛び出すアインにそれぞれ錠剤と水筒の水を渡す。それを素早い動作で飲み干したアインだが、まだ落ち着つかないのか静かに横になった。
「あの、アインさん。ずっと思ってたんですが、それは脱いだ方で風に当たった方が」
「い、いいのっ。日焼けは美貌の大敵なんだから」
「ほっとけ、その恰好は」
ライルがそう言っても、ミレイユは気になった様子で心配そうに見つめている。ライルはもう見慣れているがアインの恰好はといえば、真っ黒なローブに頭から足まで包んで、出ているのは顔だけという海に出る格好ではない。
「それよりも、これが渦潮なんだな」
「ああ、注文通りなるべくきわっきわに付けたぞ」
「凄いですね……ジェストさんの操縦も凄いですし、こんなに大きくて激しいなんて」
改めて目前に広がる渦潮に圧倒されたミレイユが呟く。複雑に絡み合った水流が中央に向かって流れ、ここまで運んでもらった小型船ではあっという間に木っ端微塵になってしまうのが容易に想像できる。そんな渦潮が眼前の景色には、水平線に至るまで広がっている。
「俺達も普段はここまで近付かないんだが、確かに昔に比べるとデカくなってる気がするな」
「そうなんですね。……あれ、あの島はなんですか?」
「ありゃ昔から渦潮の中に囲まれてる無人島だ。何でもあれがあることで渦潮が複雑になってるらしいぞ」
「へぇ~」
(あの島、何か……)
ジェストとミレイユが海を一望しながら話している隣で、ライルが話題に出た島を見つめた。四方八方を渦潮に囲まれた孤島だが、見ていると腹の奥がざわめく感覚を覚える。
(いや、島というよりは……)
「ライル先輩? どうしたんですか?」
「……何でもない。ジェストさん、漁じゃここまでは来ない。もっと手前だけど、そこで魔獣に襲われるんだったな」
「そうだ。初めは誤って網に巻き込んでたんだが、オクト種やらシャーロ種やら、力づくで船上に上がってき始めて……泣く泣く漁場を陸地寄りに後退したんだが、そこでも徐々に網にかかって、その繰り返しだな。多分、ここにいたらその内襲われると思う」
「そのようだな」
既に船の周囲には魔獣の気配があり、経験上明らかに船に照準を当てているのが分かる。
「ストラス。いつでも戦える準備をしておけよ」
「お任せください!」
「アイン、そろそろ行けるか?」
「は~い……頑張ります」
ミレイユが意気揚々と薙刀を取り出して強襲に備える一方で、アインがむくりと起き上がった。まだ顔色は悪いが、体幹はそれなりに安定している。
「さて、まず状況を整理すると、セオリツ湾でおかしなことになってるのは2つ。急に漁師を襲うようになった魔獣と、拡大し続ける渦潮だ。渦潮の拡大は3年前から始まっているが、改めて魔獣の被害が活発になった時期を聞くと、そっちも3年前、だったな」
「ああ。実際には魔獣誘導灯の入れ替えで少し収まった時期もあったが……大体その辺りだったはずだ」
「やっぱり無関係、とは思えないですよねっ」
「……そうだな。無関係の可能性もあるが、一旦繋がっていると仮定する。その場合あるとすれば、①拡大した渦潮に縄張りを追われた魔獣が、逃げた先で漁師を襲った。②渦潮を起こしている何かがあって、その影響を魔獣も受けている」
ライルが過程を話すと、ミレイユとジェストは腕を組んで静かに悩みこんだ。ミレイユに至っては口を真一文字に結んだかと思うと、頭を捻って疑問を呈する。
「その、①の逃げた先でっていうのはあり得るんでしょうか。元々は襲ってなかったんですよね」
「あり得る。ジェストさんは詳しいだろうが、縄張りを追われた魔獣は狂暴になりやすいんだ。逃げ込んだ場所を縄張りにしてる魔獣に傷つけられたり、環境が変わって混乱したり、理由は色々あるそうだが」
ミレイユの疑問にライルがさらりと答えて、ジェストが大きく頷いた。守護者の任務で狂暴化した魔獣の討伐があるが、大半はその地域に住んでいない魔獣が相手である。
「俺からも良いか。渦潮を起こしてる何かって、海流と島の位置関係が原因だろ。それが魔獣に妙な影響を与えてるのか?」
「それについてだが、この渦潮の拡大は海流と島の位置関係じゃ説明がつかない。もし海流の流れが変わっていれば、アインが調べている魔素の観測に必ず現れるが、それがないからな」
「はぁ、言われてみれば獲れる魚もあんま変わってないしなぁ。だけど、そうなると何が渦潮の原因なんだ?」
「そ れ を、今回調べに来たのだー」
ジェストの根本的な疑問に答えたのはアインだった。ふらつく足取りで立ち上がった彼女の手には、魔法陣の描かれた札が何枚も束ねられている。




