第2章 守護者の使命 6
助手席に乗り込んだミレイユに、ライルはアインから受け取った報告書を突き出した。
「アインにまとめてもらった渦潮の発生に関する観測結果だ。3年前から明確に増え続けているが、魔獣の被害と同様に魔素の観測との関連性はない」
「えっと……つまり、魔素じゃない別の理由で増えているってことでしょうか」
「そういうことだ。魔素の観測ってのは簡単に言い換えれば、自然現象の観測とほぼ同義。その意味では、極めて不自然な現象が起きていることになる」
ライルが朝一番で手に入れた情報を簡潔に伝えると、ミレイユは首を傾げて唸り始めた。
「そしたら、誰かが意図的に渦を発生させてる、ってことですよね……!」
「まぁな。けど、それは非現実的だ。海岸線から離れた沖で、何年間も巨大な渦を作り続けるなんて、正気じゃないだろ」
「でも……うぅん」
ライルがあり得なさを指摘しても、一度思い当たった結論が捨てきれないのか眉間の皺が深まっていく。かと言ってそれ以外の可能性も思い当たらないのも事実ではあるのだ。
「……それから昨日のセイレーン・アズルと戦った地点も簡単だが調べたんだ。これと言っていい成果はなかったが……」
「何かあったんですか⁉」
「いや、今にして思えば、あのセイレーン・アズルも正気じゃなかったと思ったんだ。クレマンを追って、やたらめったら水の砲弾を放っていたはずが、急に何かに気を取られてその場からいなくなったり。かと思えば、到着した俺達には先制攻撃をかますくらいだ」
「虫の居所が悪かったのでしょうか? なんだかすごい、冷静な判断が出来なくなっているといいますか……!」
虫の居所が悪い、という表現が確かにしっくり来た。魔導生物であるセイレーン・アズルにそこまでの感情があるわけではないだろうが。
「セイレーン・アズルは元々拠点を防衛するために作られたはずだ。そもそもそれが地上に出ている時点で、何かがおかしくなってると言っていい」
「やっぱり渦潮が原因でしょうか! ほら、渦の流れで押し流されたセイレーン・アズルが、場所とかが分からなくなって混乱したとか!」
「なくはないかもしれないが、もう少し調べてみないことにはな……」
結論付けるには判明していない事柄が多い。今日の調査状況を共有したライルは、続けてミレイユに投げかける。
「……ストラス、お前は? 諦められないといったんだ。何か収穫はあったのか」
「じ、実は父に捕まってしまってまして……」
バツが悪そうに申し訳なさを口にするミレイユ。説得出来なかったと言っていたことから、粗方話してはいたのだろう。マルクスがライルの調査している事柄を面白そうと言っていたことからもそれが伺える。
「あ、でも父は渦潮が増えたことで大型運搬船の運航に影響が出ているってことは知っていました!」
「あれは国を挙げての商売だからな。護衛には軍隊が入っていると聞くし、報告も入るだろ」
「そ、そうですよねっ」
「だが、それで国益に差し障るなら……いや、あの感じだとそこまで改善する気もないのか」
規模は違えど水産業に携わる漁師を些事と切り捨てた男だ。影響が出ている程度では動くつもりもないだろう。
「……すみません。結局王国軍の手助けが得られたらと思ったのですが」
「さっきも言ったが期待してないから、気にするな。しかし、昔からああなのか? お前の母親とは多分考え方が違うだろ」
「いえ! 昔はもっと……何にでも優しかった、とみたいです。王国軍に入ったのも、トルクエニドを守ろうとしてるからで、でも人々にも目を向けていて。だから意気投合したって母が言っていました」
「へぇ、そうなのか」
「それなのに、変わっちゃったのは――私のせいなんです」
何があったのかは分からないが、ふと見やったミレイユは今にも泣きそうな顔で諦念を吐露していた。その横顔を見つめたライルが口を開くよりも前に、ミレイユは「あ」と何やら気づいた。
「もしかしてライル先輩。母のこともご存じですか⁉」
「あ、ああ。昨日、カエラさんに聞いたんだ。勝手して悪い」
「いえいえ、全然! 言いふらしてはないですが、隠しているわけでもないので! むしろ、普段は父の方が隠しているのですが」
「だったらなんでわざわざ俺に言うんだよ……」
「分かりませんが、もしかすると私がお世話になっているからかと……!」
心なしか厄介ごとに巻き込まれている気がしてげんなりする。個人としても守護者としても、あまり軍人のトップとお近付きにはなりたくない。
(……にしても、切り替え慣れてるな)
気分を落としたのも一瞬のこと。それを挟んでもミレイユは普段通りに力の入りすぎた声音でライルに語っている。今まで何百何千回と繰り返してきたのだろう。
「妙なことになったら、責任持って対処しろよ。お前の父親なんだから」
「は……はい。善処します」
よほど父親に対して自信がないのか、すぼんでいくミレイユの声に被って、通信機の着信音が響いた。胸元から取り出した通信機の画面には、「アイン」と表示されている。
「はい、ライル・シュナイザー」
『あ、ライルー! 準備できたよ。多分、感知できると思う!』
「助かるが、随分早かったな」
『そうでしょー! 流石あたし、褒めてもいいよ!』
「何か参考文献でもあったのか?」
『むぅ、つれないないんだから! ま、ここだけの話、渦潮の観測の術式を組んだ人の資料を漁ってみたら、いけそうな方法が書いてあってさ!』
通信越しでもアインのテンションが上がっているのがよく伝わってくる。ともあれ、早速調査に乗り出せるのは喜ばしいことだ。
「それで何を準備しておけばいい?」
『渦潮のところまで行くから、船をよろ! 術式はあたしが組んでおくから! それじゃ、後で迎えに来て!』
「あ、おいっ!」
最後に呼び止めるも聞こえなかったのか、通信機からは通話終了の音が奏でられる。
「アインさん、ですか?」
「ああ、喜べ。調査が進展しそうだ」
ミレイユの質問に端的に答えながら、ライルは通信機を操作した。イオタ村の漁業組合に置かれている固定通信機の番号を入力して、発信する。
「守護者ギルド所属ライル・シュナイザーです。ジェスト・オルドをお願いします」
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