第2章 守護者の使命 5
ライルが唖然とミレイユとマルクスの顔を交互に見ていると、マルクスは大きく頷いて唸る。
「今の海都支部のエースをそこまで驚かせられたとは。ふむ、カメラでも構えさせておくべきだったか」
「……そりゃ驚くでしょう。正直、知りたくなかったですが」
「はっはっは。そちらから少々不躾に立ち入ったんだ。おあいこといこうじゃないか」
朗らかに笑いながらマルクスはチラリと乗っていた魔動車の車内を見やった。運転を務める若い軍人が困り顔で見ているのに気づく。
「娘が世話になっていると聞くし、話に花を咲かせたい思いもあるが、それはまた今後の楽しみにしておこう。私の直感だが、君とは何かと縁がありそうだ」
「残念ながら面白みもない男ですよ。かつてのエースとは比べるまでもない」
「……ははは、何のことやら。まあ、今度詳しく話を聞かせてくれ。君が調査している事件とかは、面白そうだ」
(――目が笑ってねぇよ)
マルクスはライルの肩に手を置いて告げた。その目の奥には、やはりミレイユとは似ても似つかない冷たさを、というよりは一種の拒絶を感じる。
「では、ミレイユ。お前は自分の務めを果たしなさい。貸せる手は貸してやるから」
「は、はい……ありがとう、お父さん」
ミレイユの感謝を正面から受け取ったマルクスは魔動車に戻っていく。先ほどの話で言えば、グラナド帝国との国境を隔てる関所に向かうのだろう。
「……1つ良いですか?」
「なにかな?」
魔動車のドアを開ける寸前のマルクスを呼び止める。経緯はどうあれ、王国軍のトップに質問をぶつけられる機会は逃せない。
「王国軍は国民が魔獣に襲われていても傍観する。それがあなたの意向と受け取っていいですか」
「ああ、報告は受けてるよ。昨日高位魔獣に襲われた若い漁師の保護をしてくれたようだ。それは素晴らしい、が。見方を変えれば一人で危険な街道に出たその漁師に落ち度があるといえる」
「じゃあ、海に出ている漁師にも同じことが言えると。国益に携わっているのに」
「残念ながら職業は選択肢の一つだ。安全な内陸で働く選択肢もある」
そこまでの問答を背中を向けて済ませていたマルクスは、おもむろに振り返った。そこに笑みはなく、ただ真っ直ぐにライルを見つめている。
「我々の正義は、もっと大きな理不尽さに抗うことだ。些事に囚われて大局を見失ってはいけない。といったところで、満足かな?」
「……ええ。よくわかりました」
ライルが肯定すると、満足げに微笑んだマルクスは魔動車に乗り込んだ。速やかに発進した王国軍仕様の魔動車の影も見えなくなると、ライルは気を吐く。
「すみません。先輩。私も説得できなくて……」
「そんなもん期待してないから気にすんな。まあ、あそこまではっきりと開き直るとは思わなかったが……」
はっきりとした意志が見えたため、昨日の軍人と比べればよっぽど信用できるが。事実として被害が起きているのに全く関与しないと明言するのは意外でもあった。ゴシップ紙にでも嗅ぎつけられれば、叩かれそうな発言であるのに。
とはいえ、目下の議題はそれよりも――ライルはミレイユに正面を向けて腕を組んだ。ライルから発せられる圧力に、徐々にミレイユの視線が逸れていく。
「で、お前は、なんで一人でこんなところに来ようとした?」
「それは、その……」
縮こまりながらもじもじとさせていた手が、グッと握りこまれた。意を決したミレイユは息を大きく吸い込んでライルを見つめる。
「私だけでも、って思ったんです。実力不足でも……ライル先輩が諦めちゃっても、やっぱり見捨てたくないんです。だって、私にとっての守護者はいつだって、最後まで諦めない人だから」
ミレイユが誰の背中を見ているのを知った今、綺麗事と安直に否定はできなかった。確かにそれが理想形なのは間違いないのだから。だから、ライルはまず思い違いを訂正することにした。
「――誰が諦めたって? 俺が言ったのは漁師はやめておけってだけだ」
「それが! 自分じゃ解決できないから、怪我したくないなら離れろってことじゃないですか! そんなの、守護者じゃなくても誰にでもできます!」
「まずそこか……。よく聞け、ストラス」
ミレイユの不満を改めて聞いたライルは、重低音のある声で告げた。耳に響く声音で名前を呼ばれたミレイユが口を閉じる。
「俺も、カエラさんにも、この件を放置する選択肢はない。守護者は人を守る存在だ。それだけはお前の理解の通りだよ」
「じゃ、じゃあどうしてっ」
「俺には、事態を今日明日に解決する力はない。一方で状況は悪化してる。沖の海中に住んでいる高位魔獣が陸地に出てくるくらいだ。漁をする沖の方がどうなってるかは想像もつかない。だったら落ち着くまで漁を控えるのが当然の判断だろ」
「それは……それならクレマンさんにはなんで漁師をやめろってまで言ったんですか!」
「あいつは色々と限界だった。昨日は助かったものの、何の準備もなしに一般人が街道に歩いて出るなんて、まともな精神状態じゃない。次にいつ同じ目に会うか分かったもんじゃないなら、安全な場所で暮らした方が良い」
「そうかも、しれないですけど……!」
感情に満ちた不満が吐き出される。頭ではライルの判断の正当性を理解しているのだろうが、一方で受け入れられないのだろう。憧れの存在だったら、という考えが捨てきれないのだ。
「魔獣が漁師を襲う理由も、追い詰められたクレマンの精神も、その場で解消できれば最高なのは間違いない。でも、それは無理だ。俺は天才でもカウンセラーでもない。守護者として保証できるのは、最低限人命を守ることだ」
「そうしたら、心は……! 誰もが前向きに歩いていける世界。それを守るのが守護者の使命って、じゃないんでしょうか!」
「だったらお前が証明してみろ。俺には出来ない、お前の正義ってやつを」
「私が……。私は――」
急にトーンダウンにしたミレイユは足元を見つめて、両手をギュッと握る。確固たる憧れを持っていても、彼女なりの葛藤があるのだろう。ミレイユの整理を殊更待つつもりはなく、ライルは組んでいた腕を解いて、自分の魔動車へと近づいた。運転席の扉を開けたところで、その場で立ち止まっていたミレイユに声を掛ける。
「俺は解決に向けて調査を進める。お前はどうするんだ?」
「……ご一緒させていただきます!」




