第2章 守護者の使命 4
グリフィス魔導監察局を出て、南に向かったライルは昨日セイレーン・アズルと戦った地点に到着した。魔動車から降りた地面はまだ湿気っていて、昨日の水がはけ切っていない。
「魔力は……残ってるな」
一般的に魔法として放たれた魔力はしばらく周囲に残り、保全しない限り1日も経てば魔素として拡散する。そして、魔力は使用者固有の波形を持つため、使用者の特定を行ったり、当時の状況といった情報を解析することが可能だ。
「エウレス発動【マナディセント】」
昨日、オクト種の痕跡を調べた時と同じ容量で解析魔法を展開した。先と比べると補助の魔導札がない分、薄青の波の拡散は遅いが、徐々にセイレーン・アズルの魔力の痕跡と、もう一つ。一直線に迸る炎の痕跡と、一箇所で何度も振った剣の痕跡が現れた。紛れもなく、ライル自身の戦闘痕。
「……さっき追加の魔導札を補充しておくべきだったな……」
自分の痕跡を消す手間と、気の利かなさを後悔しつつ、解析条件から自分の魔力を外しかけて、手を止めた。ライルは無言で炎の矢の痕跡に歩み寄り、セイレーン・アズルに直撃して水と交わる魔力を見つめる。
(やっぱり……中心を貫いてる。普通ならこれで倒せるはずなんだが)
セイレーン・アズルの巨体を映し出した魔力を強調させて、自分の感覚が間違っていないことを確かめたライルは、おもむろに腕を組んだ。
セイレーン・アズルを始めとする魔導生物は、必ず体の中心に魔導核を持つ。仮に魔導核が中央になければ、体を循環する魔力のバランスや自立制御能力が崩れて、最終的に崩壊してしまう。
(現実として魔導核の位置はズレていた。そうすると、あのセイレーン・アズルは崩壊寸前だったことになるが……今にして思えば、疎な連射と強弱のある水弾の攻撃。本来の性質が崩れていたと言われると納得できる)
水弾の攻撃によって怪我をした左腕を見やる。擦り傷とはいえ、負傷したのは以前戦ったセイレーン・アズルとは、攻撃間隔や質に多分な誤差があったからだ。それは機械的なメカニズムで動く魔導生物としては違和感がある。
(沖から離れて地上に出て、あまつさえ通りすがりの人間をここまで追って来たのも、制御が狂っていたからで説明がつく。問題はその原因なんだが……)
ライルは解析魔法の条件から自身の魔力を除き、セイレーン・アズルの動きをより強調した。来た道から一直線に進んできた後、広間に出た。辺り一面に無作為に水弾を撃ち飛ばし、あるところで何かに気を取られて水弾を放ちながら林の中に突き進んでいた。
一時的に広間からセイレーン・アズルが立ち去ったところに、ライル達が到着した、という経緯が見て取れる。
(やっぱり、これじゃはっきりした原因は読み取れないか。多分、地上じゃなくて沖にあるんだろうし。そっちに行ってみないことにはな)
半分予想しつつも、肩を落としたライルは解析魔法を解除した。現れていた魔力の痕跡が色を失い、切り倒された、もしくはへし折られた木々が鮮明に見え始める。
「――チッ」
ちょうどそんな折、奥底が騒めいた。それこそ腹の奥にある魔導器官が揺さぶられたような感覚に、不快感が隠せない。
「近い……。街道の辺りか!」
その感覚との間合いを読んだライルは魔動車に飛び乗って急発進させた。最速でセイレーン・アズルの作り出した獣道を駆け抜けて、街道に飛び出ると魔獣に囲まれた一台の魔動車と1人の人影が見えた。
しかも、人影は十もいる魔獣の群れの中で孤軍奮闘しているようだった。薙刀を振って、魔法で応戦しながら魔動車を守るように奮闘している。
特徴的な朱色のポニーテールを豪快に振り乱しながら。
「あいつ……!」
街道に出るタイミングで速度を落とした魔動車を再び急発進させて、現場に急行。魔動車の内存魔力を使用しながらライルは唱える。
「アドラス駆動【ショックアウト】!」
魔動車の前面から打ち出された光球が魔獣に直撃して炸裂。その体を強引に跳ね飛ばして、ライルは自分の魔動車を先あった魔動車の横に付けた。
それとほぼ同時に飛び降りて、取り囲もうとする魔獣の群れを今一度見回す。10を越える触手を漂わせて浮遊する半透明な有櫛魔獣。海岸線の近辺に生息するクラーレ種だ。
「低級の魔獣の群れだ。こいつらならいけるな?」
「――はいっ! お任せください!」
快活な返事を背中にして、ライルはクラーレ種の群れに向き直った。触手は電気を帯び始め、一斉に襲い掛かるクラーレ種へと、長剣を振り放つ。
「アドラス駆動【ロングブレイド】」
動き出し間際に組み上げたのは、長い刀身を備える錬魔系統魔法。瞬時に攻撃範囲を拡大した長剣で、向かってくるクラーレ種を撫で切って、一掃した。真っ二つに両断されたクラーレ種が力なく落下する最中、魔法が解除された長剣を片手にしながら、魔動車を挟んで反対側を見つめる。
まだ動きは硬いが、1振り1振り丁寧に薙刀を振い一体一体愚直に倒していく。危ない瞬間もありつつも、見守ること数分。一仕事を終えた彼女が討ち漏らしがないかを確認して、肩の力を抜いた。薙刀は背中に納めつつ、ライルを見つめてバツが悪そうに身を縮こまらせる。
「まったく……」
言いたいことはあるが、説教よりも優先すべきことがある。ライルよりも先に停まっていた魔動車に視線を向けた直後、魔動車の後部座席の扉が開いた。降りて来たのは、胸元に将校の階級を示す勲章を付けた紺色の軍服の威厳のある男性。
「お見事。流石は海都支部のエース。話に違わぬ実力だ」
「それはどうも。――お初にお目にかかります。守護者ギルド、アルモート支部所属のライル・シュナイザーです」
余裕綽々といった様子で拍手をする男性に、ライルは咳払いで居住まいを正して、所属と名前を名乗った。
「こちらこそお初にお目にかかる。私はトルクエニド王国軍」
「第二大隊を率いるマルクス・スエード中将。あなたの武勇のお噂はかねがね」
かつて隣接するグラナド帝国に小競り合いがあった。その際に指揮官に選ばれたマルクス・スエードは、被害を最小限に抑えながら、速やかに事態を治めた逸話は市民にも語り継がれている。
だからこそ、不審に感じる。
「そんなあなたがなぜこんなところに? しかも彼女と一緒に」
「たまたまだ。南の関所に移動中に、彼女が単身で街道を歩いていた。ついでだからとそれを拾って目的地に届けたら、運悪く魔獣に囲まれてしまったに過ぎない」
「……納得出来ませんが。こんな新米守護者に気を利かせるのも、守られるのも」
「仕方ないじゃないか。娘が任せてくれと言ったんだ。親としてはそれを無碍に出来ないだろう」
「………………は?」
マルクスの言葉に理解が止まり固まったライルの前で、王国軍を代表する偉丈夫は、娘と視線を合わせた。戸惑いながらもマルクスの視線に頷いた彼女が、意を決してライルへと口を開く。
「ライル先輩。……父です。私の」
「……はぁあ!?」
これほど驚いたのはいつ以来だったか。恐る恐る紹介したミレイユと、してやったりとばかりに愉快そうに笑うマルクスを見ても、全く似ても似つかない。




