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第2章 守護者の使命 3

翌日、8時前。昨日の出発時間に迫った頃、ライルは自分の魔道車を背に腕を組んでいた。その手に握られた携帯通信機には通知はなく、守護者の支部周辺の往来を眺めていても、ミレイユの姿はない。

通信機が出発の時間を通知した。魔動車に乗り込んだライルは助手席に通信機を放って、本日の業務を開始する。


____


「あちゃー」

「何があちゃーだ、何が」

「いやぁ、ライルってほんっとデリカシーがないなって」


最初に向かったグリフィス魔導監察局で、アインにミレイユの不在を聞かれたので、顛末を伝えると大袈裟なほど肩を竦められた。


「喧しい、そんなのどうでもいいだろ。そんなことより、頼んでいたものは出来たのか?」

「はいはい。まったくもー、こんな無茶振りはもうやめてよねっ」


文句を言いつつも机に整えられていた報告書を手渡すアイン。その目の下には深い隈が目立つ。


「……悪いな。これ、約束のプリャーニク3セットだ」

「待ってましたぁ!」


謝罪を口にしつつ報酬の紙袋を渡すと、アインは奪うように受け取って早速紙袋に手を突っ込んで、焼き菓子を貪り始める。それから紙の散らばったソファに寝っ転がった。


「太るぞ」

「う……。へ、へーきだもん」

「まったく……」


図星を突かれて暴食を止めたのは一瞬。誤魔化すように鼻を鳴らして、次々に口に運ぶ堕落した姿に呆れつつ、ライルは受け取った報告書に目を通した。

「セオリツ湾 渦潮の発生と推移」と題された報告書の中身は、トルクエニド近郊の海域の絵に丸印で位置と大きさが記載されている。年代別の発生推移や、細かい範囲ごとの計上はグラフで示されていた。


「ほんとにデータをまとめたくらいだけど、結構面白いデータが出たと思うよ」

「そうだな……昔から多少の増減はあったが、明確に増え始めたのは3年前か」

「規模も大きいのが増えてる。というか、元々あったのが大きくなって、それを囲むように小さい渦が増えていってるって感じ。な の に、あたしの魔素の観測にはなーんにも引っかからないんだから」

「ふむ……」


アインは降参とばかりに両手を上げた。魔力的な兆候がないにもかかわらず、現象として渦潮は明確に規模を拡大している。かと言って、他の原因に思い当たる節もない。


(――誰か、あるいは何かの働きによって、渦潮の発生条件が変えられている。というよりは歪められている……か)


カエラの言葉が脳裏を過った。


(渦潮の観測には表れて、魔素の観測には表れないってことは、そこに必ずギャップがある。原因があるとすれば、そこだ) 

「アイン。渦潮の観測と魔素の観測。2つの観測方法の違いはなんだ?」


そう投げかけると、アインは勢いよく起き上がった。血色の目を輝かせて、飛び掛かるようにライルに詰め寄る。

 

「やっぱりそこに気付くよねぇ! ほら、こっち来て!」


アインに引きずられるがままにソファに座らされたかと思えば、目の前のローテーブルに散乱した資料がアインの手で全て払い落された。哀れに床に散らばる資料の行く末を待つ間もなく、アインは両手をローテーブルの天板に置いた。それからアインが何やら唱えると、天板の中央を境界に2つのセオリツ湾図が表れる。


「右が魔素の観測で、左が渦潮の観測。魔素の方は魔素の濃度を観測していて、薄水色から濃紺までのグラデーションで表してる。例えば、この濃い流れが出来てるところは海流と一致するよ」


最初に指差した右側の湾図は、色分けで表現されていた。薄水色の部分は魔素も薄く、濃紺は魔素が濃く示され、セオリツ湾の中では一定の流れが保たれているのが分かる。


「次に渦潮の観測の方は、写実的? っていうのかな。渦が表現されてるでしょ。これは上空から実際の湾内の状況を映し出しているから……らしい」

「……そんなことが出来んのか? 海の上って、術式の媒体になるものも何もないだろ」

「あの手この手でやったみたいだよ。作った人がもういないから、仕組みも何もわかんないけどさ」


あまりにも無茶に感じる観測方法だが、事実として結果が映し出されている。それに、この際仕組みは論ずる必要はない。


「要は、魔力に頼らないで実際の現象を拾ってるんだ。まあ魔導監察局的には大事なのは魔素の方だから、実物の結果は放置されてみんな忘れちゃってて、探すのに苦労したよー」

「守護者としては結果が何より重要だと思うが……事実、比べてみると魔素が薄いところに渦潮が広がっていってるんだな」

「傾向としてはね。そも渦潮は海流が島にぶつかって出来るものだし、親の動きを阻害できないのはそんなもんかなって」

「……分かった。ありがとう、助かった」


吐息と共に気を緩めたライルが礼を言うと、アインは観測結果を消してソファにもたれかかった。再び焼き菓子を食べながら、「うーん」と唸る。


「渦潮の拡大は魔素の働きが原因じゃない。そしたら可能性だけで言えば、思い当たるのはあるけど……」


明言しないのは、あり得ないと感じているからだろう。間違いなくライル自身は同感なのだが。


「一応それを感知できる手段をいくつか考えておいてくれ」

「はぁい。そんな気はしてたよ。ライルは?」

「俺は昨日のセイレーン・アズルと戦った場所を調べる。痕跡が消える前なら何かしら拾えるかもしれない」


受け取った資料をまとめて鞄に突っ込んだ後、ライルはソファから立ち上がった。その後は部屋を出るだけだが、ドアノブに手を掛けたところでアインへと振り返る。


「最後に1つ。検証する余裕はなかったが、昨日のセイレーン・アズルは魔導核が中央になかった。考えられる理由はあるか?」

「普通に考えたら別の個体って思うけど、魔導生物の製造は今は御法度だもんね。隠れてやってる可能性を言い出したらキリがないけど、そうじゃないとしたら……何らかの術式で意図的に歪められてるか。って、魔獣に関してはライルの方が詳しいじゃんっ」

「魔導監察局側の視点が知りたかったんだ。流石、期待に応えてくれる」

「それなら良かったけどさー。まあ、その辺含めて手立てを揃えたら、また連絡するね」

「ああ、よろしく頼む」


閉まるドアの隙間に、ソファから起き上がって作業机に移動するアインを見ながら、ライルは部屋を跡にする。頼ってばかりもいられない。

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