第2章 守護者の使命 2
高台にある海都アルロート支部から、港に向かって下る通りの中腹。住宅街と商店街の境目の建物地下に降りると、カエラ行きつけのバーがある。
入店早々に「いつもの」と注文したカエラに続き、ライルはカウンター席に座ってから注文を済ませた。お通しのナッツを口に運びながら待つこと数分。
「お待たせしました。こちらがグレイシー・フィズ」
ロックグラスの中で上から水色、青色、紺色の3層に分かれたカクテルがカエラの前に出された。
「こちらがブラック・レインになります」
ライルの前にはシャンパングラスに注がれた黒色のカクテルが出された。早速乾杯を済ませると、カエラはロックグラスに口をつけて一口で飲み干してしまう。
「く〜っ。これこれ」
「……いつも思うけど、カクテルってそう飲むもんじゃないでしょ」
「いいじゃない。美味しいんだから。ね、マスター」
「ええ。カエラさん好みに口当たりも軽くしていますので、好き好きにお楽しみください」
屈託のない笑顔でマスターに問い掛けると、初老のマスターは穏やかに肯定した。それから言われる前から用意していたお代わりのカクテルをカエラに出すと、マスターはライルに目を向ける。
「まだ夕食を取っていない様子。軽食で良ければ用意しましょうか?」
「是非、お願いします」
気を利かせてくれたマスターが厨房に立ち去った。バーに入るには時間が早いからか、他の客の姿は見えない。
「で、何で付き合わせたんですか」
「良いじゃない。苦労をかけてる部下を労いに来るぐらい」
「そんな質じゃないでしょ。あんだけ人使いが荒いのに」
「そんなの私のせいじゃないわよ! 人を増やしてって言ってるのに、本部は知らぬ存ぜぬだし、王都市部に人員を割くし!」
「まあ、今に始まったことじゃないですが」
軽口を言いながら、カエラは2杯目のカクテルも一度に半分空にした。酒豪のような飲み方にもかかわらず、カエラの声音には酔いが回り始めている。
「――だからって、新米のこの件に絡ませるのはどうかと思います」
「別に、人手不足が理由じゃないわよ。それは」
和やかな空気にライルが一石を投じると、カエラは即座に反論を口にした。ライルの意思は半分以上察していたのが伝わって来る。
「はっきり言って力不足だ。いない方が良いとまでは言わないが……守護者が大人しく守られてちゃ世話がない」
「そうね。守護者は人を守るのが仕事。それが出来ないなら名乗る資格はない。例え英雄であっても、新人であっても」
そうして、カエラは当の本人がいれば残酷と感じるほどに、ばっさり両断した。空になったグラスの氷が音を立てる。
「先に言っておくと、本人が望まない限り止めるつもりないわよ」
「……だから、どうして」
「まだ2日目だし、相手も相手じゃない。見極めるには流石に早すぎるわ。それに、あの子はきっと何かやってくれそうだから」
「何かって。それも直感ですか?」
「そうよ。文句、ないでしょ」
カエラが何か見通したように物事を決めるのは、良くあることだ。そして、大抵の場合はカエラの直感通りになることを知っているライルは、カクテルをグッと飲み込んだ。だが、スパークリングワインでも流し切れない部分が漏れる。
「……けど、あいつは、守護者に幻想を抱きすぎだ」
「あの子がそうなるのも無理はないけれどね。母親からの影響を考えたら」
手持ち無沙汰と言わんばかりにグラスの中の氷をカラカラ鳴らすカエラをライルは見やる。その視線に応じることなく回る氷を見つめながら、カエラは話し始めた。
「ミシェル・ストラス。ライルと同じように守護者ギルド海都アルロート支部のエースとして活躍していた人よ」
「……やっぱり。ただ、娘がいたなんて情報はなかったはずですが」
「私もミレイユに会うまで知らなかったわ。結婚したとも聞いてなかったけど、今思えば1年くらい休職していた時期があったのよ。ミレイユが産まれた時期と合致するわ」
既に裏は取っているのだろう。カエラは昔懐かしむように言った。
「実力や問題解決能力はもちろん、底抜けに優しくて快活で、いつ何時も前向きで憧れてしまうような守護者として満点の人物。それを見てたら、ライルを見て幻滅するのは無理ないのよ」
「……うっさいな。そんなもんになろうなんてって思ったこともないんですよ」
「あら、そう? 全く違うわけでもないけど」
カエラはライルを高く評価している節がある。ライル本人としては過大評価に過ぎないのだが。
「つまり、立派な母親の影がストラスの幻想そのものってわけですか」
「そうなんじゃないかしら。本人もミシェルに憧れているようだったから」
そうだとすれば合点がいく。ミレイユからすれば、守護者は人の気持ちに寄り添って、万事上手く収めることが出来るのだろう。
(正義の味方……か)
その言葉が示す存在が誰なのかもよく分かる。同時にライルの頭に浮かぶのは、ミレイユが両手を合わせた墓石のこと。
「確かミシェル・ストラスが亡くなったのは、南の国境付近にある村の爆発事故でしたか」
「ええ。もう12年前になるかしら。小さな村の建物が軒並み全壊して、僅かでも死傷者を出した事件。王国軍の発表では原因は持ち込まれた魔導科学製品の誤作動だったようだけど、それ以上のことは何も分かってないのよね」
当時の状況を振り返るカエラはじっと目を瞑っていた。グラスを握る手に力が入り、メキッと小さな音が響く。
「王国軍の発表……? 守護者のエースの殉職が関わっているんだから、当然守護者も調べたんじゃないんですか?」
「それが守護者の関与を一切遮断されたのよ。もちろん、猛抗議はしたんだけど暖簾に腕押しだったわ」
「……だから伝聞なわけか」
納得を示すと共にカクテルを飲み干して、グラスをカウンターに戻した。空のガラスを水滴が伝う。
「だから詳しいことは分からない。でも、その場に駆けつけた時、燃え上がる村から避難した住民の中に見たのよ。ミシェルと同じ朱色の髪の少女が呆然と立ち尽くしているのを」
「もしかして、それがストラスだと」
「そうかもしれない、ってだけだけどね。顔に血もついていたから声を掛けようとした直前で、誰かに手を引かれていって見失ってしまったから」
「それからストラスはどこで暮らしていたんですか?」
「王都の親戚の家だそうよ。あまり話したくなさそうだったから、追及はしなかったけど、確かミシェルに親戚はいなかったから父親側でしょうね」
一般的に考えれば、父親の親戚と暮らしていれば姓はそちらに寄せる。だが、母親の姓を名乗っているのであれば、話したくない理由は想像できてしまう。
「……で、どうしてプライベートにまで踏み込んだ話をしたんですか。俺に」
「ライルは知っておいた方が良いと思ったのよ。忖度させるつもりはないけれど、ミレイユの背景くらいは。あなたが気にしていたミレイユの幻想抱きすぎって部分は、理解出来たでしょう?」
「まあ、一応は。それが守護者として役に立つかは別の話ですが」
理解はしつつも、線引きは明確にしたライルは席を立った。カエラに言われたのは1杯だけ、これ以上付き合う必要はない。
厨房から戻って来た初老のマスターに、申し訳なく思いつつも声をかける。
「作ってもらってすみませんが、包んでもらえますか。これで帰るので」
「ええ、そうかもしれないと思いましたので、先に包んでおきました」
笑顔で差し出されたのは波模様の風呂敷の小包。見抜かれていると感服しつつ、礼を言って受け取ったライルは、カエラに視線を向けた。
「じゃあ、支払いはお願いします」
「はいはい、分かってるわよ。その代わり、くれぐれもよろしく」
「なるようにしますよ」
内容が内容だけに曖昧な返事だけを口にして、ライルは出口に歩き出した。待ってましたとばかりにお代わりを要求するカエラの声が、出入り口の扉に遮断される。
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