第2章 守護者の使命 1
その後、イオタ村までジェストとクレマンを送り届けてから、ライルとミレイユは海都アルロートまで帰還した。道中ミレイユは俯いたままで、車内には吐息だけが流れていく。
ライルは横目でミレイユを見やりつつも声をかけることはなく、アルロート分署の建物に到着した頃には日が傾いていた。
「俺はカエラさんに報告しに行くが、お前は……先に帰って良い。裏の寮を借りてるんだったな」
「はい……分かりました」
魔動車を停止させながら指示すると、ミレイユは俯いたまま大人しく頷いた。一言でも私も行くと発すると思ったが、守護者のエースが思った存在でなかったのがそこまで効いたのだろう。
「……あ、あの。明日は……」
「好きにしろ。俺が決めることじゃない。……が、今日の顛末を報告すれば、新米には厳しいって判断になるだろうな」
「そう、ですか……」
ミレイユは膝の上の手を握り締めた。赤い痕が残るほど、強く。
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「あなたは本当に素直じゃないわねぇ」
「何がですか」
顛末を報告するなり、ニヤニヤと笑いながらカエラに言われた。ライルは自分で淹れたコーヒーに口を付けつつ、端的にボヤいた。
素直なつもりはないが、面白おかしく揶揄われるような自覚はない。
「そのまま言ってあげたら良いじゃない。心配だから前に出て来るな。もしくは、見所があるからそれでも着いてこいって」
「身の程を弁えろって話です。戦力差を正確に把握するのも、守護者としては大事な能力でしょう」
コーヒーを啜りながら淡々と答えると、カエラはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。それから執務机に肘をついて、組んだ両手の上に顎を乗せる。
「それにしても、セイレーン・アズルなんて、即討伐依頼対象の魔造生物まで出て来るなんてねぇ。ここ最近、人の目に触れたことがあったかしら」
「……いえ、3年前に海岸沿いに現れたのが最後でしょう。それも確か潮に流された偶然も偶然」
「今回も同じってことは?」
「詳しく調べてみないと分からないですが、その線は考えられません。あの辺は海流も穏やか、前に出たのはもっと北の波の荒れている方ですよ」
予め考えていた考察を提示するも、カエラは何か確信めいたように居を崩さない。ライルがその視線に気付いて見やると、カエラは自信気に笑みを浮かべた。
「だけどあるじゃない。昔とは状況が違うものが。分かるでしょ?」
あからさまなほど、カエラは答えを言わせようとしている。そこに何の意図があるのかの思案は、諦めてため息と一緒に吐き捨てた。
「渦潮。発生頻度の増えて、規模も拡大した渦潮によって流されてきた、って言いたいんですか」
「流石分かってるじゃない。本来いるはずのない魔獣。本来発生するはずのない渦潮。何の関連性もない方がおかしな話よ」
「……それなら、一連の魔獣被害は渦潮が原因ってことになる、そんなもん人の手でどうにかなる問題じゃ」
「あら、そう?」
安直な結論に呆れ半分諦め半分でボヤくと、カエラはあっけらかんと言ってのけた。ライルが反論を構える間もなく、自論を語り始める。
「セオリツ湾の渦潮の原因は、外海から流れ込む海流が点在する島に当たることで、複雑に入り混じるからと言われているわ。それなら大きな地殻変動でもない限り、変わりはしない」
「そして、もしも地殻変動が起きているなら、アイン達魔導監察局が気付くはず。それがないのなら、自然現象によって渦潮が増えた線は捨てていい、って言いたいわけですか」
「そーいうこと! 要するに、誰か、あるいは何かの働きによって、渦潮の発生条件が変えられている。というよりは歪められていると言ってもいいのかもしれないわね」
カエラの推察は、ライルも考えていなかったわけではなかった。だが、湾というには広大なセオリツ湾。そこに古来から渦巻いている渦潮の規模を操作するなど、馬鹿げた話だ。
「って言っても、それは私の直感に過ぎないわ。どこまで信じるかはあなたに任せる」
任せると言いながら、真っ直ぐ見つめるカエラの視線は、ライルの奥底に語りかけるようだった。ライルは張っていた気を緩めて、空になったコーヒーカップをソーサーに置いた。
「信じますよ。あんたの直感は当たるって分かってます」
「ふふ。昨日も言ったようにやり方はあなたに任せるわ。引き続きよろしくね」
「……分かりましたよ」
ハードルを上げるだけ上げておいて、その重荷は全て押し付ける。彼女の性質からして、ライルが根を上げることは想定していないのだろう。
それを悟ったライルは小さくため息を放って立ち上がる。
「あ、ちょっと待ちなさい。ライル」
「……明日も激務のようだから、もう帰って寝たいんですが」
「まあまあ、そう言わずに」
ライルのボヤきにもカエラはニコニコと笑いながら、左手を伸ばした。
「エレウス発動【クロスティアーズ】」
唱えた途端、ライルの左腕に深い青色の光が2筋瞬いた。冷たくも馴染んで染み込み、左腕に帯びていた鈍痛を癒していく。
治癒を促進させる高位の自然系統魔法。凄腕のエレウス使いとしての一面は、カエラを支部長に押し上げた要因の1つだ。
「……バレてたか」
「あったり前よ。ライルがお菓子が目の前にあるのに1個も取らないでいたら、腕が痛いかお腹が痛いかの2択なわけ。しかも、左腕に魔力を集めて痩せ我慢なんてしてるし」
「気付いたのは絶対後者が理由でしょう」
さも推理で言い当てたかのように語るカエラを、ライルは半目で見やる。そうこうしていると左腕の痛みは引いた。動かしにくさも一切ないので、早速チョコの包装を破って口に放る。
「……ありがとうございます」
「いいのいいの。部下のコンディションを保つのは上司の役目だわ」
ライルの感謝を気前よく流しながら、「さてと」と口にして
カエラは立ち上がる。手元の資料を一纏めにしてサイドボードにしまったカエラは、ライルに向けて和かに笑いかけた。嫌な予感が警鐘を鳴らす。
「というわけで、1杯付き合いなさい! 治してあげたんだから、文句は言わせないわよ」
――だから、怪我がバレたくなかったのだ。




