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第1章 魔獣被害を解決せよ 14

後方で結界に守られたミレイユはクレマンを抑えたまま、ライルを見上げている。言いつけ通りの姿を横目で見て、ライルは水の帯びた長剣を正眼に構えた。


「距離が開けばセイレーン・アズルは水弾を放って来る。周囲の状況にもよるが、捌けるなら捌くのが楽だ」


そう言い切ったライルは、眼前に迫る水弾の横っ面を剣腹で打ち叩いた。内側から破裂して水飛沫に変わって、辺りに降り注ぐ。

無害化した飛沫にミレイユの目が奪われたのも束の間、矢継ぎ早に迫った水弾を、ライルは一片たりとも残さず打ち壊した。

やがてセイレーン・アズルは水弾を打ち切ってライル目掛けて移動を始めた。ずるずる引き摺る羽衣の先が水に回帰して、地面を濡らしながら接近する。


「……手詰まりになれば自分から近付いてくる。魔力を集めた腕で敵を叩き潰すために。狙うならそこだ」

「ラ、ライル先輩⁉︎」


目の前まで辿り着いたセイレーン・アズルを棒立ちで見上げるライル。唯一の変化は、右手に握られた長剣の刀身の帯びた水が、螺旋状に渦巻き始めたのみ。


「アドラス起動」


そして、セイレーン・アズルが両腕を振り上げた瞬間、ライルは長剣を横薙ぎに振り抜いた。胴体を両断されるもセイレーン・アズルは魔導核を失うことはなく、振り上げた両腕を叩き付ける寸前、ライルは唱える。


「【スクリームセイバー】」


その途端、切断面が渦巻いた。突如発生した渦がたちまち上半身と下半身を呑み込んで、押し潰して魔導核もろとも粉砕してみせる。最後に見えたのは、水で模倣された目。セイレーン・アズルには悲鳴をあげる器官がないが、仮に悲鳴をあげられたとしても、それを許すことはなかっただろう。


「…………す、凄い……」

「倒した、のか……?」


呆気に取られたミレイユと、魔動車の中から恐る恐る尋ねるジェスト。ライルは辺りを見回して、自分の奥底が放つ嫌な予感が消失したのを確かめると、展開していた結界を解除した。


「ああ。もう大丈夫だろ」


言い切らない内にジェストは魔動車を飛び出して、ミレイユに守られたクレマンの前に立った。クレマンの怯えは収まりきらないまま、ジェストを見上げて唇を震わせる。


「何やってんだ! こんなところまで来て、守護者にも迷惑が」

「ジェストさんっ! その、私は部外者ですが! 怒るよりもまず言うべきことがあるかと!」


カッと沸き上がるジェストの怒声に、ミレイユはクレマンを庇って正面から意見をぶつけた。それに言葉を詰まらせたジェストは、ミレイユの後ろで怯えて縮こまったクレマンを見ると、バツが悪そうに目線を逸らす。

時間にすれば10秒足らず。ジェストは手の跡が残るほど両頬を叩いて、詰まっていた息を吐き出す。


「……お前が思い詰めてんのは分かってたのに、俺がやったのは檄を飛ばしただけだ。漁師は根性勝負。こんなもんで根を上げてたらキリがない、と」


ゆっくりとミレイユが横に立ち去ると、クレマンはおもむろにジェストを見上げた。そうして二人の目が合うと、ジェストは勢いよく頭を下げる。


「だから、すまん! 海都から漁師を求めてこっちに来たお前の気持ちを考えるべきだった!」

(……なるほど)


ジェストのその言葉でクレマンの境遇が理解できた。漁を奪われた海都出身者。大型運搬船の乗組員にもならずに、行き場を失って辿り着いた先でもまともに漁が出来なくなっていけば、自暴自棄になるのも理解できる。

 

「みんなも心配してる。お前を探すためにライル達だって動いてくれたんだ。それが迷惑になってるのも分かるだろ。……戻って来て、もっといい方法を考えないか?」


そうして頭を上げたジェストはクレマンに手を差し伸べた。海の男らしい荒っぽくも真っ直ぐな眼差しに、クレマンは目を大きく震わせて――力の抜けたように頭を垂らした。


「……無理ですよ。いい方法なんて……そんなの。ジェストさんだって、分かってるじゃないですか」

「そりゃ……」

「だって、いつもいつも、魔獣に襲われるんです。挙げ句の果てに、港でも、街道でまで……! やっていけるわけないじゃないですか……!」


溜め込んでいたものが堰を切って溢れ出す。都合の良い反論が思い浮かばないのか、ジェストは口を閉ざしてしまう。

その代わりに――


「そんなことありません! 私達が、何とかします! 皆さんを守るために!」


ミレイユが横から口を挟んだ。語ったのは守護者としての基本理念。――だからだろうか。


「――何とかって、何なんだよ……」

「えっ……」

「じゃあ、一緒に船に乗って魔獣から守ってくれるっていうのか! 村を年中見回って、海都に行く度に護衛してくれるっていうのかよ!」


クレマンは怒りのままに、ミレイユに言い放った。荒っぽい言い回しは激情の表れだろう。


「そ、それは……守護者だけじゃ出来ないと、思います。でも、王国軍と協力すれば」

「軍人なんて、頼りになるかよ! あいつら……おれが魔獣に襲われてるのを見てたくせに……!」


悔しさを堪えて、クレマンは両拳を握り締める。ミレイユは唖然とというか、信じられないものを見る表情を浮かべている。


「あの時もそうだ……。王国は漁師を潰すつもりなんだ! だからあんな、大型運搬船なんて使い始めて、魔獣に襲われるおれ達を見捨てて!」


奥底に抑え込んでいた激情を吐き捨てるクレマンに、ジェストは唇を噛み締めた。同じ漁師として、大なり小なり思うところはあるのだろう。


「でも、守護者は見捨てない……。今、魔獣被害の原因を探ってて」

「そこまでにしておけ」


その反面、見るに耐えないミレイユを遮った。ライルはクレマンを見下ろして嘆息を漏らす。


「悪いことは言わない。それならこのまま海都に戻って運搬船の乗組員にでもなった方が賢明だ」

「………………え」


数秒、何を言われたのか分からないとばかりに呆然とした後、クレマンが絞り出したのは掠れた声のみ。


「ちょ、ちょっと、ライル先輩」

「ジェストさん。あんたらも一緒だ。命が惜しければしばらく漁には出ないことだ。昔の船なら古くなった燃料は問題らしいが、魔力で動く今は大丈夫だろ」

「ライル先輩! 自分が何を言ってるのか分かってますか⁉︎」


我慢ならずにミレイユがライルの襟を掴んで引き寄せた。自ずと目が合って、ミレイユは赤い瞳の奥底に燃えるのは、怒り。


「守護者が諦めろだなんて、何でそんなことを言うんですか!」

「……お前も自分が言ってることを分かってんのか?」

「わ、分かっていますとも! だって守護者は人を守るためにいるんじゃないですか!」


冷徹さを感じさせる声音に一瞬たじろぎながらもミレイユは堂々と言った。未熟な己には不相応なほど。


「さっき守られる側だった奴が言っても説得力がねぇよ」

「それは……!」

「クレマンの言った通りだ。王国軍はアテにならない。守護者も付きっきりで守るなんて無理だ。そして、現状解決策もないしな」


ミレイユの手を強引に引き剥がし、ライルはジェストとクレマンを見回した。彼らに反論があろうと、今この場の見解は変わらない。


「セイレーン・アズルを相手するには並の人材じゃ足手纏いだ。間に合ったから良かったものの、次に海上で襲われればひとたまりもない。漁を自重するのが最善だ」

「それでも……! そうかもしれないけど、守護者が投げ出しちゃダメじゃないですか! だって守護者は……! 守護者は最後まで人を守る正義の味方なんですから……!」


引き剥がした手でライルの服を握り締めて、ミレイユは縋り付く。懇願めいた叫びに、ライルはただ淡々とため息を放った。


「お前が守護者に何の幻想を抱いてるのかは知らないが、覚えておけ」


ミレイユの揺れる瞳を見つめて告げる。


「守護者は決して正義の味方じゃない。それを履き違えるな」

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